第12話 緑の真実

 リビングメイルを討伐したあたりから、どうも緑の様子がおかしい。彼女から伝わってくる感情も喜怒哀楽が混じっていて判然としない。

 夏休みに入って、学校で行われた習熟度別の夏期講習から帰ってきて、俺の家で緑とお茶をしているのだが、何が原因なのが緑から威圧を感じて怖い。

「緑、どうした?」

「直人のせいだ。」

「俺が何をした。」

「気持ち的に、自分と他人の境界ってあるじゃない?」

「あるな。」

「両親との間とか、クラスメイトとの間には、はっきりとした自他の境界があるのだけれど、直人との間でその境界が曖昧になっているのに気が付いて、その異常さ理解したら、自分の中がめちゃくちゃになって……」

「どんなふうに」

「例えば、私が背中がかゆいと思ったら自分で行動する前に直人が掻いてくれたり、無自覚に直人のことを私が手伝っていて、どうしてそうしようとしたのか説明ができなかったりして、自分の体とあなたの体との区別が曖昧になっているの。おかしいでしょう?」

「緑が何かして欲しことでもあるのかなあとか意識すると、何をしたいのかという意思とか記憶が見られて自然と手伝っていることがあるな。」

「それを自覚したら、私は私だって暴走しちゃったの。そうしたら、気が付いたら、自分の中に二人の自分がいる感覚がする……それだけじゃなくて直人までいる……」

「緑の中にいる俺というのは、自他を区別しようとして、スキルで見られる俺の過去の記憶とか現在の感情なんかを擬人化した者だろうな。おそらく、現在と過去については正しい応答が返ってくるだろうが、未来については緑の願望や推測だろうな。」

「それは私にもわかるの。二人の自分のうち、片方はメリットを強調するし、もう一方はデメリットを強調するから、きっと、私の迷いを象徴しているのでしょうね。」

「どちらの自分も正論でもっともらしいことを言うんだよね。楽したい自分の気持ちもすごくよく分かるし、律する自分の言い分も正しい。俺の場合、そこで2つの意見が言い合いをしているとな、緑が出てきて一刀両断にしてくれるわけだ。私たちの人生計画にとってどっちが正しいのかってね。その緑は容赦ないぞ。目の前にいる本人の方がむしろ優しい。」

「そこが違うのね。2つの意見が言い合いをしているうちに時間だけが過ぎて、結局何もできずに自己嫌悪に飲み込まれて、私の中の直人が優しく慰めてくれるのはいいのだけれど、自分の中の二人の自分がそんな直人をめぐって痴話喧嘩を始めて……自分でも何をしたかったのかわからなくなる。サクッと行動できなくてモヤモヤして嫌になる。」

 緑が髪を掻き乱し始めたので、これではいけないと、俺は行動した。俺は緑を強引に立たせると、抱きしめ、キスをして、緑に快感の中でリラックスできるようにイメージしながら俺と緑との間で魔力を循環させた。緑は最初は大人しくしていたが、次第にもがき出した。緑は腰をびくびくさせながら逃れようとした。緑は何か言いたげに声を発しているが、強引にキスで黙らせた。さらに魔力の循環を緩急をつけながら高めてやった。緑は自分で立っていられなくなったようなので、床に横たえてやって、さらに抱きしめてやった。結構な時間が経っていたようで、いつの間にか部屋の中が暗くなってきていた。緑からの反応がないことに気が付いて慌てたが、全身が上気して赤くなっている以外は、失神しているだけであるようだった。しかたないので、俺の部屋のベッドで寝かして置いた。ステータスを見ると俺の消耗度も結構ひどい。

 怠い体に鞭打って、一人で二家族分の夕食の準備をした。両家の親に対してメモを残して先に休むことにした。

『緑が体調悪そうにしていて、大丈夫だというので俺の部屋で休ませていたら寝てしまいました。起こして緑の部屋に運ぼうと思ったのですが、自分も体調が悪くなってきたので、そのまま緑を俺の部屋に泊めようと思います。俺も先に休ませてもらいます。』

 俺は、緑を抱き枕にして眠った。


 夢空間で目が覚めたら、周囲が姦しい。緑が三人いて三つ巴で口論している。一人は、俺の中で俺を律してくれる優等生の緑であるようだ。彼女を緑Aとすると緑Aが、楽になろうとする怠惰な緑Bと、正論と建前を振り回す緑Cとを、相手取っているようだ。緑Aがケースバイケースで緑Bに味方したり、緑Cに味方したりするものだから、緑Aが緑Bと緑Cの両方に攻められているようにも見える。別の見方をすれば、未来志向の緑Aに、現在の状況を優先する緑B、過去を正当化する緑Cというようにも見える。

 黙って横で見ていたら、緑Aが、ちらちらとこちらを見ているような気がする。わかりました長期戦になりそうなので、お茶と茶菓子が欲しいのね。邪魔にならないように部屋を出て、4人分の紅茶とパンケーキを用意する。パンケーキの付け合わせは、定番のバターとメイプルシロップだけのシンプルなものにした。準備ができた頃に3人が、台所にやってきた。緑Aが口を挟むなと睨んでいるので、見守っておく。


 次第に話の内容が俺に対する物になってきた。

「直人は嫌。私は直人の所有物ではない。もっと自由にさせて欲しい。」

「親戚の会合のたびに直人に会うのあんなに楽しみにしていたじゃないの。」

「直人は私の下僕。直人こそ私の所有物。」

「直人にやってもらうと楽でいいね。」

「直人にやってあげるぐらいでないと、直人の負担になるでしょう。」

「直人にはもっと包容力を持ってもらって、ダメな私を律して欲しい。」

「直人って、大概のことをやってくれるけれど、本当にやって欲しいことをしてくれない。」

「セックスなんてダメよ。本番以外のことならいくらでもサービスしてくれるのだから、それで我慢しなさい。」

「直人を含めた私たちの将来のことを考えなさい。今、妊娠しても困るでしょう。」

「妊娠しなければいいの?」

「……」

「歯止めが利かなくなるからダメ。」

「さっきの良かったね。直人が抱きしめてくれて、何度も絶頂してさ。もう一度やってくれないかなあ。」

「物理的限界がないのが怖い。絶頂しているのに、何度も、何度も、許してくれなかったじゃないか。」

「誤解されるようなこと言うな。デリケートな部分の血行が良くなって、全身が敏感になって性的興奮状態になっただけで、性的なことは何もしていないじゃないか。」

「ここでなら時間はあまり関係ないけれど、現実の時間は有限。今日の午後だってやりたいことあったのに……」


 議論が白熱化していく中、三人が意味ありげに睨み合った後、三人が俺を指さして弾劾した。

「「「直人が悪い。責任を果たせ。」」」

 次の瞬間に、三人が光って輪郭が崩れると、一人に統合された。

「何だったの?」

「なんか一人毛色が違うのがいたけれど、あれが私の葛藤状況そのものね。」

「最後には俺に責任があるということで一致を見たって事かい?」

「そもそも、現在の状況は、あなたが私を『格納(ハーレム)』のスキルで取り込んだから起きていることでしょう? 私の全てを受け入れてくれるといったよね?」

「そうだね。できることはさせてもらいます。」

「いろいろあって以前からあなたのことを意識していたのは確かだけれど、私には選択の余地がなかったものね。」

「そのことについては、生涯をかけて幸せを求めて共に歩んでいくということで許してほしい。」

「その卑屈な態度が不満の一つなの。だからね。私をもっと抱きしめて。そして、もっとお話をしましょう。」

「……」

「愛しています。あなた。」

 人の頭ほどもあるような純白の厚物咲の大菊のような笑顔がそこにあった。


 一人の女の子の深淵を覗いてしまったような気がした。

 翌日の朝に、緑が俺の母と緑の母の二人から俺の部屋に外泊した件について尋問されていた。緑が救いを求めてちらちらと俺の方を見ていたが、次第に、休日に彼氏とデートして来た友人を尋問するクラスメイトという雰囲気になってきたので、放置した。


 その後、緑がストレスを抱えていたり、欲求不満になったり、情緒が不安定になったりするたびに夢空間で三人の緑による井戸端会議に付き合わされるようになった。見方を変えれば、緑の偽りのない本当の姿が目の前に展開されているともいえる。俺と緑との仲が平和に保たれるのであれば、安いものである。


 ……でも、こんなハーレムは嫌だ。

 

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