第21話 暗根ヤミ、英雄です。
「……」
静寂に包まれた部屋に、微かな電子音と水音だけが響き渡る。
水音は浴槽から発せられており、貯められた液体はライム色に発光している。まるで中に浮かんだ物体をライトアップしているようだ。
「──はい、検査終了です。お疲れ様でした」
「ァ、ありがとうございまス……」
ライム色の液体、回復薬と呼ばれる迷宮産の物質に漬け込まれていたヤミは、看護師に頭を下げて浴槽から上がる。
「こちらが、暗根様の身体の状態になっております」
「ど、どうも」
魔法で体を乾かしてもらった後に、ヤミは医師から書類を受け取った。
そこには、自身の名前と怪我の状態について書かれていた。
「両腕の表面が炭化するほどの重度のやけどでした。ですが幸いなことに、芯の方まで焼けなかったおかげで、治療は完了しました。上昇したステータスのお陰ですかね?」
その言葉を受けて、ヤミは全身に入っていた緊張がようやく解けた。
ただでさえ技術不足を自覚したと言うのに、指に支障が生じてしまえば、これまでの射撃精度を取り戻すのにも時間がかかってしまうからだ。
「特に気になるところ等ありますか?……はい、無いですね。それでは退院となります」
「あ、ありがとうございまし、た」
今回の治療費は迷宮探索協会の支払いとなっている為、ヤミは医師と看護師に頭を下げると、そそくさと病院の出口へと向かう。
そこに停められた黒塗りの車のドアが開かれ、招かれるままにヤミは車に乗り込んだ。
「やぁ、この前は世話になった」
「あ、どうも……」
迷宮探索協会へと向かうクルマだとは知っていた。しかし中にいたのが【氾濫】時に指揮官をやってくれていた男、田中だとは知らなかったヤミは、軽く驚いた後に会釈をする。
「調子はどうだ?」
「問題は……無いそうです。実際には、動いてみてからですかね」
自身の両腕に注がれる田中の視線を感じながら、ヤミは指を曲げて調子を確かめる。
キマイラとの戦闘から、2日。
目を覚ますと既に回復薬の湯船に漬け込まれていたヤミの身体は、【魔石砲】の反動で想像よりもボロボロになっていたらしい。
「退院したばっかだってのに、呼び出してヒデェもんだよな」
「あ、あはははは……」
やはり切羽詰まっていた時とは異なるのか、田中の口調はどこか陽気である。地獄を共に乗り越えた事から、友人として接してくれている様でヤミとしてはとても嬉しい。
──ここでヤミは、一歩踏み出すことにした。
今までのヤミには出来なかった事。キマイラを倒して、街を救って自信が芽生えたヤミだから行動に移せる事。それは、
「た、たなかさんっ!」
「ん、どうした?」
「れ、連絡先を……交換しませんかっ!?」
それは、自分から連絡先の交換を提案する事であった。
し、心臓がバクバクしてるっ!?
言葉を発した瞬間から、ヤミの心臓は戦闘時よりもフルスロットルで爆動し始めた。
正直言って断られたら人間辞めたくなってしまう程ショックであったが、ヤミのそんな不安は杞憂に終わる。
「あぁ、良いぞ〜。じゃあこれ読み込んで」
ヤミは嬉しさに震えるよりも、前言撤回される前にそそくさとスマホを取り出しQRコードを読み取る。
公式ラインに家族ライン。一言も発した事ないクラスラインを除いて、初めて出来たラインの通話先にヤミは震えた。
3回くらいは絶対に連絡を自分から取らないと、遠慮して連絡取れなくなりそう……。
ヤミが初めてのライン交換にウキウキドキドキしていると、田中が気恥ずかしそうにヤミに頼み事をする。
「あー、俺からも一つお願いがあるんだが、いいか?」
「は、はい!勿論です」
「写真を撮っても良いか?やっぱり、お前がこの街の英雄なんだなって記念にさ」
田中のそんな言葉に、普段なら首を振って謙遜するしか出来ないヤミは、訂正の言葉を入れる。
「この街の英雄は、僕たち2人ですよ」
もちろん、他の協力してくれた職員も英雄ではあるが、それでもこの2人が1番頑張っていたと、ヤミは胸を張って誇った。
「……ありがとよ。写真、ラインに送っといたから確認してくれ」
そう言って、田中は嬉しそうに笑った。
それを見て、嬉しくなったヤミがラインを開くと──、『驚かず、俺にラインの操作方法を聞いてくれ』。
そんな一文が送信されていた。
「──ッ、田中、さん。写真ってどうやって保存するんですか?」
ヤミが勤めて平常心でそう言葉を発した瞬間、田中から送信されていた文章は消えた。
これは──、只事では無いのか?
ヤミの肉体は臨戦体制に入り、即座に戦闘に入れるようにスイッチが切り替わる。
しかしヤミの肩に手を回す事で、戦闘がないことを田中が示唆してくる。ヤミのスマホのキーボードを操作すると、記録が残らないように送信せずに文字を打ち込んでくる。
「高校生だってのに、スマホを買ったばっかなのか?こうやってやるんだよ」
『目的地に着いた後、お前の実績を買い取ると言われるだろう。それを断るのはおすすめしない』
「ちなみに今はアプリを入れなくても写真加工が出来てな?こうやってやると──」
『だが、きっと安値で買い叩こうとしてくる。交渉の権利はお前にある。少しでも良い条件にしろ、例えば──』
田中はヤミに楽しそうに話しかけながら、素早く情報をヤミに伝える。
唐突な状況に混乱しそうになる頭を律しながら、ヤミは必死に文章を読み込み、咀嚼する。
運転席に座る他の職員が見れば、スマホの操作を教わる子どもだと思われる様に配慮しながら、ヤミは自身の状況を理解していく。
「それでな、これを押すと色合いが──って、もう着いちまったか」
その田中の言葉で、ヤミは目的地に着いた事に気づく。
怪しまれる前に証拠を隠滅したヤミの表示は暗く、今後のことを考えると気が重い。
「な〜に、当時の状況を説明するだけの簡単な仕事だよ。大人に囲まれても気負うことはない。リラックスしてけ。言いたい事をちゃんと伝えろ」
「はい、ありがとうございます」
ヤミは笑顔で田中にお礼を言うと、迷宮探索協会。その本部へと向かっていった。
「はぁ〜……すまねぇなぁ。大人の事情に巻き込んじまって」
その後ろ姿を見て、田中は大きくため息を吐いた。
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