第36話 真偽の証明

「へぇ~現世では今そういうのが流行っているんだね? 興味深いなぁ」


 辰真たつまの話を楽しげに聴く公謐きみひつ。そんな彼に苛立つでもなく、ただ辰真たつまは沈んでいた。


(俺は確かに……今まで何も為していない。全てから……逃げて来た。だけど……それは……)


 言い訳が脳内を駆け巡る。


「ねぇ、神蔵かみくらの子? 君に頼んだこと……承知はしてくれるのかな?」


 突然の公謐きみひつの言葉で我に返った辰真たつまは、顔を上げ公謐きみひつの方へ視線をやれば、彼は温和な笑みを浮かべていた。


「俺に……? あ……救えって……この、世界を……? でも、俺は……」


 言葉に詰まりながら答える辰真たつまの両肩に、彼は手をそっと添えた。


「君は、運命を信じるかい?」


「うん……めい、ですか?」


「そう。私はね……運命とは、生きとし生けるものが引き寄せ合うものだと思っているんだ。誰かが求めているから、そこに誰かが応える。それを運命と呼ぶのだと、ね?」


 彼の言いたいことがわからなくて、辰真たつまは困惑する。


(何を俺に……伝えたいんだ?)


「今、君は疑問に思っているだろう? そもそも、とうの昔に死んだはずの人間が、なぜこのような場所にとどまっているのか? そして――何を待っていたのか」


 一端言葉を区切ると、彼は悲しそうに微笑みながら告げた。


「出会った時、この世界をと言ったけれどね? 本当は少し違うんだ。――神蔵かみくらの子よ。?」


「……えっ?」


 思わず訊き返した時には、先程までいたはずの公謐きみひつの姿は消えていて、声だけが響く。


「時間切れだ。私はまたしばらく実体にはなれないから……託すよ、君に。いや、君達二人に。世界を、私を、彼と彼女を――救っておくれ」


 それを最後に公謐きみひつの声は聞こえなくなった。声だけではなく、気配すらもまるで最初からなかったかのように、一切感じられなくなった。


「どういう、ことだ……?」


 混乱する辰真たつまにその気配がしたのは数分が経った頃だった。短い時間のはずなのに、懐かしいとすら感じる――ライの気配に安堵ととともに……公謐きみひつの言葉が脳裏をよぎる。


(ライ……お前は……本当に……?)


【タツマ、無事だったか?】


 慌てた様子で自分に駆け寄って来る彼を見つめながら、辰真たつまはただ、俯くだけだった。


【タツマ?】


「ライ……しっかり、答えてくれないか?」


 生唾を飲み込み、俯いていた視線を上げると、辰真たつまが意を決して口を開く。


「お前は……月詠つくよみみことなのか?」


 沈黙が辺りを包む。走って来たせいで息が上がっているライは、呼吸を整えると――姿を変えた。


 そこにいたのはいつもの四足歩行の黒い体毛をした獣ではなく。


 黒い艶やかな髪、月と同じ輝きの瞳、そして……白絹を纏った青年がいた。それが答えだと言わんばかりに、は静かに口を開いた。


「すまない。タツマ……これがワタシの……本当の姿だ」


 目の前がクラクラする感覚に襲われながら、辰真たつまは静かに彼、ライと呼び続け傍にいた――月詠つくよみみことと……視線を交らわせるのだった。

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