第34話 暗根ヤミ、モンスターの進化を実感。

 地面を蹴り砕きそうな速度で駆け出したヤミは、11階層へと続く広間、そこへ向かう通路がモンスターで埋め尽くされているのを目にした。

 モンスターの視線は広間へと注がれており、後方にいるヤミに気づく様子はない。どうやらミドルボスの広間に、先程の悲鳴をあげた人間がいるようだ。


 ヤミは【獣王レグルス】を構えて道を切り開こうとして、一度やめた。


 このままじゃ、中にいる人に当たるかもしれない……!


 どうにかして、探索者の位置を把握する必要がある。しかしヤミは探知系の能力は持っていない。

 何らかの無茶が必要な場面。ヤミは即断即決で行動を起こす決意をした。


「フッ!」


 モンスター達の後方から、彼らのもとへと突撃する。

 当然、音を立ててしまえば気づかれないわけがなく、モンスター達はヤミへと意識を向けた。


『このまま突撃していくつもり?』『流石に無茶だろ』『人に当たらないことを祈って撃つ方が良いんじゃないか?』


 みんなの心配を他所に、ヤミはモンスターの攻撃範囲に入る直前、──大きく跳躍した。


 空中で身体の向きを上下反転し、天井へと着地。

 身体が落ちる前に一歩前に進む。


『いや無茶だろ』『無茶苦茶だな』


 しかし重力が反転したわけではない。モンスターの群れの頭上を一歩進めた所で、地面へと落下していく身体は、結局モンスターの中へと落ちていくだけ。

 それを、──無理やり押さえつける。


「【アポート】」


 左手に持った【黒蜂】に、ポーチで強化された弾丸を装填。

 自身の頭上。即ち地面のモンスター達へ向け、発砲する。

【黒蜂】の過剰威力でもってモンスターが複数撃破されたが、必要だったのはその威力では無く、


 浮き上がっていた身体が再び天井へと押し戻され、一歩進む。


 発砲、前進、発砲、前進。


 弾を打ち切った瞬間に魔法で持って装填し、ヤミは無茶苦茶な行動でもってモンスターの群れを無視して広間へと向かう。


『マジかよ』


 滅多に聞けないであろう、ワン星の神の驚愕の言葉を背にヤミは進み、見えた。

 探索者達が一箇所に固まって、今まさにモンスター達によってその命を散らしてしまうその寸前に。


「【ホーリーレイ】ッ!」


【黒蜂】をホルスターへ、即座に【獣王】を構える。

 右手でトリガーを引き続けながら、左手で連続でハンマーを起こす。

 早撃ちの技術としてある2連射する方法を、強化された肉体によって6連射へと昇華させる。


 1発ごとに弾道を考えて、即座に狙う位置を変えての6発。

 探索者達の上空から放たれた光の弾丸は、探索者達を囲う柱の様に突き立つ。

 それはモンスター達を土塊へと変貌させ、探索者達を守る結界となった。


「間に合った……ッ!」


 ヤミは天井を蹴り、探索者とミドルボス、ヴァンパイアとの間に着地し、【黒蜂】と【獣王】を構えた。


「みなさん、立てますか!後ろのモンスターは、任せても良いですかっ!」


 チラリと視線を向ければ、彼らはまだ身体は動きそうだ。しかし心が折れてしまっていたら、ヤミではここから全員を無事に助ける事は、出来そうにない。 

 祈る様な気持ちで声をかければ、武器を握る音が。そして力強く立ち上がる音が聞こえた。


「すまない、前は頼んだ!」


「はい!」


 そんな力強く頼もしい声に、ヤミは大きな声で返事をした。

 彼らなら大丈夫。後ろは任せて問題ないと、ヤミは安心した。あとは、ヤミの頑張りだ。


「ヴゥゥ……」


 ヤミの前には、先程までの愉悦の表情が消え、不愉快そうにヤミを見ながら滞空する一体のモンスター。

 10層と11層とを繋ぐ階段、そこを守るミドルボスモンスター、ヴァンパイアだった。


【氾濫】の時、お互いの戦闘に助力しなければ、スキルの対象にはならなかった。

 だからヤミは、彼らの援護なしにヴァンパイアと戦う必要がある。


「後ろに攻撃は通させない」


 ヤミは開幕、【獣王】に光魔法を宿しての発砲。

 不死者全般に対して特効のある魔法はヴァンパイアも例外ではなく、当てる事ができればかなりの有効打になる。


「ギギッ!」


 それをヴァンパイアも理解しているのか、光弾に触れる寸前、ヴァンパイアの身体がバラバラに散らばった。


「蝙蝠化かッ!」


 よく見ると無数の小さなコウモリへと身体を変化させたヴァンパイアは、光の弾丸の当たる筈だった部位を散らばらせ、攻撃を無効化してくる。


 知識としては入れていたけど、実際に見ると想像よりだいぶ厄介だ……!


 ヴァンパイアのスキルと呼んでいい特性、『蝙蝠化』。10層を超える迷宮には、この様な特性を持つモンスターは存在する。

 これまでのモンスターやボスが肉体性能のみでの攻撃であったのに対して、初めてと言っていい超常的な力に、ヤミは意識の切り替えを行う。


 まずは、攻撃を当てるための技が必要だ。


 自身の経験不足をより痛感し、不足分を補うために頭を回す。

 ヴァンパイアの特性は、飛行・蝙蝠化・鋭い牙。そして血液を操って作る武装。

 どれも厄介な特性だが、この中でも特筆すべきなのは『蝙蝠化』と、『血液操作』だ。


「「「ギギギギィ!!」」」


 分裂したヴァンパイアは、小さなコウモリの翼に、血液でブレードを付けた。

 その瞳はヤミを見据えており、白い牙と赤刃の翼でもって、切り刻もうと飛び込んでくる。


 後ろには探索者達。幸いなことに、今はヤミだけを標的にしているが、攻撃を回避した後に目についた他の人間を狙わないとは限らない。

 ゆえにヤミは離脱を封じられた。


『マズイ』『流石に防具で防ぎきれないな』『【黒蜂】の散弾なら?』


『全てを撃ち落とすのは無理だろうな』


 他リスナーの言葉に、ワンが否定の言葉を入れれば、トゥが後ろを拾う様に続ける。


『えぇ、だからここは1発吹き飛ばしてやりなさい』


「はい!」


 ポーチから取り出したのは、探索で得た魔石。

 素早く【獣王】の弾倉シリンダーを開き、魔石を銃弾で潰しながら装填。


「【ウィンド】」


 強化弾に魔石の強化上乗せ。

 強化弾だけでは足りない攻撃範囲を、魔石によって押し広げた。


「ギギギッ!?」


 ヤミが放った風の弾丸は暴風となってコウモリの群れを吹き飛ばす。

 あまりにもバラバラになるのはマズイのか、ヴァンパイアは一度コウモリ化を解除して、一体へと戻る。


「ぐっ」


 そこへ追撃をかけようとしたヤミの肩を、何かが掠める。

 それは蝙蝠の翼から乖離された、血液のブレード。

 弾丸部分で砕かれ、風で散らばったブレードの残骸が、ヤミの下へと偶然飛んできたものだった。


「防具越しに余裕で……?」


 肩の部分の衣服は破け、少しだが出血している。

 ヤミにとって驚異的なのは、『蝙蝠化』よりも、『血液操作』による武装。

 それにヤミが気づいたのと同様に気づいたのか、ヴァンパイアは自身の巨大な翼に血液のブレードを纏わせた。


 物によっては切り裂かれるな。


 銃によるガードは危険と判断し、ヤミは【黒蜂】をしまって【白蝶】を構えた。

 勝負は、近接戦へと移行する。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る