第19話 暗根ヤミ、成長の時。

「これが、二層のモンスター達っ!」


 それまで波の様に押し寄せてきていたブレードラビットやストーンウルフの群れが、突如として別の生物タイプの群れに変わる。


 知識として予習はしてきていたヤミは、それらがどの様なモンスターなのかは理解していた。


 ハリネズミの様な棘を持つイノシシ型モンスター、【ヘッジボア】、毒を保有する【ポイズンコブラ】。

 そして、何よりも厄介な敵が一種。


「【フレイムイーグル】ッ!」


 初めての飛行型モンスター、炎纏った大鷲である。

 続々と迷宮から湧いてきた大鷲は、すぐさま飛翔し大空を目指す。


『抜けられると面倒ね』


「行かせないッ!」


 最前列の、壁をにじり登るモンスター達に向けていた照準を、フレイムイーグルへと修正する。


「キェェエエエッ!」


 気炎を吐きながらこちらへ迫る大鷲に向けてトリガーを引く。


「時間がかかり過ぎる!」


 弾幕の暴力によって撃ち落とすことには成功するが、1匹のフレイムイーグルを倒すのに何十発もの銃弾と時間を消費した。

 その隙間をつかれて、どんどんとモンスターは進行を続ける。


 既に堤防の壁には到達されており、その強靭な肉体と鋭い爪を用いて、モンスター達は壁を登って地上へ迫る。


 このままでは間に合わない。

 事態を正しく認識したヤミは、更なる効率を求めて動き出す。


「もっと幅広く!もっと弾を効率的に!」


 重機関銃【轟】を横に振りまわし、剣による薙ぎ払いの様に弾丸を飛ばす。

 モンスターが死後に土塊に変わるまでのタイムラグ、その残骸に弾丸を使う事を避ける為の挙動。


 さらに、それを片手のみでやってみせる。


『無茶なことするなぁ』


「無茶しないとダメだからです!」


 空いた左手に自身の武装であるアサルトライフル【流星メテオラ】を構える。

 右手は地上に迫るモンスターを、左手流星は燃える大鷲フレイムイーグルを狙う。


 五分前の肉体では不可能な無茶を、これまでの無茶によって跳ね上げられたステータスで可能にしてみせる。


「オォォオオオッ!!」


 思考するべき場面が2倍。狙うべき対象も2倍。頭はパンク寸前で熱を帯び、眼球はせわしなく動かしすぎて筋肉痛になりそうだ。


「まだなのか!?」


 それでもヤミが歯を食いしばって耐え忍んでいるのは、田中と呼ばれる職員から、【氾濫モンスピート】開始前に伝えられた状況を待っているから。

 それは、【氾濫】と名付けられた災害を鎮める、現状可能な唯一の方法。


「──ッ、来た!!」


 何らかの方法でモンスターのヘイトをこちらへと向けていた職員達が、一斉に魔法の行使を開始する。

 30センチほどの火球を手の上に生成した職員たちは、次々に堤防壁面へと火球を投げつける。


 壁へと衝突した火球は、数匹のモンスターを巻き込むだけで消失する程度の威力。

 そんなものだけで事態は変わる筈が無い。


 だというのに、ヤミは【轟】を放り投げ、素早く武装を交換する。

 ヤミの準備が整うのとほぼ同時、退避を終えた職員たちによってスイッチが押される。


 あの魔法はヤミへの合図。

 モンスターが詰めてきていない側だからこそ、観測できた標的の出現。


「ボスモンスター……【キマイラ】!」


 迷宮の最大戦力にして最大の弱点。──そして、【氾濫】を鎮める為の標的の出現であった。

 溢れ出るモンスター全ての討伐ではなく、大元である迷宮そのものを消滅させる。それが【氾濫】に対して取れる1番の対処法であった。


『ここからじゃ、届かないわね』


「はい。だから、待ちます」


 だからといって【轟】では、堤防の最奥にいるキマイラは撃ち抜けず、最速で事態収拾を図るなら、中近距離に持っていく必要がある。


 そしてそのチャンスは、迷宮拠点の職員によって作られた。

 堤防の最終機能、壁内に埋め込まれた大量の火薬による──、


 堤防としての役割を放棄する事で発揮された破壊力は、穴の中にいたモンスター達を爆ぜさせ、壁に張り付いていた怪物達を土塊へと変える。


 そこに続々と投げ込まれる火炎瓶や魔石を使用した爆薬。炎が上がる大穴の中へ、防具【サランディーネ】の防火性能に物を言わせて飛び込んでいく。


 一時ではあるが、モンスターが全滅した大穴へと、ヤミは降り立つ。

 否、正確には、1体だけ生存しているモンスターの下へと。

 獣達の王者、獅子の顔を持つボスモンスターを討つために。

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