第25話 暗根ヤミ、注目を集めてます。

「2人とも来てくれるとは思いませんでした!」


『私達は偉いから、いつでも大抵暇なのよ』


『言い方は悪いが、間違ってはいないな』


「そうなんですね〜」


 確かに、高位の探索者が一日中働いている印象は無いかも。必要なときに実力を発揮できるよう、トレーニング以外は心身を休めてると聞いた覚えがある。


 ヤミの勘違いが僅かに強化されたのに気づきながら、ワンもトゥもこれ幸いとスルーした。


『君の話を色々と聞くのは、とても楽しみなのだけど。その前に一つ、我々から言わなければならない事がある』


「……なんでしょう」


 それは文章上からでも分かる緊張感を持っていた。自然と姿勢が正され、2人の言葉を待つ姿勢になる。


『以前も言ったが、私達はある界隈上位存在の間では有名人なんだ。そんな私達がここ最近、君の配信を見ているのが広まってしまった』


『アンタにとっては良いことかもだけど、私らの知り合いって性格悪い奴が多いのよ。だから、嫌な気持ちにさせるかもしれない』


 神とは、ワンやトゥの様に人の営みを見るだけの者もいれば、面白おかしくするために妨害したり祝福したりする者もいる。

 人類への干渉を禁じられていなかった時代には、それによって多くの人間が人生を壊されてしまった。


『もちろん、私たちの方でもなんとか治安を維持する様に努力するが……。もしも不快な気持ちにさせてしまったら、すぐに全員消し飛ばすから安心してほしい』


 コメント欄から、というより存在そのものを。

 という言葉は伏せながら、ワンは申し訳ない気持ちをヤミに伝えた。


 そんな心配をよそに、ヤミはケロリとした表情で答える。


「──あぁ、そんな事。大丈夫ですよ、ワンさん。トゥさん。ずっと平穏なままな訳がない事は、覚悟してましたから」


 配信者になるって、有名になるって言うのはそう言う事だ。

 見てる全員が自身と同じ価値観で生きているわけがなく、誰かにとってヤミが生理的に無理な存在である可能性は否定できない。


「実際、【氾濫】への対処だって、僕たちは現場でできる限りのことをしましたけど。それでも批判する人はいるんです」


 堤防の破壊は不必要だった、とか。無理せず鎮圧部隊が到着するまで遅延させとけよ、とか。


「僕が目指してる目標は2つとも、平和な環境のままでいさせてくれないんです」


 探索者としての大成も、配信者としての大成も、どちらも他者の注目を集め、その分批判も浴びる。それは覚悟して活動を始めたのだと、ヤミは2人に伝える。


「だから2人のせいだと思わないでください。むしろチャンスを僕にくれてやったと、胸を張って欲しいです。ありがとうございます」


 言いたいことをきちんと言えた。胸の奥に灯る自信が、腹の底から出てくる夢を目指す情熱が、ヤミの気持ちを吐き出させた。


『……変わったわね、ヤミ。

 ──良いわ、それじゃあこの話は終わり。でも個人的に贈り物をしたいから、協会経由でプレゼントを一つあげる』


「ぷ、プレゼントですか?」


 唐突な話の切り替わりに目を白黒させながらヤミが聞き返せば、トゥは愚痴を入れながら笑う。


『ヤミの使ってるカメラ、ブレが酷くて見にくいのよ。良いやつ贈ってあげるから、大切に使いなさい』


「ご、ごめんなさい……プレゼント、届いたら使わせてもらいます!」


 実際には協会経由どころか、もう家の前にいきなり出現しているのだが、ヤミは気づくわけもなくお礼を言った。


「──トゥ、こんな事して良いのか?」


 ヤミの配信コメントの外、珍しい事に通信ではなく口頭で会話していたトゥにワンは問うた。


「良いのよ、どうせアイツら神々にバレてんだから。特別な神器とか送ったら問題でしょうけど、たかが配信機材送るくらいならペナルティも重くないでしょ」


「……宙に浮いて勝手に良い映像を撮ってくれるカメラは、あの文明には結構すごくないか?」


「ヤミ以外には見えないから平気よバレない。あの子は騙しやすいから大丈夫だし」


 ……それは本当に平気なのだろうか?

 カメラの見えない他者からはヤミが、虚空に向かって話しかけるヤバい奴になってしまうのではないか?

 人間ならそう考えてしまう所、あまり人の目を気にする必要のない上位存在達は気づくこともなく話はついた。


『取り敢えずこっちから言うべきことはこのくらいね。本当は体験談を聞いてたいんだけど、上に呼び出されたから行かないと』


『私も、後でアーカイブで見させてもらうよ』


「分かりました!出来るだけわかりやすく頑張って話しますから、後で見てくださいね!」


 ヤミが張り切って、ペイントアプリを起動して絵で説明を始めたのを微笑ましく笑ってから、ワンとトゥは配信を閉じた。


「──よし、行くか」


「気が乗らないわ〜」


 2人がヤミの配信を見ていたのは、巨大な扉の前だった。

 最上位の存在である2人を急かすことが出来ず、扉の奥で待たせている者たちのことを思ってダラダラと嫌な汗を流している門番に開門を指示する。


「やっと来たか」

「何してたんだ……?」

「例の人間の通信を見てたのか?」


 扉の奥は法廷の様になっており、多くの上位存在がワンとトゥを囲んでいた。

 段差によって後列の者も見やすい構造になっている法廷。ワンとトゥの真正面、人間であれば裁判官のいる位置には、白い結晶体が鎮座されている。


 他の存在が全て人と似た形状なのに対して、それだけが無機物であるのは、強すぎる力で周りのものを消しとばしてしまわないためセーブしているからだ。


「お待たせしました、創造神さま。始めてください」


 それは世界の根幹、全ての源である星を司るワンと、全てを乗せる土台である空間を司るトゥすらも超える存在。創造神であった。


「──人間への不干渉を命じた決まりを破った件。申し開きはあるか?」


 創造神が言葉を発した瞬間、ワンとトゥ以外の全ての存在が発声を封じられ、静寂が訪れる。

 存在するだけで発せられるエネルギーにプレッシャーを感じながら、ワンは事実を述べた。


「私たち側から接触したのでは無く、人間の側から私へと通信を送ってきました。人間への不干渉という事を考えた場合、無理やり通信を切るのは干渉でないかと考えやめました。

 また、原因を突き止めておくべきだと判断し、経過観察を続けています」


ワン星の神から協力を要請され、私も人間を調査しました。その結果、例の人間、暗根ヤミの力によるものが原因だと分かりました」


 2人は示し合わせていたわけではないが、上手く事実を述べて自身の正当性を主張していく。


「彼から発せられる『想いの力』は人間の中でもトップクラスであり、私たちの予想を超える結果も出しています。今後も観察を続けるべきだと」


 ワンは、ヤミが迷宮外での通信を、時空の不安定さのない中で自身の思い込みだけで実現してみせた映像を提出した。


 途端にざわつく周囲の高位存在神々

 しかし創造神たる白き結晶から放たれるプレッシャーに変わりはない。


 このままでは更なる手札を切るしかなくなるが、良いんだな?

 ワンはそんな思いを込めて創造神を見つめるが、何のアクションも返ってこない。


『……仕方がない。やれ、トゥ』


『はいはい』


「──ハァ、もう飽きたわ」


 トゥは言葉を発した瞬間に、全身から質量を伴うかの様なエネルギーを放出。

 それは創造神から自然に発せられるエネルギーよりも遥かに多く、周囲の高位存在達は押し潰される様な殺意を感じる。


アンタ創造神の顔立てて、こんなに丁寧に説明してやったけど、もう良いわ。文句ある奴はかかってきなさい。全員消し潰してあげる」


 暴力的なまでの魔力を立ち昇らせたトゥが視線をぐるりと巡らせれば、誰もが顔を俯かせて敵意がない事を示す。

 創造神を除けば、他の追随を許さないほどにかけ離れた力を持つ2人だ。実力行使に出られれば全員が黙るしかなくなる。


「それに例の人間を注視していたのは、創造神。あなたもですよね?」


「……」


 周囲を威圧しているトゥと異なり、ワンは創造神へと語りかける。それはワンにとっても、衆目の目に晒したくなかったカードだった。


 創造神すら例の人間に注目していたのか。そんな視線を周囲から浴びた創造神は、諦めたように結晶の中の光を明滅させた。


「──許すのは観察の範囲内。今後、知識や物の贈与は禁ずる。ワントゥは、他の神々の動きを制限するように」


「「承知しました」」


 創造神のその言葉で、今回の審問会は終了となった。

 異例の、創造神側が折れるという結末を持って。


 ◇◆◇◆◇


 他の神々が退室していく中、結晶体である創造神と、審問される側であったワンとトゥだけが会場に残る。


「──これは……他の神たちも注目しちゃったかなぁ?」


「あなたがもっと早く折れないせいですからね」


 周囲に3人しかいなくなった途端、結晶体が砕け、中から小柄な男の子が出てきた。

 見た目の幼さからは比べ物にならないほどの力を秘めた少年は、結晶体時とはまったく違う声音でワンとトゥに話しかけてきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る