第14話 備えあれば憂いなし
「緑、ここは、たぶん飯縄ダンジョンのどこかだ。でも、第1層なら見えるはずの脱出ゲート近くにある巨木が周囲に見えない。」
「どういうこと?」
「あの巨木って、高さが50mぐらいあるから、こんな何もない平原なら、結構遠くから見える。それが見当たらないということは、かなり離れているか、第1層ではない可能性がある。」
「私たちは遭難者ってことね。」
「可能性としては、飯縄ダンジョンの成長に巻き込まれて捕獲された可能性がある。飯縄ダンジョンの第1層は半径10kmほどの比較的小型だったから、前回は比較的短時間で脱出できた。半径20km以上に成長したなら脱出に数日かかる可能性もある。」
「優先事項を確認した方が良さそうね。」
不安げな表情をしているが、さすがに利口な女の子だ。やるべきことが分かっている。パニックを引き起こさなくて助かった。
「点検を兼ねて、使えそうなものは何か持っている?」
「とりあえず、いつもの防具と武器はあるわね。」
「共有の格納に防災用非常食セット3日分が2セット。救急箱。テント1張り、寝袋2つ、バーベキュー用品1セットにカセットコンロ1つに、カセットボンベが1ダース。手動発電機付きLEDランタンが一つ。梱包用の紐一束に、市指定の生ごみ用のゴミ袋が何枚か。」
「なんで、そんなの持っているの?」
「サプライズで、自然公園のキャンプ場で二人で星空を見ながらキャンプっていうのもいいなって、食材以外を用意してあった。防災用非常食セットは、本当に防災用。地震で避難する可能性もあるでしょう?」
「そういうのは誘ってから準備しなさい。私にだって予定というものがあるし、無駄になるでしょう?」
「だから、食材は用意していなかったんだよ。」
「私の個人の格納には、着替えに、生理用品、裁縫道具、化粧品……使えそうな物はないね。直人は?」
「着替え、読みかけの本に、スポーツ飲料のペットボトル1.5lが6本入り1ケースに、水のペットボトル1.5lが6本入り1ケースに、シリアルバーの箱買いが何箱かに、カロリーメイト・フルーツ味のブロック4本入りが30箱の1ケース。両親達からもらったゴム製品らしき謎の箱4つ。あと、不良在庫のスキルオーブや魔石の類。」
「ゴム製品らしき謎の箱って……コン……」
「交際宣言したときに、俺たちの両親4人から1箱づつもらったんだよ。家族計画まで聞いたから大丈夫だと思うけれど、このぐらい持っているのは義務だってね。自分達用に持っていたお気に入りの在庫の一部らしい。微妙だよね。」
「信用されているのやら、されていないのやら。」
「信用されているかどうかなら、全く信用されていないぞ。俺たちの両親の初体験って高校生の時らしいからな。母さんたちが非常勤教師なのも、大学在学中に俺たちを妊娠したのが発覚して学生結婚して、産休を取って留年したのが原因らしい。新卒で正規採用されないと、非常勤のまま私立、県立、市立と正規雇用に変わる期限が来るたびに盥回しになったというのも、ひどい話だな。」
「そこのところは母さんたちの機嫌がいい時に詳しく聞いてみるとして、なんでケースで持っているの?」
「量販店で特売品を箱買いしたから。スポーツ飲料やシリアルバーが本来の非常食で、共有の格納に入れてあるのを用意する前に準備した。コンビニ帰りにダンジョンに捕獲されて、何より心強かったのは、コンビニで買った食料品を持っていることだった。意外と重要なんだよ。」
「そう思うなら、将来的にも二人が家族として生活していけるように、直人が大いに稼げるようになってください。」
「そのためには、まずここから二人で生きて帰らないとね。」
「とりあえず何とかなりそうだけれど、早く帰りたい。」
「でも、もうすぐ日没だから、ここで1泊だね。」
明るいうちに、テントを張って、防災用非常食セットをバラして、夕食を済ませてしまう。メニューは定番のアルファ化米のご飯に、レトルトのカレーである。
その後、これからの方針を話し合った。
まずは、二人で生きて家に帰ることを優先する。
次に『空間感知』と『魔力感知』を活用してダンジョンの脱出ゲートを見つける。目印が見つからない以上は仕方ないので、地脈というか微弱に存在する地面の魔力を頼りにダンジョンの脱出ゲートを探索する。もっとも、見ただけでは下層へのゲートなのか、上層へのゲートなのかはわからない。ゲートを通過して魔力が薄くなれば脱出ゲートだったというだけである。誰かが到達済みなら、ゲートの近くに案内板ぐらいあるかもしれない。
最後に、他人には食料を提供しないことにした。今回何人の人がダンジョンに捕獲されたのか分からないが、提供しきれるだけの食料がないことだけは確かだからだ。クラスメイト達は、俺たちに遭遇せずに無事脱出してくれることを祈る。
緑にはテントで寝てもらい、俺が不寝番をする。テントの周囲に置いた魔石を『魔力操作』で連動させて俺と緑の魔力や生命力を敵に検知されないよう打ち消してやる。いわば隠蔽系の簡易的な結界なのだが、創作物からヒントを得て夢空間で開発した技術だ。視覚を持っていないモンスターであれば、これでも結構誤魔化せるのである。3階層以降で装甲をつけた新種のモンスターは視覚を持っているというから、遭遇しないことを祈る。
星明りに遠くにリビングメイルが通過しているのが見える。リビングメイルとは別の方向から毛玉の群れが跳ねていくのが見える。時折、結界に近づいてくるのがいて緊張するが、しばらくすると去っていった。何も対策をしていなかった時には、明るくなるまで何度もモンスターが押し寄せていたのがウソのようである。
東の空が明るくなってきた頃に、緑を起こした。同じ時刻に俺が寝ていなかったからだろうか、久しぶりに夢空間に転送されない普通の夜を過ごせたそうである。結界から出ないように厳命して、交代で仮眠をとらせてもらう。気が付くと、いつもの夢空間ではなかった。テントの中で寝ている俺が見える。どうやら現在見えているのは緑の視線であるようだ。周囲に注意しつつ、頻繁に携帯の時刻を確認している。心細いのだろう。俺が寝てから2時間ほどしたところで、緑が俺を起こしにかかった。意識が薄れ、現実に復帰した。目が覚めたら、緑が抱き着いてきて頬を合わせてきたので、抱きしめたやった。
朝食はアルファ化米のリゾットと野菜スープにした。緑が多少無理をして笑顔を作っているのを感じる。本当は、もっと安全な場所で緑とキャンプをしたかったものだ。食後に、テントと結界を片付けた。
緑と俺でそれぞれダンジョンのゲートがある方向を探ってみる。『空間感知』と『魔力感知』の範囲を広げていき、大地を流れる魔力を検知する。動きがあるモンスターの魔力を排除すると、遠方に巨大な魔力を感じた。緑が感じた方向と、俺が感じた方向が一致したことを確認して、その方向に移動を開始した。
しばらく移動すると、何かの集団が近づいてくるのを感じた。その方向を見ると毛玉の群れがこちらに向かってくるのが見えた。ボンボンとバスケットボールが弾むような特有の音がする。盾と木刀に魔力を流し、待ち受ける。正面から来たのを盾で左に受け流す。体を開いたところを襲ってきた毛玉を木刀で右に切り落とす。右に左と泳ぐようにかき分けていく中、後ろに回って後ろからくるものを緑が迎撃していった。最初の衝突を逃れた毛玉が、次第に俺と緑を丸く取り囲んでいった。緑に合図してその囲みを一点突破する。突破したところで反転して迎撃していく。一度に複数の方向から同時に攻撃されないように常に移動し、相手の動きを制御していく。地道に数を減らしていって、最後の1匹を斃し終えた。
やはり、近接戦になる前に、長距離から一網打尽にできるような魔法が欲しい。
俺たちは、魔石やオーブを回収し、しばしの休憩後に移動を再開した。
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