第6章 ダンジョンがある世界

第46話 いつまでも被害者ではいられない

 ダンジョンが一定以上の密度で集まった哺乳類を餌として見ていることは、誰の目にも明らかになってきた。特定の条件を満たせばいいとかいう話ではないのだ。ダンジョンは巨大なテラリウム的な生物だ。生物を捕食し、己の中に共生させることで生命力や魔力の吸収という形で生きている。同じ密集でも、ダンジョンの中であれば、外敵に襲われやすくなるというだけで、強制転移されることは少ないというのは皮肉なものだ。ダンジョンは必要な生物資源が足りなくなれば地上から捕獲するというだけなのである。「地上にいたのでは、人類は滅びる。ダンジョンに移住すべきである。」……これが有識者たちの結論だった。ダンジョンの中には、害獣こそいるものの、地上より何倍も広い水と緑が豊かな大地が広がっているのだから、開拓していけばいいのだ。


 4月に入ってすぐに、父に頼まれて、ダンジョン内で勤務する新人向けの研修会に参加していた。『飯縄ファーム』や『飯縄の杜』などのダンジョン内で営業している会社の新入社員も参加しているそうである。頼まれた作業が誘導してきた毛玉などのモンスターの撃退の実演という物騒なものではあったが、最新のダンジョンの情勢も聞けるというので、俺自身も興味があった。

「ダンジョン内では、ダンジョンからの干渉で様々なことが起きます。地上では非常識なことも発生しうるので注意してください。現在、確認されている事例をいくつか挙げておきます。」

 講師がスライドに表示しながら説明していった。


・基礎治癒能力の向上。

 癌が自然治癒、成人病の諸症状の改善、痴呆の改善など、普通に暮らしているだけでも健康改善の傾向がある。


・身体能力の向上。

 ダンジョンで得た複数のスキルの応用によって、身体能力がオリンピック選手並みに向上することがある。モンスターを討伐した数によっては、例外的に人外の域に達している例も存在している。


・魔法の存在

 ダンジョンで得た複数のスキルの応用によって、魔法としか言いようがない超常現象を起こせる能力者がいる。地上では起こりえないことも発生する可能性があることを認識しておくように。


・回復魔法の存在

 ダンジョンで得た複数のスキルの応用によって、ゲームでいうところの回復魔法が存在する。医学知識がある者が使用した場合、危篤状態からでも回復できる場合がある。


・使い魔の存在

 一部のモンスターについては、討伐後に得られた強化オーブを取り込むことで使い魔を得ることがある。使い魔の一部には人化して、人間同様の行動を行う者もある。法的立場に関しては、ある程度人権を認めるとともに、契約者に対して連帯保証を問う方向で立法が検討されている。


・『格納(アイテム)』の存在

 希少なスキルですが、ゲームでいうところのアイテムボックスに相当するスキルが存在しています。これを利用した犯罪行為も発生している。スキルの所有を確認する方法がありませんので問題が深刻化している。


・『格納(ハーレム)』の存在

 『格納(アイテム)』の特殊型として、異性のパートナーを使い魔のように格納できるようになるスキルが確認されている。このスキルによる不幸な事例も発生している。

 特殊な事例として、このスキルの影響で心肺停止状態からの蘇生に失敗した異性の人間を使い魔にした事例がある。


・死体の消滅現象

 ダンジョン内で死亡した大型生物の遺体は、死後24時間でダンジョンに吸収されて消滅する。そのため、ダンジョン内で飼育している家畜に関しても、屠殺に関しては地上で行う。なお、ダンジョンの外で既に死んでいる死体およびそこから得た肉などに関しては、消滅しない。

 ダンジョン内における行方不明者の捜索を72時間で打ち切るのは、ダンジョン内で死亡していた場合24時間以上経ってしまえば、遺体が消滅して発見できないためである。


・妊娠に関する異常現象の存在

 昨年の11月頃から確認され始めた新しい現象です。哺乳類の種類を問わず、膣内射精をした場合の妊娠率が99%以上かつ、膣内射精後12時間以内に通常の妊娠期間の50%程度を消化した状態になる。

 なお、家畜だけでなく人間も対象である。しかも、原因は不明だが、ピルなどの薬物による避妊や、排卵時期を無視して確実に妊娠する。不幸な妊娠をしないためにも、魔石やオーブが身近にある状態や、ダンジョン内、およびダンジョンに入る前後24時間以内に性交渉を行わないことを勧告する。


・防疫問題

 妊娠に関する異常現象に関連して、ネズミなどの害獣の大量発生が予想される。生ゴミの処理などの衛生管理には注意すること。


 身に覚えがある項目が多いので休憩時間に隣にいた父に確認したら、俺からの報告だけでなく、他のダンジョンでも類似の報告があった物を確定情報として今回公開しているそうだ。

 まさか、『成人の儀』で車椅子が準備されていたのは、神山家による確信犯ではないか……怖い考えが思い浮かんだが、真実を追及しても誰も幸せになれそうもないので、忘れることにする。我が子であることには変わらないし、子供達には周囲の人に祝福されて生まれて欲しい。


 観客が見守る中、指定された区画に移動した。

 区画内には、追い込み漁の要領で、実演用の毛玉や大鼠の群れがフェンスの中に捕らえられていた。50匹程度なので、第1層で襲撃してくる群れの規模としては一般的な規模である。

 飯縄神社で清掃する時の作業服に、具足樹によるいつものプロテクター装備に、『刀樹の木刀』と『盾樹のラウンドバックラー』という出で立ちで二重になっているゲートの中に入っていった。捕獲している区画の内側のゲートをくぐると、大人しくしていたモンスターたちが動き出した。

 ボンボンという毛玉が跳ねる音が活性化していった。大鼠もしきりに周囲を気にしている。

 俺は、毛玉の群れの周囲の密度が低い場所を狙って、駆けだした。毛玉を1匹づつ丁寧に切り払っていく。群れの周囲を回るように移動しながら狩っていくと、毛玉が俺の後を追跡するように列をなしてきた。リビングメイルなどの群れ全体を統率する個体がいないためか、毛玉と大鼠の群れが分断され、大鼠は興奮している毛玉から逃げるように集団を形成していった。毛玉をトレインしながら移動速度を上げていく、それにつれて毛玉の移動速度も上がっていった。フェンスの直前で方向転換をしてフェンス沿いに走りながら毛玉の集団の後方に回り込んだ。毛玉はフェンスに激突すると狭い場所にまとまった。そこを狙って重力場の魔法で地面に縫い付けるとともに魔力の重圧をかけていった。毛玉の動きが止まったところで、端から木刀で叩いて潰していった。

 毛玉を殲滅したところで、大鼠の群れが動き始めた。俺は、足を利用してヒット・アンド・アウェイで数を減らしていった。数が半分になったところで魔力の動きを感知して一度退避した。中央にいた個体がリーダーに選出されたようで、周囲の負傷した仲間を回復しているようである。大鼠は一撃では斃せない場合があるので、回復役がいると厄介なことになる。大鼠が広場の中央で固まっていたので、距離を取れたことをチャンスとして、プラズマの奔流で一気に焼いていった。やはり結界で閉じ込めていなかったので、火達磨になりながら逃げる個体が発生した。俺は、追いかけて、止めを刺していった。

 久しぶりに単独での討伐であったが、移動速度が上がっていたから問題が無かっただけで、反省点はいくつか思い浮かんだ。所詮は一対多では限界があるのだ。やっぱり、緑と小緑がいてくれたらもっと楽だったと思う。


 観客の方を見たら、静まり返っていた。いろいろやりすぎてしまって現実感が無くて唖然としてしまったようである。

 魔力を検知すると、いくつか魔石かオーブの類があるようなので、慎重に探って回収した。


 ゲートを出ると、父が出迎えてくれた。

「お疲れさま。報告で聞いたのと、実際に見たのでは、さすがに印象が変わるなあ。」

「これぐらいできないと、単独でダンジョンから生還なんてできませんよ。緑だって、小緑の補佐があれば、このぐらいはできるでしょう。」

「警備をしている仲間の中にはそれなりにできる人もいるが、それらと比べても群を抜いている。あの足の速さも異常だったし、魔法の効果も大きかった。」

「それは、一人で斃している数が全然違うからでしょう。スキルの応用だって、持っているスキルの数と、それらの上手い運用方法を習得していなければ宝の持ち腐れです。」

「お前も忙しいだろうから、今日はここまででいいよ。ありがとう。」

「取得した魔石とオーブは、アルバイト料の代わりにもらっておきます。」


 人材育成は難しいと、父は独り言のように呟いていた。


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