第15話 そこにある死
最初の大規模な戦闘の後、小規模な襲撃が何度かあったこともあって、10kmほど移動したところで、正午になった。見晴らしはいいものの、草葉の陰に毛玉が潜んでいて踏んでしまうこともあり、気が抜けない。毛玉を踏んだり蹴ったりしてしまえば周囲にいる毛玉が集まってきて10-20匹ほどによる攻撃に晒されることになる。小さな湿地になっていて腰丈の葦が生えていて足場が悪いところもある。俺は、疲労がたまっていることを自覚して魔法で自分を回復した後、緑の肩を抱くついでに緑を魔法で回復してやった。
地面が剥き出しになっているところを見つけて、昼食にした。今回は、キノコのパスタと筑前煮のレトルトを湯煎にかけた。温かな食事は、気持ちを少しだけ温かくしてくれる。目標としてきた方向のはるか彼方に巨木が見えてきていた。ダンジョンの脱出ゲートの近くにある巨木であって欲しい。緑に目をやると、非常食セットの箱の中を覗き込んで、「夕飯は何にしようかな」などと言っている。夢空間から脱出するのに似たようなことをしているとはいえ、その時には本当の自分の体は温かい寝床で寝ていて夢なのだという根拠がない安堵感があったが、現在の状況は現実だ。しばしの間でも逃避したくなるのもわかる。
移動を再開して数時間したら、俺たちの進行方向に続く道のように踏み荒らされた場所に出た。歩きやすくなる一方で、どれだけの毛玉がここを移動したのかと考えると不安になってきた。『空間感知』と『魔力感知』の範囲を広げていき、モンスターの気配を探っていく。近くには既にいないことを確認すると、胸をなでおろした。1kmぐらい移動したところで踏み荒らされて広場になっていた。
広場の中央に二つの塊が横たわっていた。それらが何であるか気が付いた緑が駆け寄った。その二つの塊は、木村尚武が清水菖蒲を庇うように、工藤勇武が鈴木早苗を庇うように倒れている4人の亡骸だった。
「ねえ。嘘だよねえ。昨日、カラオケであんなに盛り上がっていたじゃない。照れながらも告白して、これから交際が始まるところだったじゃないか。冗談だよね。怪我なんかどこにもないじゃないか!冗談だって言ってよ!」
緑が清水菖蒲を揺すると、木村尚武と清水菖蒲の亡骸がはじけて幻のように消えてしまった。何が起こったのが分からない様子で、鈴木早苗を揺すると、工藤勇武と鈴木早苗の亡骸もはじけて幻のように消えてしまった。4人がそこにいたという痕跡は、もはや、踏み荒らされた草原だけだった。
座り込んでしまっている緑を背中から抱きしめてやった。
「直人。私、幻を見たんだよね。」
「緑は大丈夫だから。緑は俺が側にいるから大丈夫だから。」
「菖蒲も、早苗も、みんな生きているんだよね。」
「残念だけど、亡くなってから24時間が経ってしまって、ダンジョンに吸収されたんだと思う。」
「……」
緑は絶対に離すまいと俺の腕を掴んでいた。落ち着くまでと思いそのまま抱きしめていたら、しばらくすると、自分から格納されて俺の中に入ってきた。彼女の悲しみがダイレクトに伝わってきて辛い。気が付くと、いつの間にか薄暗くなってきていた。
緑が俺の中に引き籠って出てきてくれないので、このままここで野営することにする。念のため結界を張った後で、緑に食事はどうするのか尋ねたのだが、緑は食べたくないというので、シリアルバーとスポーツ飲料で夕飯を簡単に済ませた。
日没と共に、バーベキュー用に用意していた薪を使って、あの4人が倒れていたあたりで弔いの火を灯してやった。
焚火の揺れる炎を見ていたら、緑が歌を口ずさみ始めた。沢田知可子の『会いたい』、荒井由実の『卒業写真』といった緑の母がカラオケで好んで歌う80年代から90年代の歌謡曲のメドレーだった。曲目の選択が緑の心情を表しているようだった。
「登校が再開してから、祥子と菖蒲と早苗とよく話すようになったんだ。」
「最初に祥子と話すようになって、それをきっかけに祥子と同じ部活の菖蒲と早苗とも話すようになっていたな。」
「祥子は、女性主人公の中世風の冒険ファンタジーが好きで、同じ女性主人公でも最近流行の悪役令嬢ものは自分には合わないと言っていた。」
「社会設定や身分の上下関係の設定がいい加減なものが多いから仕方あるまい。」
「菖蒲は戦国転生ものが好きで、『戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』とか『戦国小町苦労譚』が最近の推しだった。」
「それなら『淡海乃海 水面が揺れる時』なんかも好きだったのかもなあ。」
「早苗は『指輪の選んだ婚約者』や『31番目のお妃様』が面白かったと言っていたなあ。漫画から入って原作を読むといった感じみたいだったね。」
「そういう話をしていたなら、俺も混じりたかったなあ。」
「ダメよ。直人と他の女の子との話が盛り上がっているのを見るのは、私が嫌だから。」
「嫉妬してくれるのか。」
「3人には直人とのことをよく揶揄われたわ。」
「赤くなって困っている緑は可愛かったがな。」
「……見ていないで割り込んで止めてくれれば良かったじゃないか。」
「当事者の俺が割り込んでも余計火に油を注ぐだけだぞ。」
「そうかもね。でも、祥子を揶揄っていると加藤君がそれとなくフォローしに来るのは羨ましかったな。」
「加藤は過保護だからな。加藤と佐野はお互いに保護者でいるつもりだったようだ。」
「それなのに付き合っているわけではないと否定しているのが、面白かったわ。」
「加藤は感謝していたぞ。共通の話題ができて、佐野に想いを告白するきっかけができたってな。」
「そうなんだ。今度会えたら、どんな告白だったか聞いておかないと……」
「佐野は面倒見がいいから、自分の恋が順調になったら、片想いでいる清水と鈴木のことを放っておけなかったようだ。」
「同じ部活だったのもあるけれど、あの3人は仲が良かったものね。」
「加藤も、木村や工藤に対して似たようなことを考えていたようだから、似た者カップルだな。」
「せっかく告白できたのにね。……みな馬鹿だよ。これからだったじゃないか。」
「その分、緑が生きてやれ。俺が付いていてやる。俺にとっては緑が憑いているとも言える。」
「そんなこと言って。直人は、どこかに行ってしまうかもしれないでしょう?」
俺は、普段は隠蔽している左手の薬指の指輪を顕現させた。
「それなんだが、スキルの呪縛で、緑と縁を切るのは難しそうだぞ。この指輪が出てきた時のことを覚えているか?」
「ああ、この隠蔽はできても外せない指輪ね。」
「4つほど呪縛がある。
『永遠の愛-ともに不老となり、夫の生ある限り死は二人を分かたない』
『貞節の鎧-危機ある時、戻るべき場所がある。』
『想いの盾-喜びも悲しみも幾歳月。想いが守り、癒し、長寿を紡ぐ。』
『恋愛の絆-求め続けるのが恋。与え続けるのが愛。恋と愛とで絆は紡がれ強制される。』
……祝福でもあり呪いでもあるということらしい。」
「あなたが生きている限り私は死ねないし、あなたのことは何でも知ることができる。逃げたところであなたの中に私はいつでも入ることができる。まあ、私から逃げることは不可能ね。」
「それなら、共に懸命に生きて、想い出を紡いでいけばいい。」
「あなた、長生きしてね。」
緑の歌と愚痴を聞いているうちに夜は更け、気が付いたら眠ってしまったらしく、俺は緑の膝枕で眠っていた。
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