第9話 暗根ヤミ、期待のルーキーです!

 そのポーチ、【ナマズのポーチ】はダサすぎるが仮名として、それから出てきたのは弾丸だった。


「もしかしたら、収納ボックスより自分に合っているかも!」


 袋が大きくても、ヤミはそれほどお金を持っていない。道具を詰め込むこともできず、ドロップ品を大量に溜め込めても、まず入手が難しい状態。

 それなら弾が尽きた時に予備弾薬を生成できる方がよっぽど自分向きだったかもしれない。


『ポーチの故障、弾薬の水没。そこらへんから出た君の願いの結晶なのかもね』


「そうかもしれないです!迷宮のドロップってそんなに願望を反映しているんですね」


『もしかしたら君は、願う力が強いのかも知れないね』


 だからマジックアイテムは状況に完璧に即した物であったし、ケーブルの繋がっていない状況でも、友達への願望が異空間へ通信を繋げたのかもしれない。

 そう考えたワンは、そろそろ別れの時間が近づいているのを実感した。


『さて、ボスモンスターが討伐された迷宮は崩壊を始める。それほど急速ではないが、迷宮からの帰還をお勧めするよ。……改めて、迷宮攻略おめでとう』


「あ……そうですね、なし崩し的ではあったけど、迷宮攻略をしたんだ、僕」


『あぁ、それも初探索のレベル2ルーキーがだ。胸を張って良い。私も鼻が高いよ、見ていて非常に楽しかった』


「こ、こちらこそ!ワンさんが居てくれなかったら、僕は今頃ボロボロになっていた筈です。本当にありがとうございました!!」


 別れの気配を感じたヤミは、ワンへと精いっぱいの感謝を伝える。

 臆病でコミュ障で初心者のへっぽこが、迷宮攻略をしてみせたのは、配信を止めずに来れたのは、間違いなくワンという1人の人間が見守ってくれていたからだ。


『迷宮崩壊の影響で、きっと配信は途切れてしまうだろうけど気にしなくて良い。ここでお別れだ』


 この、星と関係のある迷宮内だから起きた奇跡。星の管理者たる自身と交信など、通常起こりうるものではない。きっとこの関わりは一度きりのものだ。

 それを寂しいと感じる感情があると自覚したワンは驚き、そして笑う。


「それじゃあ、また会いましょう!ワンさん!」


 僕に初めてできた友達!

 そう笑うヤミに、ワンは自分もだと笑う。

 神と人の友人は、そう笑い合った。


 ◇◆◇◆◇


「……配信、切れちゃったな」


 楽しいひと時だった。顔も見えず、本名もどこの国の人かも分からない人。

 だが、初めて楽しく会話ができた他人だった。

 この思い出があるだけで、僕はきっと探索者も、配信者も続けていけるだろう。


「帰ろう」


 ボスモンスター討伐の影響で、新たにモンスターが発生する気配はなく、武器を失ったヤミでも来た道をそのまま引き返せば安全に戻れる可能性が高い。


 バックパックに魔石と、ボスモンスターの土を詰め込んで、ヤミは帰路へと歩き出した。

 時計をチラリと見れば、早朝に始めた探索は昼を過ぎ、三時程度まで差し掛かっていた。


「急いで帰らないと!」


 ボスモンスターを討伐し、レベル3に上がった事が影響し、レベル1以前の全力疾走程度ならジョギングのノリで出せている。

 このままなら直ぐに出口に辿り着くだろう。

 そんな帰り道の中で、ヤミは一つのことで悩んでいた。


「この【スキル】の事、どうしようかな……?」


 それはレベル2になった際に発現した【スキル】と呼ばれる超常の技能。

 身体能力の強化以外にも、五感が優れたり運が良くなったり、予知ができるようになったりと様々な力を発揮するそれは、人によって異なる特殊能力だった。


「間違いなく優秀なスキルなんだけど……僕の夢には邪魔なんだよなぁ」


 そんな風に悩みながら、ヤミは出口の階段を駆け上がった。


 ──【リザルト】──


《探索前》

 ・レベル0


《探索後》

 ・レベル3

 ・【スキル】獲得。

 ・【ナマズのポーチ(仮称)】入手。


 ◇◆◇◆◇


「迷宮のボスモンスターを、討伐したんですか……?」


 コクリ。


 ヤミは頷きながら、バックパックからドロナマズの魔石と、腰につけたポーチを一度カウンターに置いた。


 その魔石の大きさを見た職員は、この少年の言葉が嘘ではない事を理解した。


「かしこまりました。解析を行いますので少々お待ちください」


 そう言った職員は、ヤミから渡された物を持って、一度奥へと引っ込んでいく。

 それを見て、漸くヤミは人心地ついた。


 ここは迷宮から入手した物品を買い取ってくれる場所。全市町村に一つは設置されており、入手品の鑑定もやってくれる場所でもある。

 ヤミはそこにドロナマズの魔石を売りに来ていた。


 役所が運営している買取所であり、民営の所の方が高値で買い取ってくれるのだが、交渉(会話)が苦手なヤミは機械的に進めてくれる国営の方がありがたかった。


「解析が終わりました。こちらが魔道具の詳細と、魔石の買取額です」


「さ、さんじゅうっ……!?」


 渡されたタブレットには、ドロナマズの魔石を35万円で買い取ると表記されていた。

 これだけあれば、沈めた弾代と壱式リボルバー代にはなる!

 そう考えたヤミは、即決で売却承認のボタンを押す。


「……本当によろしかったのですか?」


 コクリ。

 恐らくはもっと値段が上がるのだろう。私営の場所に持っていくと言われるものだと考えていたのか、職員は少し驚いた表情をしていた。

 今はまだ実家暮らしの若者で、お金に困っていないからかと考えてるのかもしれないが、ヤミにとってプラス10〜15万円の収入より、値段交渉の為に人と話す方が苦痛だからである。


 契約を完了したヤミは続いて、ポーチの詳細をみる。


 ──【ナマズのポーチ(弾丸)】──


『消費した魔力を使い、指定の数の弾丸を生成する。規格変更も可能。』


「な、なまえが……」


 ダサい。まさか仮の名前付けが適応されてしまったのか、こんな見た目からは考えられないセンスの無さだ。


 思わぬ衝撃につい声を漏らしてしまい、職員から慰めの言葉をかけられる。


「マジックアイテム、魔道具の名称については、取得者様の端末から表記上は変更可能ですので、ぜひ活用してみて下さい」


「あ、ありがとう……ございます」


 書かれていた情報を自身の端末に転送する。

 人前で悩むのも恥ずかしいし、一旦家に帰ってから考えよう。

 ポーチを売る気はないかと聞かれたので、首を振って席を立つ。


 少し無礼かもしれないが、ヤミはもう人と話すのは疲れてしまった。

 これまで単語でやり取りしてた人間が、唐突に配信などしてみたのだ、口の周りが筋肉痛である。


 魔石の代金は銀行振込を選択し、そのまま帰ろうとしたが、先ほどの職員に呼び止められる。


「暗根様、帰る前に必ずステータスの更新をお願い致します。おそらくですが、ボスモンスターを倒したことでレベルが上がっていますでしょうし、発現している場合、スキルの登録もお願いします」


「──ぁ、はい……」


 来てしまった。出来れば無人の更新機でやりたかったのだが、ここで断るのは怪しすぎる。

 レベルアップによって発現した【魔法】や【スキル】は悪用可能な為、隠匿は犯罪に当たる。ここで拒否すれば下手すれば警察沙汰になるだろう。


 大人しく職員に連れられて、改札機のようにスマホをかざしてデータを送る。


「スキルの発現、おめでとうございます。これは……、書類が必要ですね。もって来ますので、記入をお願いします」


 ヤミが発現したスキル、【孤独】について記された部分を見て、職員は再び奥へと下がっていった。


 ──スキル【孤独】──


 仲間が1人もいない時、全ステータスに超補正。


 人数制限系のスキルはそこそこにあるものだ。武器の制限に比べ条件が厳しい分、効果も強力であり、一般的なスキルが1.3倍のステータス補正があれば良い方なのに対して、2倍を超える場合もある。


 ヤミがレベル2の状態で推奨レベル5のドロナマズから回避行動ができていたのは、このスキルが影響していた。

 超補正、その倍率は──驚異の3倍。

 レベル2の状態でレベル6のステータスに迫る事が出来る程だ。


「お待たせしました。こちら『制限証明書』です」


 そしてヤミが登録を国営で避けていた理由がこれだ。

 迷宮では他探索者の戦闘に出くわす事があり、その際に応援に向かったせいでスキルが発動しなくなり、死んでしまうリスクを減らすためのものだ。


 これに登録しておけば、人数制限を見て何人加勢するかを判断できる優れ物なのだが、ヤミにとっては違った。


「これをつけちゃえば、誰も僕と迷宮内で関わってくれなくなる……ッ!」


 どこからが仲間判定なのかが曖昧であり、制限スキル持ちにはあまり近づいてはならないというのが暗黙のルールだ。

 つまり、ヤミが戦闘中に加勢に来るものはいない。そしてスキルありで適正迷宮の場合、ヤミから加勢に行くと弱体化して役に立たないという証なのだ。


「迷宮に1人で入るというのはリスキーですが、3倍という倍率は凄いですね!」


 そうなのだ。スキルを捨てて集団行動も可能なのだが、3倍は破格だ。みんなが2.2倍やら2.5倍で争ってる中、これはトップの補正だ。

 捨てるのは勿体無さすぎる。


 泣く泣く記入し終えたヤミは、迷宮内での交流に別れを告げた。

 ……帰ろう。


 今度こそ席を立ち、トボトボと出口へ歩く。

 大金稼いで帰るはずなのに、バックパックにしまったビチャビチャの服は重く、悲しい思いもしている。


 そんな背中に何を思ったか、担当してくれていた男の職員は、声をかけてくれる。


「初めての探索、お疲れ様でした。これからも頑張ってください、期待の新人さん!」


 笑顔で見送ってくれた職員さんに会釈をし、ヤミは家へと向かった。

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