第39話 続々と集合し

 赤い月を彼方に見つめながら、彼は静かに歪な玉座に座っていた。

 現在の妖魔王――かつての名を衛刹零壱えいせつれいいち

 異形になり果てた己の身体にすら、興味がないのだろう。

 戯れすらすることなく、ただ見つめていた。

 ――戦いの始まりを予見しながら、それでも一切動くことなく。


 ****


「たっくん?」


 楓加ふうかに訊かれるが、辰真たつまは返事をしない。うつむいたままだ。その様子を見かねた操姫刃ときはが声をかける。


「……なにがあった?」


 それでも黙り込む辰真たつまに、操姫刃ときは楓加ふうかは顔を見合わせる。


「あの……失礼ながら一言よろしいでしょうか? 辰真たつま様、為すべきことを為す時が来たのではないですか?」


 雪原ゆきわらむすめの言葉に、辰真が思わず彼女に視線をやる。その瞳は揺れていた。


「お、れ……は……」


 言葉を詰まらせる彼に対し、冷静に告げた。


「逃げるのですか? それは……あなた様の目指す道だったのですか?」


「それは……」


(俺は逃げて来た……。父さんの死からも、母さんの再婚からも。そして――今は相棒からも)


 再び沈黙する辰真たつまに、雪原ゆきわらむすめが更に続ける。


辰真たつま様。酷な事を申しますが、逃げ続けることは不可能です。生きているかぎり……いえ、


 彼女の言葉に、辰真たつまは伏せていた顔をようやくあげる。それを確認した彼女は優しい声色になる。


「わたくしの勝手な想いでございますが……あなた様なら大丈夫だと信じております。いえ、確信しているのです」


「なんで? 俺にそこまで期待するん、ですか?」


 その問いに答えたのは……水晶からの声だった。


『それは、君が心では望んでいることだからだよ』


 驚き、水晶の方へ視線を向ければ……うっすらと公謐きみひつの姿が浮かび上がった。


蒼主院公謐そうじゅいんきみひつ様……?」


 雪原ゆきわらむすめが、初めて戸惑いの表情を見せる。

 

『やぁ、ようやくお会いできましたね? 雪原ゆきわら家の娘殿。これも、やはり運命が回り始めた証拠なのでしょう』


「そのようですね……」


 二人にしかわからない会話をされ、三人が困惑していると背後から聞き覚えのある声がしてきた。


辰真たつまぁぁ‼ それになんで、浮風うかせ初架はつかもいるわけぇぇ!?」


 声の主、志修那しずなの方へ視線を向ければ、その隣にもう一人いる。


「あなたは……?」


 雪原ゆきわらむすめの問いに彼は穏和な微笑みで返す。


「どうも~オレちゃんは、蒼主院等依そうじゅいんとういっス! よろしくちゃ~ん! なんて、冗談めかしてる場合じゃなさそうっスね? ご先祖様?」


 等依とういの言葉に、半透明な公謐きみひつが苦笑しながら答えた。


『子孫の子か。あの子以来だね……ここに来ることができた子は。相当やられたはずだけれど、彼は元気なのかな?』


「あー……一応無事っスよ。まぁかなり損傷ひどくて片目義眼の片手義手に両足義足。そんな状態でも退魔師やってるス。まぁさすがに恥だったのか、今はルッツとか名乗ってるけど……」


 公謐きみひつが気にしている人物……ルッツの名を聞き、辰真たつま志修那しずなが驚いた。


 トクタイでも最上級に強い退魔師――ルッツこと蒼主院輝理そうじゅいんかがりの肉体の状態を初めて知ったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る