第2章 夏休みの冒険

第13話 また、ダンジョンに落ちた

 ドボンと水の中に落ちた。隣に少し遅れて何かがバシャンと水の中に落ちた音がした。

 冷たい水の感触と水底に体をぶつけた感触に慌てた。結構な高さから落ちた感じがする。立ち上がってみると胸丈の水量であることに気が付いたものの、隣でバシャバシャと暴れている人物に服を掴まれて難儀した。背中側から抱きしめてやり、しっかり立たせてやると足がつくことを認識したのか、大人しくなった。背丈は俺より少し低いぐらいで手に乳房の感触があるので女性らしい。殴られる覚悟はしておこう。周囲を見ると、緩やかな流れがある川の中で、周囲は明るい。半ば泳ぐようにして岸辺に移動した。途中から彼女を横抱きにして、岸辺に上がったところで大きな石の上に横たえた。隣に座った途端に、案の定、彼女に殴られた。殴った後で彼女が慌てている。

「直人。ごめんなさい。あなただと思わなかったの。」

「痛いなあ。殴る前に気づけよ。」

「直人だって悪い。役得だと思って胸を揉んだでしょう!」

「不可抗力だって。」

「痛かった。謝って。」

「ごめんなさい。」

「……いつもなら、あんなに優しく……」


 緑は、ブツブツと不平を言いながらも俺を抱きしめるとじっとしていた。服を乾燥させることを意識して、魔力を体の周りに巡らせて『魔法-拡散』を発動させた。服が乾いていくのを感じて安堵した。乾いたところで、強くなり過ぎないように注意しながら魔力を体の中に巡らせて、体を癒していく。

 魔法については、適性の問題なのか、使用回数が多いためなのか、『身体防御』や『身体強化』、『生命力操作』による回復系の治癒や感知系は制御が楽に使えるようになった。しかし、それ以外は制御に問題があって、あまり使えていない。電子レンジのような加熱調理の次に挑戦したのが服の乾燥で、余計な効果なしで適切にできるようになったのは最近のことだ。肌を乾燥させず適度に水分を残して服だけ乾燥させるとか、髪を痛めないように乾燥させるとか、見切りの制御が難しかったのだ。電磁加速によるレールガンはできたものの適当な弾体が用意できずに頓挫している。プラズマ放射や水鉄砲ならぬ液体窒素鉄砲も発動時間や標的や射程の問題があってまだまだ研究途中だ。創作物では定番の属性魔法もなければ、詠唱も、魔法陣すらもない。もう少し研究されないと、スキルオーブでスキルを得ても念動系などの一部を除けば使いこなせる人は少なかろう。インターネット上で流れている情報でも、大道芸的な見世物として動画配信サイトに使用例はいくつか上がっているものの、魔法なんて使い熟せないという論評が主流だ。


 俺と緑の『ステータス』の付帯事項に『夢空間投影中』の項目がないので、ここは夢空間ではなく、現世で、おそらくダンジョンの中なのだろう。


 ここに至るまでの少し状況を整理してみる。


 夏期講習の終わりに7月度の定期試験が行われた。市立飯縄高校の場合、7月度と8月度の定期試験の結果と合わせて一定以下の成績の場合に、土曜日や休日の部活動への参加や対外試合への出場が6ヶ月間禁止となる。秋季に行われる新人戦でレギュラーを取れそうな運動部のクラスメイトには明暗が分かれていた。文科系部活や同好会でも同じ条件なのだが、学校代表資格ではなく、個人の資格でコンクールに作品の出品のみ行うようなものは規制の対象外であったので影響が比較的少なかった。そもそも自校で行う秋の文化祭に出品するだけの同好会も多い。

 この夏は、運動部を中心とする各種部活の夏季大会には大きな制約ができていた。ダンジョンによる行動制限と、試合会場の問題があって、各高校の施設を使って無観客で分散開催することで県大会までは行われたところも多少あったものの、ほとんどの競技の全国大会は中止になった。象徴的なのが甲子園で、球場の中心にダンジョンができていて、試合会場になんかできなかった。旧態依然の日本高等学校野球連盟では、短期間で別の会場を探してそこで大会を行うなどという柔軟な思考ができなかったのである。

 学校行事ですらそういう状況なので、海水浴場やプールも閉鎖されていたし、夏祭りなどのイベントも中止されたものが多かった。


 そんな中、夏期講習が終わった翌日に、女子バレー部に所属しているクラスメイトである佐野祥子、清水菖蒲、鈴木早苗の3名に緑がカラオケに誘われた。後藤貴代のグループによるトラウマを刺激されたのか緑は俺に同行を求めた。現地に着いてみると、男子バレー部に所属しているクラスメイトである加藤晃、木村尚武、工藤勇武も来ていた。よく見ると佐野祥子と加藤晃が揉めているようでもある。

「やっぱり、緑は相場君を連れてきた。」

「加藤君たちが来るなんて聞いていないよ。」

「俺ら別口で来て、店の前で偶然会っただけだよ。」

「もしかして、最初から合コンでも企画していたのか?」

「そんなことあるかよ。」

「もっとも、もし相場が相場さんについてきたら一緒にやろうと誘っていたところではある。」

「いいけれど、部屋は大丈夫なのか?」

「昼間の時間帯だから空いているって。」

 カラオケ大会が始まると、祥子に裏切られたといって、佐野祥子が加藤晃の腕を抱きしめて相合傘で歩いていたと暴露した。祥子の方も黙って揶揄われているわけではなく、緑と俺のことを揶揄った。俺と加藤はお互い顔を見合わせて、それぞれのパートナーの暴走を見守るしかなかった。清水と鈴木が佐野の擁護についたところで、清水と鈴木の片思いを暴露した。なんとなく、この集まりの背景が見えてきた。佐野祥子と加藤晃が最初からグルで、俺と緑が囮にされて、清水菖蒲と木村尚武、鈴木早苗と工藤勇武の二組の両片思いをカップルとして成立させることだったようだ。部屋のレンタル時間が終わる頃には、すっかり木村尚武と工藤勇武がそれぞれ交際開始をプロポーズする流れになっており、カップルの成立で幕を閉じた。

 今日はおめでたいと言って、珍しく緑が俺の腕を抱きかかえた状態で店を出た途端に、ダンジョンに捕獲されて、川に落とされた。


 周囲を見渡すが、俺たち以外には人影が見当たらなかった。ダンジョンが捕獲する時には半径10-100mの範囲にいる人間をまとめて捕獲するので、一緒にいたクラスメイト達もこのダンジョンのどこかに転移させられていることだろう。大丈夫なのだろうか?


 最近のダンジョン関係の話題としては、テレビやネット配信では、日本については、比較的安全で土地だけはあるダンジョンの第1層だけを開発できればいいと割り切ったので、不動産開発的な話ばかりになっていた。25℃を超えない気温は避暑地に最適だとか、温泉が見つかったとか、埋蔵鉱物資源が見つかったとか、商売のネタになりそうな話題があるからか、民間に土地を分譲すべきだと主張する声もある。ダンジョンができて3か月程度しかたっていないのに、安全も何もないだろうに性急なことだ。もっとも、何の準備もなくダンジョンに捕獲されて、モンスターによって行き倒れになるのが危険なだけで、最初からダンジョンの第1層にいて防御をしていればそれ以上危険になることはない。海外発のダンジョンの情報では、最近になって第3層以降に現れ始めた装甲付きモンスターが話題になっていた。装甲付きモンスターの討伐が具足樹の装甲に遮られて、歩兵装備の小火器(Small arms)では撃退が難しかったからである。夢空間で俺たちが遭遇したリビングメイルは、俺たちは身体強化したステータスで弱点を狙って撃退したが、一般的には軽兵器(Light weapons)で対処するようだ。


「緑、ここはダンジョンの中だ。」

 俺は緑に覚悟を促した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る