第23話 暗根ヤミ、可能性あり。

 ヤミが去った後の執務室。交渉後の資料を作成していた男性の下に、来客の知らせが届く。


「よく来たね、英雄クン」


「……英雄ですよ」


 執務室の男性職員の言葉に不快そうな表情で答えるのは、ヤミと共に【氾濫モンスピート】を乗り越えた協会職員、田中シュウイチであった。


 田中のそんな顔を見て、少しは憂さを晴らした職員は笑う。


「良い落とし所を教えたようだねぇ。命の恩人への恩返しかな?」


「……友人の手柄を横取りするのは、良い気分では無いので」


 ヤミへの功績売買のリーク、そしてアドバイスを行なった者が田中だという前提での話に、田中自身も否定せずに答える。


「協会への不利益行為で叱られても知らないからね?」


「あんな突っ込みやすい条件で提示してくるなんて。貴方も結構露骨が過ぎるでしょう」


 上司からの小言に、『お前も報酬上乗せして欲しくてあんな事言ってたんだろ?』と返すと、上司である男性職員は痛いところをつかれたと笑う。


「はっはっ、彼の自己主張の弱さならアレでもいけると思っちゃった!」


「……舐めプだったんですか」


「いや〜想像よりも彼はコミュ障拗らせてなかったネ!」


 そんな上っ面だけの言い訳をほじくるのも面倒臭いので、田中は苦笑いで流す。

 街を救ってくれた英雄に、唾吐くようなマネは、彼としてもしたくなかったのだろう。


「──それで、君から見て彼はどう?」


 ひとしきり笑った後、職員は先程までの茶番劇を終わらせ、田中に問う。


「……才能はあると思います。全能力に三倍補正とかいうスキルも凄いですが、銃火器に関する技術も初心者とは思えませんでした。素人目ながら、探索者になって2日の新人には見えないかと」


「師匠が優秀な方だからね。多分探索開始前に、基礎の技術は完璧に仕込まれたんだろう」


 銃火器という不人気武器。

 煩い・臭う・メンテが怠いの三拍子揃った武器を、何とかして布教しようと頑張っている上位の探索者に思いを馳せる。


「全ての探索者が、彼女みたいに新人育成に力を入れてたら良いんだけどねぇ……」


「そう上手くはいかないですねぇ」


 同じ人物を思い浮かべている両名は、大小の差はあるが、責任を持つ者特有のため息を吐く。


「……コホン、話を戻そうか。ヤミ君の事で、気になる事はあるかい?」


 もともと、彼のスキルが発現したと報告が上がった時から、ヤミは将来有望として調査対象であった。

 サポートをする為というのもあるが、人間性に難のある怪物が生まれる前に処理をするという意味もある。


「【氾濫】の後から、少し自信がついたのか他者との関わりに怯えが減った気がします。今日も病院の医師や看護師、私に対してキチンと言葉を伝えていました」


 ヤミは【氾濫】を乗り越えた自信から、成長していた。まだ目を合わせての会話は出来ないが、他者からコミュ障だなと思われる程度にはコミュニケーションを取ることが出来始めたのだ。

 事前調査では、学友に話しかけようとして呼吸困難に陥りかけた経歴のある人間が、だ。


 友人として嬉しい気持ちを隠しながら、田中は報告を続ける。


「あとは、私の勘違いの可能性もありますが、良いですか?」


「構わない。優秀な部下の目から、感覚的な情報も欲しい」


「わかりました」


 謙遜する意味がないのが分かっている田中は、自身の感じた違和感を口にした。


「彼の魔力に関して、私の知っている魔力と違う気がします」


「ほぅ、と言うと?」


「回復が異常に早いんです」


 ヤミが氾濫前に迷宮から帰還してきた時、彼は迷宮内で魔力全てを『キャットフィッシュ』マジックアイテムに注いでいた。

 だというのに、いざ氾濫が起きれば魔力を注いで弾丸を生成し、キマイラの四肢を捥ぎ、更には消し炭にする程の威力を出していた。


「私が探索者では無いので確証は無かったのですが、それほどに早いものなのですか?」


 キマイラ討伐前であればスキル適応時レベル27。急速なレベルアップもあり魔力の総量も伸びているだろうと思っていたが、それにしても不思議であったと田中は話した。


「……少し難しい状況下だが、それを加味しても早いな。恐らくは常人の──「3倍。ですよね」」


 同じ考えに至ったであろう両者は、顔を見合わせる。


「彼のスキルに関して、より精密な検査を実施すべきかと。もしかしたら、身体能力以外の部分にも影響を与えているかもしれません」


「上に提案しておく。君は彼の調査を続けてほしい。彼はまだ発展途上だ、スキルの成長だってありうるからね」


 もしも成長前で世界記録の2.7倍補正を超えているのだとしたら、制限は厳しいが彼ならば世界でトップに立てる可能性がある。


 その言葉に、田中は了承の意を示した。


「分かりました」


「……もしも、今後も彼が結果を出し続けるのなら、あれくらいのプラス報酬なんて屁でもないかもね」


「それどころか、マジックアイテムくらいくれてやっても良いかもですよ?」


「ははっ、考えとくよ」


 男性職員が田中に退室を命じると、田中は思い出したように机の上に何かを置いた。


「あぁ、そう言えばコレを」


「……これは、ウチの貸金庫の貸出証かい?」


 それは協会の行なっているサービスの一つ、貸金庫の利用履歴であった。


「そこに、先程されていたヤミと貴方との会話の録画データが保管されています」


「……ほう?」


「もしも貴方が彼との契約を踏み倒したら、これを公開します。証拠隠滅に走れば、ウチの貸金庫は信用ならないとリークします」


 それは、田中から協会への脅しであった。

 上司であるこの職員の事は信用しているが、更に上には汚い大人も沢山いる。保険はかけておくべきだと田中は考えたのだ。


「ヤミ君も演技派だねぇ……」


「彼は何も知りませんよ。肩を組んだときにコッソリ仕掛けました」


 それは車内でヤミの臨戦態勢を解いたときの事。ヤミの右肩に超小型の盗聴盗撮機を付着させたのだ。


「君が消されちゃうかもよ?」


「わざわざ協会の英雄として担ぎ上げてるのにですか?それにそれへの対処を怠ってるわけないでしょう」


「優秀だねぇ。優秀で悪い男だねぇ。──僕は上に伝えた方が良いかい?」


「そうですね。出来れば悪辣な脅迫野郎として宣伝してくれると助かります」


「ホントに英雄にでもなる気?」


「担ぎ上げられるなら、ついでに上に変化をもたらそうかと」


「はっはー!良いね!応援しちゃうぜ頑張って」


 世界を救うための協会を、利権のために食い物にする奴らを打倒する。

 そう宣言した田中に、上司である男は最大限の応援をしながら笑った。


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