第18話 暗根ヤミ、先行体験。

 堤防と呼ばれる防衛機構は、厳密にはに近い。

 迷宮周辺が地下へと沈み、周囲にむき出しとなった金属製の地中の壁こそが、堤防と呼ばれるものであった。


 そんな、直径で100メートル、深さで言うと500メートルを誇る大穴の上では、大量の物資が設営を開始されていた。


 沈み込んだ迷宮前施設から、事前に運び出していた武装の数々。それは1人の職員の指示に従って配置されていく。


 弾薬は補充しやすい場所に、武装は状況に応じて使い分けが出来るように。


「本当にこれでいいんですか?」


 銃火器を運搬していた職員が、田中と呼ばれる職員へそう尋ねる。


「彼自身の希望だ。それに、現状とれる対策の中では、私としても1番可能性が高いと考えている。無力感に打ちのめされてはいるが」


 堤防内への遅延作戦。その半分を、1人の青年に丸投げする。

 それは暗根ヤミという青年からの説明を受け、田中自身が提案した作戦であった。


「半分を君が対処し、我々は君に一切干渉しない。そして、君は我々をライバルと認識しなさい」


 作戦に向けて銃火器の使用をレクチャーされているヤミに、田中はそう伝えた。


「私たちは、君と獲物を奪い合うライバルだ。良いね?」


 スキル的には、仲間がいなければ良い問題はない。つまり、奪い合うライバルならいても問題はないだろうと、彼は言っているのだ。

 そんな、あまりにもふざけた提案に、ヤミは笑顔で頷いた。



 コクリ、と。


 ──そして何も言わない。何も言えない。


 沈黙を保つ2人の間に、乾いた風が吹く。


「あー、無茶な事を言ってしまい、すまない。そしてよろしくお願いします」


 ヤミからの返答を待っていた田中は、少し変な空気になったのを感じながら、頭を下げて去っていった。


 ◇◆◇◆◇


「フゥーーー……」


 田中が背を向けて、他の場所へと顔を見せに行き始めた途端、ヤミは大きく息を吐いた。

 それはこれから先に待ち受ける困難を前にした人の対応ではなく、ただ単に対話に疲労していただけだった。


『いい加減、画面を見せなさいよ。真っ暗闇は飽きたわ』


 ヤミに余裕が生まれたのが分かったのか、トゥが苦情を入れてくる。

 そこで初めて、ヤミは外に出てからカメラを起動せずにいた事を思い出した。


「ご、ごめんなさい時間がかかっちゃって!」


『非常事態だ、仕方がない。それよりも、もうカメラをつけていても良いのか?迷宮外での緊急事態対処など、先程よりも撮影を避けて欲しい状況だと思うのだが』


「それに関しては、むしろ録画しておいて欲しいと言われました」


 どの規模のモンスターの量なのか。そして種類や時間等の記録に、データが残っていれば買い取りたいと提案してきたのだ。

 その際に配信をしていても問題はないかと問うたところ、「どうせ君1人しか居ないんだから、問題はないだろう」と言われたのだ。


「だから問題はないです」


 堤防の上ギリギリに座り込んだヤミは、周りに置かれている武装をガチャガチャと装備していく。


『実践訓練には絶好の機会ね。ここでドンと強くなりなさい』


「はい!」


 トゥにはそんな意図は1ミリも無かったが、その言葉を自身への喝入れだと認識したヤミは、大きな声で答える。


 魔力を動かす感覚は、始めた当初よりずっと良い。ノソノソとではあるが、意識した方へ魔力が集まっていく。


 反対方向にいる職員たちが慌ただしく動き出し、そして迷宮の出入り口が震え出す。


『幸運を』


「はい」


 先の見通せなかった階段が振動し、そして──氾濫した。


 溢れ出たモンスター達は、後続の勢いで押され階段周辺の壁に押しつぶされて土塊へと変わる。

 生き残ったモンスターの数がどんどんと。どんどんどんどんと、濁流の如き勢いで増していく。


 目と腕と、足に魔力を集中させていたヤミは、そこで新武装のトリガーを引いた。


 重機関銃、【とどろき】。

 現在所有している【流星】とは桁違いの重量と弾数を持った銃火器であり、使用する銃弾の威力も桁違いである。


 轟音響かせて放たれた弾丸のサイズは一目見てわかるほどに【流星】とは異なり、溢れ出た灰色のウサギブレードラビットも、灰色のオオカミストーンウルフも、粉々に粉砕していく。


「ぁあああ゛ッ!!」


【轟】から弾丸の雨を降らせているヤミは、あまりの反動に身体を震わせる。


 腕が、鼓膜が、引きちぎれるッ!!


 この重機関銃の使用可能レベルは、20

 レベル3のヤミでは本来ならば身体が壊れるほどの反動を、スキルによってレベル9クラスに上げられたステータスと、集められた魔力で無理矢理持たせていた。


 反動を気にせず使用できる様になるのがレベル20であるとは言え、現在のままでは身体を負傷するのも時間の問題だ。しかし──、


「弾が切れた!」


 そんな事態は、起こらない。200発の弾丸を撃ち切ったと同時に、腕時計が合計で5の振動を迎えた。


 それは、レベルアップの通知。

 レベル8、スキル適応時であればレベル24のステータスへと、ヤミはこの時にはなっていた。


「レベル30以上なら……これだ!」


 ヤミはオーバーヒートした【轟】を傍に投げると、先ほどとは違う弾薬を装填された【轟】を拾う。


「──ッ、速い!」


 新しい武器を取り出すのにかかった時間で、一層の中では一番素早いモンスターであるブレードラビットがヤミへと肉薄する。

 驚愕に目を見開くヤミ、勝利を確信するウサギ。

 しかしその未来図は、果たされる事はなかった。


 バンッ!という音と共に、ウサギの頭が吹き飛ぶ。

 その音の出所は、ヤミが驚愕しながらも構えた左手の武装、【はち】であった。

 片手携帯ショットガン【蜂】。


 有効射程距離1メートルという驚異的な射程の短さを代償に、その1メートル圏内であれば、低層のボスモンスターならほぼ即死級の威力を出すという銃である。


「今のも対応できるなんて……」


 以前までであれば、何とか盾代わりの物を差し込むしか出来なかった。

 しかし強化されたステータスは、ホルスターに収めたショットガンを掴んで容易く撃ち抜いてみせた。


『本番はここからよ、二層の敵が来るわ』


 ヤミは返答する暇さえ惜しみ、素早く【轟】を構え直してトリガーを引く。そして、


 粉砕していくモンスターの群れの向こう。見据える堤防の底では、見た事もないモンスター達が姿を現した。

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