第5章 春は別れと門出

第39話 悩める乙女

 書道同好会関係の手続きがあったので、久しぶりに学校に登校した。自由登校でリモートで授業を受けることも可能なので、一部の熱心な運動部の部員が部活を目的に登校している以外は、校内は閑散としていた。もっとも、全国大会は軒並み中止になっており、各競技の春季選抜大会も再開のめどが立っていない。それでも、体を動かしたい人はいるし、スポーツをしたい人もいるのだ。


 書道部の顧問だった長谷川先生は、書道同好会としての再出発を応援してくれた。ご機嫌取りもあって、書道準備室の床を掃き掃除だけしておいた。職員会議での承認は簡単に降りるだろうとのことだった。


 生徒会の業務確認のために生徒会室に寄った。ドアをノックしたら、先輩方が中にいたようで、5分ほど廊下で待たされた。書記の太田裕子先輩と、会計の佐川博美先輩の顔が随分と赤いがどうしたのだろうか?

「ずいぶん待たされましたけれど、どうかしたのですか?」

「会長と副会長の両方が留守だったでしょう。更衣室代わりに使っていたこともあって、ちょっと男の子には見せられない状況だったの。博美には片付けるように言っていたのだけれど……」

「先輩方が使う分には問題ないですけれど、先生方や俺が中に入っても問題ないようにはしておいてください。」

「今日はどうしたの?」

「こちらの要件は2つです。まず、人数不足で廃止予定だった書道部ですが、書道同好会として再建することになりました。必要書類を持ってきましたので、職員会議で承認後に生徒会側の手続きをお願いします。確か、部活の管理帳簿とか更新する必要があるのですよね。」

「部活の管理帳簿と、部員名簿と、施設使用管理簿の3つだね。既存の他の部活と同じように更新するだけだよ。一年生4名で、掛け持ちが2名と……新一年生からの募集に期待というところかな。生徒会長の承認署名もある。職員会議での承認が取れたら更新しておきます。予算獲得に間に合って良かったわね。」

「次に、卒業式と入学式など3-4月にやる必要があることを確認したいのですけれど。」

「部活の来年度予算関係は、博美、どうなっている。」

「2月末締めでの決算書の確認と、職員会議で調整済みの各部の顧問教師から提出された予算案の承認だけれど、監査の方は私の方でやっておいたので、生徒会長と副会長の承認が残っています。3月になってからでいいですけれどお願いします。」

「了解しました。」

「あとは、卒業式の在校生送辞と入学式の在校生答辞をやってもらう必要がある。生徒会の顧問の先生に挨拶文を承認してもらう必要があるから早めに用意して。」

「過去のサンプルとかありますか?会長の緑はしばらく登校できないから、俺が代理でする必要があるのか。原稿作成の作文ぐらいはやってもらうとするか。」

「登校できないって、緑ちゃんに何があったの?」

「飯縄神社の跡取り娘の神山姉妹が、正月に、自分の所の神様に恋愛成就・夫婦和合・子孫繁栄を願ったら、強引にして過剰なご利益を賜ったということです。神山姉妹と緑が一夜にして俺の子を孕んで妊婦になりました。医師によると5月出産予想ということで妊娠期間がかなりおかしなことになっています。神の奇跡って凄まじいですね。神山姉妹と緑の3人とも10年後ぐらいに叶えばいい願いが今叶ったってあきれていますが、俺は3人の内縁の妻の尻に敷かれている毎日というところです。今日もお使いに出されているわけですしね。さすがに神山の両親が責任を感じて経済的支援をしてくれていますが、俺にかかる責任も重いのです。」

「はあ?『おめでとうございます』でいいのかな?」

「難しい恋でも好きな人がいるなら、飯縄神社にお参りすれば霊験あらたかかもしれませんよ。」

 俺は作業の依頼をして、参考資料を受け取って生徒会室を後にした。


 帰宅する前に図書準備室の掃除をしていたら、深刻そうな表情で佐野祥子がやってきた。

「緑ちゃんはいないの?」

「深刻そうだけれど、相談事なら帰りに俺たちの家に来ないか?」

「そうね、ここで他の人に聞かれたくないし……」

「加藤には相談しなかったのか?」

「晃に相談する前に相談したいの。」

 図書準備室の掃除を終えて、俺は佐野を家に連れ帰った。

 帰宅すると、緑が出迎えてくれた。

「ただいま。」

「お帰り。あら、祥子、お久しぶり。直接会うのは正月ぶりだったかしら。」

「夕食の準備は俺が引き継ぐから、相談に乗ってやってくれ。」

 祥子は、緑のお腹を見て顔を引き攣らせていた。

 幸恵と福恵も加わって話していたのを家事をしながら横で聞いていたところでは、加藤との仲が最近うまくいっていないらしい。

「晃が冷たい。話しかけてもあまり答えてくれない。SNSでも返答が来ない。電話しても出てくれない。もう、どうしたらいいのか分からない。」

「正月の頃は、仲が良かったじゃない。」

「あの頃は、『今何をしているの?』『どこにいるの?』『誰といるの?』なんて切り出しから会話が弾んでいたの。登校する日は朝途中で待ち合わせていたし、部活の後も待ち合わせて一緒に帰っていたの。それなのに……」

「何もおかしくないねえ。」

「成人式の頃、従兄弟と一緒に遊びに行ったと聞いたから、従兄弟とかその連れの娘の話とか、今度一緒にそこに遊びに行こうとか話が盛り上がっていたの。」

「何もおかしくないねえ。」

「緑にも、そのあたりのことは楽しかったって、SNSで報告したよね。」

「うん、楽しそうで、羨ましかったわ。私たちは問題が起きてそれどころではなかったからなおさらね。」

「クリスマスの頃には、中学時代に晃と仲が良かった女友達なんかも紹介してもらって、盛り上がっていたの。」

「普通だね。」

「クリスマスプレゼントには、セーターを編んで、ペアで着たこともあったなあ。」

「それ、いいねえ。なかなか面倒でできないからねえ。」

「会話の終わりや、デートの終わりには、必ず愛しているって言ってくれていたの。」

「言ってくれるのか。マメねえ。」

「お母さんに会わせたら、好青年だって交際を認めてくれたし、晃のお母さんもかわいい子だって言ってくれたの。」

「家族との付き合いも大事だしね。」

「同じ大学に進学して、卒業後に結婚出来たらいいねって話もしていたの。」

「生涯付き合うつもりなら当然の話ね。」

「たまに喧嘩することもあったけれど、私が泣いて謝るとすぐ許してくれたの。」

「うんうん、そのぐらいの寛容さは欲しいね。」

「デートの最中に、ほかの女の子に注目したのを怒るのは当然だよねえ。」

「私でも、怒る。」

「晃の部屋に行くことも多くなったから、掃除を手伝ったり、似合いそうな置物をプレゼントしたりしていたの。」

「いいじゃない。」

「お姉様も、よくやるものね。姉さんも私もこっそり置いていたりして、笑われたりするけれど。」

「お姉様、祥子は別におかしなことしていないと思うのだけれど」

「そうなのよ。変ねえ。」

「加藤君に何かあったのかねえ。」

「何かあったのなら、私に話して欲しいのに、話してくれないの。」

 祥子は泣き出してしまった。


 お嬢さん方、同情できるのは似た者同士だからだと思うぞ。一つ一つは問題なくても、全部揃うと重苦しい話だと思うぞ。一途な女の子と言えば聞こえがいいが、相手を拘束しているだけであることが多い。加藤は、佐野さんが重くなりすぎて自由になりたいから距離を置き始めたのだろう。


 俺の場合、お互いに記憶や感情を覗き放題だから、追及されることがないだけ助かっている。彼女たちを物理的にスキルで拘束してしまっているのは俺の方だ。重い女の子が3人もいてどうなるかと思ったけれど、共通の問題として妊娠しているということがあって、今はママ友状態で子供のことを考えていることも多くて、いい具合になっているのは救いだな。序列ははっきりしているとはいえ、ライバルがいることでいい感じで冷静になっていてくれるのもありがたい。ちょっと寂しいが、現実を把握されていることもあって、実現可能な程度の等身大の期待をされるだけで済んでいる。逆に言えばそこまで許容してもらっているので、全力で答える必要があるのは大変だが、お互い様だ。俺自身の重い男だと思うが、対象の女の子が3人いて分散されているおかげで重荷になっていないところもある。小緑を放置し過ぎなのは反省した方がいいかもしれない。重い男と重い女のカップルで微妙なバランスが取れているのだろう。きっと、『格納(ハーレム)』のスキルがバランスをとっているところもあるのだろう。

 緑と神山姉妹に共通しているのは、俺の前では、常に笑顔を絶やさないように努力してくれていることだ。内面ではいろいろあるのは俺が知っているのを承知で笑顔でいてくれる。そこから前向きにポジティブな提案をしてくれる。だからこそ、それに応えようと俺も行動できる。それができるのも、俺のことが好きな自分に自信を持っている一途さからだろう。気持ちを隠せないことは分かっているから、わかりやすい素直な感情表現をしてくれて、オープンでいられるのもいい。頑固ではあるがとても利口な女性で、いつのまにか俺のことを軌道修正して自分が望む状況にしていることも多い。褒め殺しにして縛り付けている結果になっていることも多いが、それが彼女たちの目的のためとはいえ、褒めて応援してくれるのは一緒にいて心地良い。高校に進学して、彼女たちの関連で増えた知り合いも多い。俺にとって、彼女たちは眩しい存在だ。だから、いくら尻に敷かれても許せてしまう。ちょっとした愛情表現に感謝を素直に言える。付き合う前は根性が悪いだけの面倒な女だったが、付き合い始めたら、俺にとってあまり都合は良くない重い女だが、それ以上にいい女たちなのである。少なくとも俺の人生をかけるだけの価値はある。


 ところで、さすがにこんなに弱ってしまっている祥子に懸念を伝えて鞭を打つ気にはなれなかったので、妻たちに佐野さんが加藤にとって重荷になっているのが原因ではないかと念話で指摘した。緑には直人が丈夫で助かっていると言われ、幸恵にはそういうところに気が付いてくれるから好きなのと言われ、福恵には自分にも自覚があるから手加減していると言われた。自覚があるなら、もう少し手加減して欲しい。加藤と祥子は、どこかでボタンを掛け間違えたのだろう。回復魔法を佐野さんにこっそりかけたが、魔法による検知で気になる反応があったことを彼女たちに伝えた。そうなると、祥子に適切なアドバイスが出来そうにないのが申し訳ないが、話を聞いて溜め込んだストレスを吐き出させて、冷静になってもらおうということで俺たちは意見を一致した。

「佐野さん、夕食を食べていくかい。話が長くなりそうなら泊って行ってもいいけれど、家族には連絡しておいた方がいい。」

「相場君、ありがとう。そうさせてもらう。みんな、話を聞いてくれてありがとう。」

 俺は、祥子の母親に祥子が妊娠している懸念があることを伝えるとともに、祥子が精神的に不安定であるため一人にしたくないので今夜は俺たちの家に泊まってもらうことにしたので、明日の朝に迎えに来てくれるよう頼んだ。

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