第47話 新学期

 市立飯縄高校の始業式と入学式はクラス単位で数日かけて分散開催された。

 教師陣は、俺の母である相場志保と、緑の両親である相場隼人と相場美保の3名以外は、行方不明になったというより亡くなっていたので、入れ替わっていた。その入れ替わった教師たちも、数人の新人教師であったり、本来の所属が県立飯縄高校である教師であったりして、定数の半分にも満たなかった。人数が足りないため、補習授業やカウンセリングが主要業務になるようだ。

 授業の方は、県内にある他の公立高校との共通授業でリモート授業を行うと説明された。部活動などで施設を利用する場合には登校しても良いが、校内にいる人数を制限するために事前に申請が必要になった。教師不足で、引率する教師を用意できないので、基本的に部活動の対外試合への参加は禁止された。同じ理由で、学校行事の大半も開催中止になっていた。


 俺と相場緑、神山幸恵、福恵の4人と、佐野祥子と加藤晃の2人は、今年も同じクラスになった。クラス担任になった隼人先生に言わせると、問題児として一つのクラスにまとめられたという方が正しいらしい。昼休みのチャットでは、この6人で集まることが多くなった。

 俺が昼食の配膳をしているうちに、会話が始まっていた。

「祥子、この前は悪阻が辛いとか言っていたけれど、どうなの?」

「晃が優しくしてくれるのもあって、だいぶ落ち着いてきた。緑の方はどうなの?」

「医者はもう臨月だと言うのだけれど、妊娠期間がおかしなことになっているから、不安なのよね。」

「お姉様、ご主人様が、いつ陣痛が来てもいいように既に準備してくれたのだから、心配する必要はないでしょう。」

「福ちゃんは、楽天的ねえ。」

「姉さん、心配して、家の中をうろうろしても、迷惑なだけでしょう。」

「家事は直人が全部やってくれるから、上げ膳据え膳で本当に楽でいい。」

「えっ直人君にワンオペでやらせているの?」

「相場はタフだなあ。3人もの女の子の尻に敷かれて大丈夫なのか?」

「たぶん大丈夫でしょう。直人にとっては、台所でお腹の大きな女の子が3人でうろうろしている方が邪魔みたい。」

「ご主人様は、頼めばやってくれるのだけれど、かえって自分の母親の方が、少しでも家事を覚えてやれってうるさい。」

「姉さん、洗濯物でも畳んでいるふりをすれば何も言われないのに、要領が悪いよ。」

「あなたは、要領が良すぎるのが問題なの。あまり頼りきりになっていると痛い目に遭うわよ。」

「直人は一緒に家事をした方が楽しいのに、邪魔だっていうのよ。悲しい。」

「羨ましい話だねえ。私の場合、居候扱いで肩身が狭いから……」

「加藤君が手伝ってくれているのでしょう。だったら、それでいいじゃない。」


 配膳が終わった俺も会話に参加した。

「学校が始まったのはいいが、学校行事は中止、部活も活動制限ではつまらない人も多いかもね。」

「新型コロナの騒動の時は、感染しなければどうということはなかったけれど、ダンジョンの地獄送りになるのは勘弁して欲しい。相場君のように何度も生還するタフな人は例外でしょうけれど。」

「それは酷いよ。俺だって好んでダンジョンに落ちているわけではない。」

「二年生にとっては、修学旅行を兼ねた5泊6日の林間学校が中止になったのは大きいでしょうね。」

「でも、このメンバーはこの状態だと誰も参加できないでしょう?」

「この体では……無理ねえ。出産後も子守の都合があるし、難しいねえ。」

「普通に観光地で観光をするということ自体ダンジョンの影響で難しいのだから仕方あるまい。」

「部活に関しては、書道同好会も、文芸同好会も活動の主体が個人だからあまり関係ないな。」

「ご主人様、書道同好会の方ですけれど、指導者がいなくて困っていると言ったら、家に居る時なら、祖父が指導してくれるそうです。たぶん、拂山さん達が定期的にうちに来ることになりそう。」

「彰人さんの指導だと厳しそうね。でも、それだと、新入部員の募集は難しくない?」

「まあ、産んでしまった後なら、子守を母さんに頼んで、学校で活動することもできるから問題ないでしょう。」

「考えが甘いと思うよ。乳飲み子6人の世話を一人や二人でできると思うのか?たまに一人が留守にするぐらいならともかく、母親の全員が出かけるというのは難しいと思うがな。」

「お姉様、姉さん、そこのところは母さん達とも相談してうまくやりましょう。今から悩んでも始まらない。」

「まあ、育児が増えた分は、確実に緑や、幸恵、福恵の仕事が増えるからなあ。俺が協力するからうまくやってくれ。」

「直人、ありがとう。」

「でも、昼休みにこんな所帯じみた話をしていると、クラスで浮くわねえ。」

「佐野さん、それは仕方ないよ。やることをやって産むと決めたんだから、子供に対する責任がある。俺たちはもうすぐ親になるのだよ。」

「同じ仲間がいるのだから、悩みを抱えずに相談していければいいさ。」

「相場には世話になるな。」

「加藤に俺の方から相談することもあるかもな。その時には宜しく。」

 相談できる友達がいるということはいいことだ。


 部活動の方は、活動方針に懸念はあったが、なんとか新入部員を確保できた。

 文芸同好会の方は4名の一年生女子会員が増えていた。活動方針としては、1-2年の会員には会長からの指示で4-5月で、好きなジャンルで4万字の上限で短編を書くことになった。

 書道同好会の方には、3名の一年生女子会員が増えていた。活動方針としては、こちらは、会長からの指示で4-5月で、『般若心経』を楷書体で写経を行うことになった。

 どちらも地味に時間がかかる。夢空間で時間を有効活用することになりそうだ。


 学校の授業は、県内の公立高校でリモート授業による共通になったからか、どの教科も3つのコースから習熟度に応じて選択できるようになっていた。応用と高度な内容を中心とするAコース、一般向けのBコース、復習とフォローアップを重視するCコースに分かれていた。

 俺と、緑、幸恵、福恵の4人は揃ってAコースの授業を選択していたが、進学塾の授業のように淡々と進む授業の負担はさすがに重かった。Bコースを取っていた佐野さんや加藤によると、冗談を交えた楽しい授業だったというから、授業の内容がだいぶ違っているようだった。復習用に授業の動画は自由に視聴できるようになっていたので、試しに他のコースの授業の動画を見たらが、やはり内容が違っていた。要点を抑えたうえで応用を重視しているAコースに対して、要点を抑えること自体を重視しているBコース、その要点につながる前提を重視するCコースという違いがあり、単純に動画として見るなら、Bコースが一番面白かった。下手に応用に時間を割かない分だけ時間的な余裕もあるし、その余裕を使って生徒の興味を引き付ける工夫も随所にされていたからである。Cコースは復習がくどくて時間的な余裕がないという感じを受けた。俺の場合、Aコースで成績は上がるだろうが、面白いものではないというところである。それでも、他のコースの授業動画を自由にダウンロードして閲覧できるのはありがたい。


 4月の下旬に月例の定期テストが実施された。リモート授業で学力の把握が難しいということで、県内の公立高全体で共通のテスト問題で定期実施されるようになったのである。緑と俺の成績は市立飯縄高校でこそ主席と次席であったが、県内の公立高校全体では、緑が25位で俺が30位の成績になっていた。上には上がいるものだ。『井の中の蛙、大海を知らず』とはよく言ったものである。

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