第54話 暗根ヤミは、覚悟する

「──さて。後で説教とか大口叩いてみたけど、私はもう限界だ」


 ツルギを吹き飛ばした直後、追い打ちをかけに行く前に、ヤミはガレンからリタイヤを告げられる。

 見ればガレンの手足は震え、笑みは口の端が引き攣っている。


「魔力切れを無理やり治して、体力も消耗。さっきのが最高位探索者としての意地だった。──ここからはヤミ1人だ。いけるかい?」


 その言葉に、『いける』。と即答はできなかった。

 今のステータスだと、ツルギさん相手でギリ負けている。2人だから押せていただけで、僕1人だと時間稼ぎにしかならない。


 戦うか、撤退か。時間稼ぎに専念するか。

 悩むヤミに対して、友人から一つのアドバイスが送られた。


『今の君の力は、想いを動力源にしている。それは、達成したい目標が同じであれば、複数個あってもいい』


「複数個……」


『【セキタケツルギを救いたい】以外にも、彼を人に戻したいという願いの動機を、想いを探すんだ』


 ツルギさんを救うための、別の動機……。彼と戦い、勝ち。そして人に戻したい理由。

 ──あった。


「師匠」

「なんだい?」


 ヤミはツルギから視線は離さずに、ガレンへと話しかける。


「僕は今、モチベーションが実力に直結しています。だから、何か。応えたくなるような期待を、僕にして下さい」


「──分かった」


 疑問を呑み込み、信じてくれたガレンは、コート内からナイフを引き抜き、投げ渡してくる。

 それは、ツルギの腕を切り飛ばした、特別な能力は無い武装。


「──それは【ガレン】。頑丈でよく切れる。そして仲間から貰った、私の大事な『お守り』だ。必ず勝って、返しにきなさい」


「……はい」


「──ヤミ。存分に、やり抜きなさい。師匠として、君を信じている。

 そして先達せんだつとして、期待しているよ」


『私たちも、応援しているよ』

『頑張りなさいね』


「ッ、はいっ!!」


 なんて温かくて、応えたくなる期待なんだろう。さっきまで身体に迸っていた熱い炎が、温かい炎へと、変化するのが分かる。


 それは、熱が冷めたのではない。力が弱まったのではない。

 別の炎に、変わったのだ。


 身体の調子、そして左手に握った【ガレンナイフ】の感覚を確かめる。身体の内と、握ったナイフから、力を感じる。


「お喋りは終わったか?」

「……」


 腹部から、黒い煙を出したツルギが現れる。

【獣王】に付与された魔力。闇属性は、着弾した相手の身体機能を低下させる。


 その効果が、。瞬きの間に欠損部位を治せる存在が、これほどの時間があったにも関わらずである。


「……驚いたよ。この力に、限界があるとは。想像出来なかった」


 ツルギは皮膚の上に、黒いヒビが入った腹部を撫でながら、そう呟いた。


「……」


 それに対して、ヤミは何も言葉を返さない。

 相手の思い違いを、否定しない。


 ……効いている、効いているんだ。

 僕の『想いの力』は、彼を亜神から人へと戻している。


 ワンやトゥ達に言われて、信じてはいた。だが、より明確に目で見てわかる結果が出たことで、その思いは確信に変わった。


 僕は、彼を救える。


 昂るモチベーション。それを燃料に、更なる力が湧き出してくる。


 勝つ。必ず、勝つ。


 言葉は、いらない。今はただ、全力を尽くす。


【獣王】の撃鉄を起こし、魔力を込める。

 取り敢えず──、


「……なんだその、馬鹿げた魔力は」


 無尽蔵と錯覚するほどに、体から湧き出てくる魔力の奔流を、力に変える。


 銃弾の威力はそこそこに、【獣王】による魔力付与。そちら側に魔力を全開で回す。


 一撃の重さよりも、手数で攻める。闇・雷・氷の3属性は、当たった相手の行動を阻害する。これを使い分けて、ツルギさんの動きを止める。


 スタスタと歩みを進め、ツルギへと近づく。


「……いいのか?俺の得意範囲だぜ」

「避けられるよりは、マシだから」


 互いに武器を手に持ち、脱力体勢で相手を見据える。

 一方は大剣、もう一方はリボルバーとナイフ。時代劇とも、西部劇とも言い難い両名の武装。

 英雄にふさわしい格を持つ武具達は、今か今かと始まりを待ち望む。

 ……

 …………


「【ライトニング】」「【ほむら】」


【獣王】に雷を纏うのと同時に、相手も炎を剣に宿す。

 再生能力頼りの、こちらの攻撃を無視した攻め方をやめ。大剣によるガードからカウンターを狙った様だが。雷の魔弾に、ガードは意味をなさない。


「チッ」


 読み合いは一勝。

 大剣の腹で受けた雷は、持ち手からツルギの身体へと流れて動きを止める。

 その隙に、ツルギが盾の様に構えた大剣の死角へと飛び込む。


 右下と左下。どちらの死角から飛び出すのかという2択勝負を、即座に展開する。


「右!」

「後ろだッ!」


 そして、爆発的脚力を活かし、選択外の行動で翻弄する。

 読みで右側を当ててきたツルギに対して、開いた股下を滑り抜け、体を跳ね上げる勢いを乗せた一撃を浴びせる。


ガレンナイフ】は切れ味を遺憾なく発揮し、背中に突き刺すナイフに、抵抗は感じない。そのまま背骨を切断する様に、横薙ぎに切り裂く。


 止まらない。攻める。


「【ブリザード】」


 切り裂いた傷口が修復する前に、氷の魔弾を差し込み、断裂部分に氷を纏わせる。


「オオッ!」

「なっ!?」


 下半身への電気信号を途絶えさせられたツルギは、裂帛の気合いと共に、自分に火をつけた。正確には、自らに大剣を突き刺した。


『再生能力の低下を誤解しているはずだろう……』

「それを許容する覚悟が、あるんですね」


 体が治りにくくなっているのは、再生能力に限界が来たからだと誤解している筈のツルギ。


 しかし死ぬのが怖く無いのか。自分の再生能力の限界点を理解できているのか。どちらにせよ、ツルギの肉体は炎で覆われ、氷は消えた。


「近接攻撃を仕掛ける目論みは、崩れたな」


 ツルギの言葉に、否定も肯定も返さない。

 今の彼の身体にナイフを突き立てようものなら、間違いなくその業火はこちらへも迫る。


 今のヤミが発動している『想いの力』は、防御にそれほど重きを置いていない。あの炎を浴びれば、大怪我は免れない。


 だが、こちらも覚悟は出来ている。

 ガレンの期待が、ワンやトゥ達の応援が、ヤミの心を燃やしている。


「【ブリザード】」


 自身の左腕。ガレンを持つ腕に対して、氷の魔弾を当てる。

 ナイフの刃以外の全てが氷で覆われ、鎧となる。


 油断していたツルギの胸にナイフを突き立て、捻るように引き抜く。

 胸、脇腹、太もも。


 下がる攻撃部位に対して、ツルギは腹部に刺さった大剣は引き抜かず、対応する。

 全身に纏った炎は、高いステータスの肉体を活かした最強の武器となる。


 ナイフを弾かれる。カウンターを氷の魔弾で撃ち落とし、ナイフで叩き。凍った腕で逸らす。

 そして──


「ッぁあ゛!」


 それでも迫る攻撃には、覚悟を決めて迎撃する。

【獣王】を持つ手は焼け爛れ、腹部にも火傷が数箇所出来ている。


 辛い、痛い。そんな感情すら置き去りに、攻める。

 苦しいのは、相手も同じ!!


「おおッ!!」


 ツルギの肉体にも、黒煙が。溶かしきれない氷の柱が、雷が。着実にツルギの能力を下げていく。


 再生能力の濃淡を変えれる様になったのか、ツルギは主要器官を重点的に治していく。

 皮膚は消え、腹部には数箇所の風穴が残りながらも、両手両足。そして頭部は急速に復元されていく。


「【ウィンド】ッ!!」


 ここにきて氷、闇、雷以外の選択。放たれた暴風は、ツルギの肩に着弾し、周囲を吹き飛ばす。


「クソッ……」

「ここだッ!!」


 攻め時。これまでの理性的な戦い方から、勘と経験で反応する野生的な戦い方へとシフトする。

 一瞬一瞬のチャンスを拾うため、思考すら捨てて武器を振るう。


「はぁああああッ!!!」

「──ッ、!」


 ナイフや銃弾の反動で後ろに吹き飛ぶツルギと、隙間を埋めて攻め続けるヤミ。

 両者は迷宮の中を、凄まじい速度で移動し続ける。


 階層をいくつも跨ぎ、最下層へと近づいても尚、その勢いは止まらない。


『周囲のモンスターたちの加勢を、期待しているのか……?』


『この規模で迷宮が破壊されれば、モンスターは生まれないわ。修復でリソースが限界でしょう』


 攻撃のたびに炎が飛び散り、その熱すら感じられないほどに炭化した両腕で、ひたすらにヤミはツルギを切り刻み、撃ち抜く。

 ついに2名は迷宮の最奥、大扉にまで至る。


 吹き飛ぶツルギの背中が扉を開き、その中へと入った瞬間。──全身に纏う炎の中で、笑みが浮かんだ。


 扉の奥にいたのは、10階層にいたヴァンパイアの上位種。ロード・ヴァンパイア。

 迷宮のボスモンスターとして、迷宮崩壊寸前であっても生み出されたヴァンパイアの王。その特徴は、強力な


「【謌代?蜉帙→縺ェ繧】」

「ガァァアッ!?!?」


 ツルギの口から、人間には聞き取れない言葉が発された瞬間。ボスモンスターとして君臨していたロード・ヴァンパイアに異変が生じる。

 玉座に座した闇夜の王は、身体がグルグルと渦を巻いて圧縮されてゆく。それはツルギの方へと飛んできて、身体の中に吸収された。


『……吸収したか。低下した分の再生能力を、補強されたね』

『少し振り出しに戻っただけよ。まだ、アンタなら行けるわ』


「……」

「さっきの猛攻で減った分の半分は、取り戻せたかな?」


 治すことをやめていた欠けた部位を、再生しきったツルギは、こちらを見て現状を比較してくる。


「俺はさっき減った分の再生能力が戻り。ヤミ、お前は治っていない。その右腕も、腹も、足だって焼け焦げだ」


 ツルギの言葉に、ヤミは何も返せない。互いの肉体損傷度なんて分かりきっている。それよりも今、問題にするべきなのは。


「振り出しに戻るだけ、じゃ無い。お前は怪我した上で、この迷宮は


 ボスモンスターを失った迷宮は通常、モンスターの生成が止まった後、緩やかに消滅していく。

 しかし今、損耗が激しい迷宮に、維持機能は無い。


「細い道のせいで躱せなかったが、広々とした地上に出ちまえば、お前の攻撃も命中しなくなる」

「……」


「──長い戦いだったが、もう終わりにしよう」


「……地上に出れば、特殊なモンスターの素性も、罪状も露呈します。本当にそれで、良いんですか?」


 踏み出してきたツルギに、言葉を投げかける。それは、ヤミの知りたい彼の本音。


 ビキビキと、空間にヒビが入る。

 おそらくは、現世でも迷宮入口が同じ様にヒビ割れ、中にいる者たちはその場所に吐き出されるのだろう。その前に、どうしても確かめたい事があった。


「──本当に、ただ僕を殺したいなら。あなたの言うとおり、外にいる時に、僕を殺しに来るべきだった。けど、あなたはそれをしなかった」


「……何が言いたい?」


「あなたは、本当は人間に戻りたい筈だ!」

「迷宮で僕が来るのを待っていたのは、被害者を増やしたく無かったからだッ!!

 目撃者を出したくなかったからだ。──そして、仲間たちにそんな姿を、見られたくなかったからだ」


 人知れず、暗根ヤミを始末して。神々の呪縛から解かれた後に、普通の人に扮して生きれる希望を、願いを。捨てられなかったからだ。


「あなたは、助かりたい筈だ」

「……」


 空間が固定され身体が動かなくなる。壁に無数に生まれたひび割れの隙間からは、外の景色がぼんやりと見えてきた。

 まもなく、2名は外界へと放出される。


「──もう、遅い。俺は、お前を殺す様に作り変えられた。そしてそれは地上でも変わらない。どう足掻いても、俺が怪物になったことは世界に発信されるだろう。

 ……元々、淡い希望だったんだ。人を殺そうとしている奴が、持つべき物ではなかった」


 悲しそうな目をしたツルギは、薄く笑った後。その表情を狂気と怒りで塗りつぶした。


「覚悟しろ。動ける様になった瞬間、お前を殺す。それで、この話は終わりだ」


「終わらせない。あなたの希望は僕が叶える。ここからが、最終戦だ」


 ◇◆◇◆◇


 迷宮は壊れ、地上に戻る。ここから、ツルギの状態を隠し通しながら、戦うのは不可能だ。

 身体が最適解を強要してくるため、身体に纏う炎は消えない。もしも人間に戻れたとしても、その身体を弄られて生涯を終える。


 迷宮が壊れる前に、倒せなかった時点でヤミの願いは叶わない。


 晴れていく景色。薄暗い洞窟の天井が砕け、満点の青空が広がる。

 多分、人生で見る最後の晴天だな。


 迷宮が潰れ、漏斗の形に陥没した地面から空を見上げると、1番高い地面の部分に人影が見えた。


 迷宮から出てきた怪物相手に対する探索者かと思ったが、違う。特別な力は何も感じない。

 あれは、只人だ。──しかし。その目から、視線が外せない。


「ヤミ、これが俺からお前に送る舞台だ。気張れよ」


 その男はヤミに対しての言葉を告げると、手を振り下ろした。

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