第13話 暗根ヤミ、視聴者2人目です。

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 転がるように地上へと帰還したヤミは、荒い息を吐きながら床に倒れ込む。

 幸いなことに他の探索者はまだ迷宮内なのか、人の気配はなく、騒がれることもない。


 ヨロヨロと身体を起こし、カバンから水を取り出して飲む事で、ようやく心が落ち着いた。


「これが、ソロの難しさ……」


 手数が足りない、対処法が少ない。そして索敵の目が足りない。


 見晴らしの良い草原を選択したのは、間違いだったろうか?

 そうヤミは反省したが、奇襲警戒を出来なかった場合の方がマズイ事態になるだろう考え直す。


 現状、とれる選択肢は2つある。1つ目は、このままソロで少しずつモンスターを倒して経験値を稼ぐ方法。

 そして2つ目は、スキルを捨ててパーティを組む選択肢。


「でも、出来ればスキルを活かしていきたい」


 それに、パーティで動くとなると、配信はやりづらい。探索者としても、配信者としても大成したいという願望を持つヤミとしては、パーティになる事で友達にはなれるかもしれないが、配信をできなくなるのは避けたかった。


「せめて、出来る手を試し尽くしてから諦めたい」


 ヤミはゴクリと水を飲んだ後、身体を起こして立ち上がる。

 消費した体力も魔力も、暫く休んだおかげで回復した。迷宮にいた時間も30分程度、まだルールの範囲内だ。


「取り敢えず、弾を買いに行こう」


 回収できた魔石達で何発補充出来るかな?

 そんなことを考えながら、ヤミは売店に向かうことにした。


 ◇◆◇◆◇


「40発か……」


 換金所で魔石を売り払ったお金で、ヤミが買えたのは心許ない弾数だった。

 先程のモンスター相手の撤退戦では、無駄撃ちも多くあったが90発全て使った。

 効率的に撃てたとしても、その半分以下で済むなんて甘い話は無いだろう。


「あのモンスターの数って普通なのかな……?」


 あれが普通なのだとすると、銃を使う探索者が少ない理由として、火薬の匂いと音があげられる事に納得した状況ではあった。


「でも、希望はある」


 絶望的な状況を整理していたヤミは、そこでしかしと自分に語りかける。

 その視線は自身の腰につけられた魔道具、【キャットフィッシュ】に注がれていた。


「同じ規格の弾丸だった。なのに、このポーチで作った弾はブレードラビットを何体も貫いていた」


 それはポーチの能力、『魔力を消費して指定数の弾丸を生成する』能力の真の力を示していた。


「──魔力を注げば注ぐほど、銃弾の威力が上がる」


 注いだ魔力に比べて少ない弾丸を生成すれば、余剰分の魔力を使って強化されていくのだ。それが、多くの魔力で1発だけ作られた、最後の弾丸の理由。


「うまく使えば、まだ戦える」


 回復し始めた魔力を使い、弾丸を生成していく。先程は威力を上げすぎていた。

 目標は、1発で2匹は倒せる威力。


 生成出来た弾薬は23発。合わせて63発だが、先程よりも高性能だ。


「これなら、いける」


 モンスターは決して無限じゃない。先程減らした分は反映されているから、周辺一帯を殲滅したらキチンと魔石は回収できる。

 ポーチで作成した強化弾と、購入した通常弾を分けてマガジンに詰めておく。これで状況に応じて使い分ける事が出来る。


「よし、行こう!」


 今回は配信もありだ。

 気合いを入れたヤミは、迷宮に入った瞬間に配信開始のスイッチを押した。


 ◇◆◇◆◇


「こ、こんにちは!探索者2日目のヤミです!今回は、【獣の草原】という迷宮に来てます。えっと、よろしくお願いします!」


 ヤミは配信をつけて挨拶の言葉を言う。途中から頭が真っ白になって、『頑張るので応援お願いします』とか言うつもりだったのに言えなかった。

 ま、まぁ最後まで声を萎ませずに話せたので良いとしよう。


 そんな脳内反省会を一瞬で済ませて、ヤミはアサルトライフル【流星メテオラ】を構える。


 ウサギ型モンスター【ブレードラビット】の群れは、先程は迷宮の出入り口直前までやってきたのだ。

 弾薬補充や休憩で少し時間は経っているが、奴らが近くにいても何もおかしくはない。


 警戒するヤミの耳に、通知音が1つ。

 コメントの読み上げが無いという事は、おそらくはチャンネル登録の通知だ。


 反応したい……。しかしここで馬鹿はしゃぎをしてしまって、鋭い兎耳に首を刎ね飛ばされたら目も当てられない。


 ヤミは全神経を集中させ、完全に周囲のクリアリングを済ませてから、ようやくスマホで内容を確認。


 そこには、『視聴者一名』とチャンネル登録者1名の表記。そして──


『やぁ、また会えたね』


「──ッ、ワンさん!」


 骨伝導イヤホンで読み上げられたコメントは、前回の初配信でも見てくれていた人、ワンの物だった。


 前回もだったが、人が見に来てくれるだけでこんなに嬉しいなんて……、しかもチャンネル登録までしてくれた!

 ヤミのモチベーションは爆発的に上昇した。

 ブレードラビットの群れなんて何するものぞ、ボコボコにしながら楽しく会話を続けてやる!

 そんな気概でメラメラと燃えていると、新たな通知。


『トゥ|──本当に、こんな通信があるなんてね』


「え」


 それはワンとは異なるユーザーネームの存在によるコメント。つまり、視聴者2人目からのコメントであった。


『前回、君が友達を欲していたからね。私の方でも、少し応援してみたくなった』


「つ、つまり……他の人に宣伝してくれたって事ですか?」


『まぁ、人望が無くて彼女だけだけどね』


「ワンさん……ありがとうございます」


 正確には、地球から送信されてくる通信を受けて、その事態に大騒ぎしない存在が彼女しかいなかったというのが真実なのだが。


 そんな事を超常の存在である星の神、ワンが考えていると、配信とは関係のない回線で通信が来る。

 2人目の視聴者、『トゥ』のものであると理解して通信を許可する。


「何だ?」


「地球の生命体には干渉禁止。それがルールでは無かったの?」


 それは超常の存在の中でも、最上位であるワンに対して述べられる言葉としては、極めて敬意に欠けた言葉遣い。

 それをして許される数少ない存在であるトゥは、ワンに詰め寄る。


「これは私側が開いた通信では無い。つまり無理矢理に閉鎖させることの方が干渉に当たる。故に私は、彼を監視しているのだ」


「はっ、物は言いようね。面白がって見ているだけでしょ」


 人類は未完全である。それゆえに完全である超常存在には無い力を持っている。

 それを保護するために取られているルールをこねくり回すワンを見て、トゥはそう笑った。


「でも確かに、『前回繋がったのだから同じ場所に繋がる』という思いだけで、彼らの言う神の領域に発信してきているのは面白いわね」


「彼は『思い』の力が人一倍強いのだと思うが、それを除いても面白い何かがあるよ」


「未完全で未熟な存在を見て笑うなんて趣味が悪いのね」


 そんな批判をしてくるトゥに、ワンは言い返す。


「では、この配信を閉じるか?君なら2度と繋がら無くすることも出来るだろう?」


「はっ、嫌よ。私もアンタと同じく『趣味が悪い』から」


 私は笑っているのでは無く、応援しているのだが。

 そんな言葉を言えば笑われると理解しているワンは、言葉を飲み込み通信を切った。


 さて、今回はどんな事を彼はするのだろうか?


 そんな期待に胸を膨らます自分に驚きながら、ワンはヤミの配信を見ていた。

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