第20話 暗根ヤミ、獣を知る。

「グルルルル」


 炎に囲まれた空間で、1匹の怪物がこちらを見つめる。


「モンスターが沸く前に倒すッ!」


 ボスモンスター【キマイラ】を前に、ヤミは素早く駆け出した。

 現状の一対一の状況は、迷宮拠点の職員達によって作られたたった一度のチャンスだ。

 出入り口に火炎瓶を投げ込む事で新たな出現は抑え気味ではあるが、今の混乱が収まってしまえば、モンスターの群れはヤミへと向かってくるだろう。


 短期決戦の為に選んだ主武装はアサルトライフル【流星】。そしてショットガンである【蜂】だ。

 取り回しの良い【流星】でキマイラの動きを封じ、接近したところを【蜂】で仕留める。


 不幸中の幸い、ヤミはこれまでの無茶な殲滅作戦で、先程最後に震えた分含めて、レベルが9まで上昇している。

 適性が12レベル程度の迷宮ボスであれば、スキル適応時27レベルクラスのステータスを保有するヤミの敵では無い。


 勝負は一瞬で着く──、はずだった。


「ガァアアアッ!!」


「ぐっ!?」


 桁違いに向上した動体視力は、キマイラの動作全てを捉え、その身体が向かうであろう未来へと、偏差射撃の技能で弾を放つ。

『弾を先に置いておく』ような感覚で放たれた弾丸は、しかしキマイラの身体をわずかに削るにとどまる。


 本来であれば蹂躙と言って差し支えないほどのステータス差。

 ──しかし、通常ありえないほどの速度で上げられた肉体ステータスに、ヤミの技術が、精神が、圧倒的に追いついていない。


「ルオォオオッ!!」


「うわっ!?」


 これまでの敵は表情が乏しく、威圧的なモンスターというのはいなかった。

 しかし獅子の顔を持つキマイラの表情は豊かで、その剥き出しの牙から、瞳から、ヤミへの殺意と敵意をこれでもかと伝えてくる。


「喰らえぇッ!!」


 探索者になってまだ、2。訓練によって培われた技術は、実戦における恐怖で鈍っていた。


『臆すれば死ぬぞッ!』


 普段なら問題はないのに、ワンの叫びに気を取られた。

 その隙を逃すほど、百獣の王は愚かでは無い。

 牙を剥き出し、その前腕ぜんわんを抱擁する様に飛び込んでくる。


 その瞬間が、スローモーションみたいに見えるのに、真っ白になった頭では、何にも思いつかなくて。

 走馬灯の様に駆け巡る迷宮での記憶。


 少ないながらも経験した事が、スライドショーの様に流れていく。


 ──これは、死ぬのか?


 何とか差し出した右腕の内に、既に百獣の王は入り込んでいる。

 その光景が、灰色兎ブレードラビットと重なって……。


「ァ──、ッ!」


 繋がった経験。閃く左手。


「ギャァっ!?」


「クッ!」


 初めてキマイラは悲鳴を上げ、弾き飛ばされる様に後方に下がる。

 その右前足と下顎は、抉られた様に千切れている。

 そのキマイラの視線は、先ほどまでとは異なり恐怖が混じり、ヤミの左手で煙を上げる1匹の【蜂】に釘付けだった。


「フゥー……良し。もう大丈夫」


 キマイラから視線は外さず、大きく深呼吸をする。自身の状態を正常に戻す。焦っていた思考は落ち着き、気張っていた肩からは力がスッと抜ける。


「ここからは、速攻で倒します」


 配信に、自身に、宣言する様に呟いたヤミは、【蜂】から薬莢を弾き飛ばしてリロードする。それを見ていたキマイラは、ゴリゴリと何かを砕く様な音と共に行われる作業を、恐怖ゆえに止めることができない。

 それこそが、この獣王の敗因である。


 弾薬と共に詰められたのは、2回目の探索で手に入れた

 そして、右手に構えるのはリボルバー。【流星】よりも更に取り回しを重視した武装の切り替え。


「上昇した魔力全てを注いだ3発。全部くれてやる」


 込められるは、レベル27相当の魔力全てを注いだ強化弾。戦闘中もキャットフィッシュへと常時注がれていた魔力の固まりは、その力の解放を待っている。


 モンスターが階段から湧き始める。その瞬間、


「グォオオオオァッ!!」


「ハァッ!!」


 突撃する両者。

 健在な左腕によるキマイラの切り裂きを、下から掬うように構えたリボルバーで撃ち抜く。

 消し飛んだ腕に互いに目もくれないまま、接近戦は継続される。


「シャァァッ!」


 今まで隠していた武装。キマイラの尾が、声を上げながら噛みついてくる。

 その動きは不規則に唸りうね、銃による攻撃の回避を狙う。


「アァ゛ッ!」


 ヤミは堪える様な表情で、腰に下げたナイフを左手で引き抜く。

 保険として与えられたサバイバルナイフで、蛇の顔と胴体を分つわか


 気持ち悪さは捨て置く。自分が死ねばこの街も死ぬ。


 即座に納刀し、空中に放っていた【蜂】を、落下に入る前には掴み取る。

 お手玉の様な曲芸すら容易くこなす肉体は、噛みつく顎を失ったキマイラの身体の下を滑る様に移動する。


 反応したキマイラによる、足でのスタンプ押し潰し

 一撃目は撃ち抜いたが、キマイラがバランスを崩したが故に、リボルバー3発目は空振りに終わる。


「ブグルルルォッ!」


 血泡混じりの叫び声をあげるキマイラは、抉れながらも残った右前足を壊す勢いで振り抜く。

 その眼光は、四肢のほとんどを捥がれても衰えを知らず、上顎に残った牙を振り下ろす様に突き立ててくる。


 ヤミはリボルバーを既に捨てている。

 キマイラはヤミの攻撃を見抜き、【蜂】による攻撃を計算する。

 恐ろしい攻撃ではあるが、一撃で絶命には至らない。自身は死ぬが、最後に道連れにはしてやる。

 そんな結果と決意が、キマイラの眼には煌びやかに輝いている。


「……」


 ──それを見返すヤミの目は、何処までも静かで、夜空の様に澄んでいた。


 キマイラの真下、両手で構えた【蜂】のトリガーを引く。

 2回目の探索、大量のモンスターから入手した魔石の強化は泥ナマズボスモンスターの時とは比較するまでもなく。


 その一撃は、圧倒的であった。


 背中を地面につけていても、押しつぶされる様な反動。銃口を破裂させながら炸裂する劫火の毒針。

 周囲への被害まで計算に入れて放たれた直上の爆炎は、大穴の底から空へ、ヤミの先にある全てを焼き潰して進む。


「オォオオォ──、」


 周囲にあるモンスターが熱で死亡する程の業火を、纏った魔力と【サランディーネ】の耐熱性で何とか凌ぐ。

 迷宮から現れたモンスターはその瞬間に土塊となり、迷宮の出入り口にも変化が起こる。それは不可思議な力の消滅。ボスモンスター討伐の証。

 そして、【氾濫モンスピート】の終了を、意味していた。


「……ゴホッ、ガハッ」


 火柱が収まり、土煙上がる中から、1人の男が立ち上がる。

 服は所々融解し、両手の平は黒焦げている。楽勝とはいかなかった。助けがなければ辿り着けなかった。

 しかし、それでもその男は、【氾濫】をほとんど独力で乗り越えてみせた。


「ウオォオオッ!!!」


 そんな英雄、ヤミの雄叫びと人々の歓声は、大きく、雄々おおしく、辺りへと響き渡った。

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