第47話 暗根ヤミは、真実を知りたい。

 理解が追いついていない自覚がある。

 雨のように舞うモンスターの残骸。こちらを見る、狂気を孕んだ瞳。そして唐突な名称。


 ヤミは思考が鈍っているのを感じながら、口を開いた。


「──ご無事だったんですね」


「ん?あぁ、おかげさまで。今日はカメラ無いの?」


「カメラは、人に預けてきましたよ」


 ヤミはツルギへの対応をどうするべきか、迷っていた。


 唐突に話題の飛んだ会話。上昇しているステータス。そしてあの瞳。間違いなく錯乱状態だ。発現したスキルの副作用か、呪いか、アイテムか。


「ふぅーん、じゃあ今はのか、あのカメラ。気を遣ってもらってていいなぁ、お前は。

 ──オモチャは、俺だけだったか」


 ツルギはそういうと、ガクリと項垂れた。


 本来、錯乱した者には近寄らず、関わらずに逃げるべき。だけど、この状態の彼を放置しておくのはマズイ。

 ヤミは首筋に嫌な汗が流れるのを感じながら、ツルギへと近づく。


「……ツルギさんは、疲れてそうですね。もう、帰りましょう。メンバーの人も心配してますよ」


 理解不能な言葉を続けるツルギに、ヤミは慎重に言葉を選ぶ。しかしヤミの選択は意味をなさなかった。

 項垂れていたツルギは、ガバリと身体を起こし、その瞳をヤミへと向けてきた。


「──お前、自分が騙されている事に気がついているか?」


「何を言ってるんですか。ツルギさん、落ち着いてください」


 ヤミはツルギの肩に手を置いて宥めようとするが、続く言葉に動きを止めた。


「お前の視聴者がどんな奴らだか、分かっているのか?アイツらが普通の人では無いことくらい、分かるだろ?」


「……高名な探索者って感じはしますけど。何でそんな事を知っているんですか?」


 ヤミが前に配信をしたのはツルギ達と別れた日だ。それ以降に再生数は上昇しておらず、作成した動画に関しても視聴者のコメントは入っていない。

 ツルギが視聴者たちについて知っているのは不思議だった。


「違う違う。確かに、アイツらはいろんな事を知っているけど、前提から違うんだよ」


 ツルギは楽しそうに。そして憐憫の籠もった声音でヤミに語りかけてくる。


「前提……?」


「だっておかしいだろ?何で他の探索者は誰も教えてくれないような事を、たかが一新人探索者のお前に教えてくれんだよ」


 それは、アイツらが探索者じゃないからだ。他の奴にとって奥の手だったり、説明できない感覚だったりを、問題なく言えるからだ。


 探索者ではない。探索者よりも知っている。探索者の戦闘映像を見て理解できる。

 そんな人間がこの世にいるのか?いない。

 ──つまり、


「アイツらが、人間じゃ無いからだよ」


「……人間じゃ、ない」


 ヤミの表情は、驚きと呼ぶには足りない。どこか、腑に落ちたようだった。


 ──違和感は、

 ヤミは過去の記憶を、都合よく解釈していた記録を掘り起こす。

 初めにワンと会った時、使っている言語が見たこともなく、調べても分からなかった事。

 世間を知らず、浮世離れしている印象があった事。自身の技術を惜しげもなく提供してくれた事。理解の出来ない内容の話をしていた事。

 外国人だからと流すには、少しばかり違和感が強かった。


「可哀想だよな。友達が欲しいって思って始めたのに、その努力が全部無駄だったなんてよ。

 なんたって、アイツらは流れ星より遠い所だ。友達になんてなれやしねぇよ」


「なんで貴方が、そんなことを知っている?」


 語気が強くなってしまうのを止められず、ヤミはツルギに問いただす。

 こんな事を、ツルギが知っている筈がない。彼は人間だ。事実ではないかも知れない。


「決まってるだろ。俺もお前と同じで、アイツらの目にとまったからさ。アイツらにとって、面白そうなオモチャだと思われたからさッ!」


「──ッ!」


「意味がわかんないことを言われ続けて、変な力が流れ込んできて、理解の及ばない話をされて、人じゃないナニカにされちまっタ!」


 ツルギは叫びながら、自身の頬に爪を突き立てる。その痛ましい傷跡は、巻き戻しのように消えていく。

 見れば、ツルギの防具や服はボロボロだが、その下の身体は、汚れは目立つが傷跡は見られない。


「あんな奴らに希望を持つな。アイツらに友愛は無い。親切心は無い。あるのは好奇心と、オモチャに対する愉快な発想だけだ」


「……」


 頭がクラクラする。視界はボヤけ、隅の方は暗闇に包まれる。


 これまでの交流は、全て友好の意思はなく面白半分の遊びだった……?


 頭に手をやるヤミに、ツルギが心からの叫びをあげる。


「俺はもう手遅れだが、お前はまだどうにかなる。今すぐアイツらとの繋がりを断ち切れ!これ以上関われば、お前も戻れなくなる」


 神々側からヤミへとアクセスする方法は無い。ヤミが通信を切れば、それで彼らとの関係は終わる。


 ツルギのその言葉は、真実だろう。彼らが好奇心と珍しいもの見たさでヤミの下に訪れているのも、真実だ。


 ヤミは震える手で、ポケットからスマホを取り出し、泣きそうな顔で、ツルギに告げる。


「──ごめんなさい、ツルギさん。これ以上は危険だとしても……僕は、彼らから直接話を聞きたい。あなたが教えてくれた事だから」


 知る勇気。

 例え、初めは珍しいもの見たさだとしても。面白いオモチャへの対応だとしても、そこから友愛が芽生えないとは限らない。

 関係は変わる。昔は仲が悪くても、友達になれる事だってある。


 知らずに、思い込みで友達になれるかも知れない人を。友達になれなかった人にはしたくない。

 後悔するとしても、勝手に失望したくはない。


「もしもツルギさんが危険を犯して教えてくれたのだとしたら、本当にごめんなさい。ただ──」


「もういい。分かったよ」


「……ただ、アナタはあまりにも怪しい」


 この場にいる事が、ヤミがギリギリ追跡出来た事が。そんな事を知っている事が。


 ツルギを苛んでいた症状が治ったのか、──演じるのをやめたのか。ガリガリと掻いていた手をピタリと止めた。

 その瞳に苦痛の色は無く、あるのは気怠さと、殺意。


「……はぁ、おもんねぇ。これが上手くいけば万々歳だったのによ。そうしたら、俺だけがこの世界で唯一の存在になれたのに」


 爪の間に入り込んだ血肉を取りながら、セキタケツルギはボヤいた。


 ヤミはそっと、【獣王レグルス】と【白蝶】を抜いた。

 鈍っていた思考のスイッチが入り、空気がスパークを帯びながら熱量を上げる。


「つまんねぇの」


 ツルギの言葉を聞いた瞬間、ヤミは全力で防御を行う。


 ツルギの姿がかき消え、その後。視界がブレ、景色が飛んだ。

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