第14話 暗根ヤミ、良き生徒です。

「え、ええっとぉ……」


 前回の迷宮、【星の観測地】が夜空広がる高低差ある山中であったのに対して。

 今回の【獣の草原】は、雲一つない快晴の空の元で起伏ない平原を探索する迷宮である。


 そんな気持ちのいい草原の真ん中で、ヤミはAR【流星】を握りしめてテンパっていた。


 何たって新しい視聴者だ。しかもワンさんの言い方からして女性。

 恋人なのか、友人なのか。何はともあれ異性との会話なんて経験値低いヤミは完全に頭真っ状態になっていた。


 せめて戦闘状態なら言い訳が効くのだが、間が悪いことにブレードラビットは見当たらない。


「ワ、ワンさん──、」


 何とか無音の時間を無くそうと、ワンへ話しかけようとして──、やめた。


 ここで逃げたら意味がない。

 知ってくれる人を増やしたくて、友達が欲しくて配信をやっているのに、新しい人と関わらなくてどうするんだ!


 何でもいい。何でもいいから言葉を繋げ。配信を見に来てくれたと言う事は、少なからずこちらを知ろうとしてくれてるはずだ。

 何か話題を投げかければ、それを起点に会話する事が出来る!頑張れ僕!


「トゥさんは、ワンさんのお友達なんですか?」


 流石に『恋人っすか?』なんてヘラヘラ聞く勇気は無かったが、ここから会話の糸口くらいは見つけられる良い選択だ。

 そんな風に希望的観測をしていたヤミは、返ってきた答えに思わず固まってしまった。


『……どうやったらそんな思考に行き着くのかしら。不愉快ね』


「へ?」


『私とアイツが友達だなんて言う奴、アンタ以外に存在しないわよ』


 地球どころか、あらゆる時空でコイツ1人だけだ。そう言い放つトゥは、怒りというよりは困惑が勝っていた。


 神と呼ばれる超常存在の中でも最強格2人。ワンとトゥはどちらが上かで争っているというのは、存在するあらゆる全てが認識している内容だと思っていたのだが……


 そんなトゥの疑問を、ワンが解消する。


『ヤミは知らないと思うが、私たちの住む場所では私たちがライバル関係だというのは有名なんだ。気にしないでくれ』


『……あぁ、大変ね。情報が流れてこないって』


 そうなのだ。コイツは人類。

 この世に存在する者の中で、1番発展していない未完全存在。

 自分達から干渉不可にしているのに、彼らがこちらの関係を知る術など、あるわけがなかった。


『悪かったわね、意地悪なこと言っちゃって。謝るわ』


 最上位存在が謝罪をした。

 聞くものが聞けば卒倒する事実を、知らない者であるヤミはサラリと流す。


「い、いえ。僕の方こそ……。でも、それなら何で、トゥさんはワンさんに紹介されて僕の配信を見てくれているんですか?」


 ライバル関係だと言うのなら、こんな新米配信者の所に、誘われたからと来るなんて思えない。

 そんな疑問に対する答えに、ワンもトゥも言い淀んだ。


 ──流石に『下等生物がどんな幼稚なもんか見たくて☆』とは言えないわね。


 どうにかするため、トゥは出来る限り無理のない言い訳を考えていると、横からとんでもない事を言い出す奴が現れた。


『わ、私がトゥに、君の教師役になって欲しいとお願いしたんだ。それでぇ……貸しを作る為に、トゥはここに来たっていう訳だ』


 む、無理がある……。

 そう思うトゥであったが、彼らは最上位存在ゆえに嘘をつく機会など無く、全てを力で解決できた。

 その弊害として現れた、『嘘をつくのが下手』という特徴は共通しており、トゥにも上手い嘘が思いつく事はなかった。


『そ、そういうこと。私たちはかなり強いから……そう!いい授業になる筈。ありがたく学びなさい』


 無理があるだろ……。2人の意思は一致した。


「──ぼ、僕のためにそんな事を、ありがとうございます!目一杯勉強させて貰います!」


 チョロすぎるだろ……。2人の意思はまたしても一致した。


 同タイミングで通信を送りあう。


「「どうする、コレ?」」


 人間への干渉は禁止事項。

 現在のように監視かねての雑談レベルなら許容範囲だが、本格的に技術教育なんてしてしまえば流石に問題になる。

 だからと言って、宣言した以上は実行しないとプライドに傷がつく。


「あぁそう言えば、前回私は彼に技術を一つ教えた」


「はぁ!?何やっているの!?」


「とは言っても、初歩も初歩。おそらく人間の中でも知ってる者がいる【魔石による強化】だ。その時はバレなかった。つまり、人間が知っている事なら教えても良いはずだ」


 そんな事を悪びれた様子もなく、今思い出したという風に言い出した。

 何でそんな弱みを教えてくるのかと思ったが、この後に私が同じ事をすると思っているからだ。


「それでも、君はリスキーだと悩むだろう。だから、ここは先程の言葉通り『私への貸し』にしてくれて構わない」


 もとはと言えば、私の無理な言い訳が原因だ。多少のリスクは負う。

 そう言葉を続けるワンに、トゥは承認した。


「そこまで言うなら、分かったわ。簡単な事は教えてあげる」


 2人は、頭を下げながらほくそ笑む男に気づく事なく、そんな契約を交わしたのだった。



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