第11話 リビングメイル
学校を出た時にポツポツと降り出した雨は、家に着くころには雷雨になっていた。もはや傘も役に立たず全身ずぶ濡れである。勘弁願いたい。
自宅の玄関で、緑を『格納(ハーレム)』から出してやると、申し訳なさそうにしていた。
「直人、ありがとう。濡れずに済んだ。」
「使えるものは、使わないとね。」
魔法で乾燥できるかもなんてアイデアが頭を過ったが、一度も試したことが無いということを思い出してやめておくことにした。今度Tシャツか何かで服を乾燥できるか試してみよう。そんなことを考えていたからか、タオルを持ってきた緑に服を脱げと催促された。
「さっさと脱ぐ。風邪をひくでしょう。」
緑は、俺を下着姿にすると、簡単に拭いてから、風呂場に誘導した。手取り足取り指示してくる様子は母を連想したが、ここは大人しく従っておく。濡れて重くなった服のポケットを確認し、濡れた制服のスラックスの匂いに顔をしかめた後、彼女も服を脱ぎ始めた。いっしょに洗ってしまうことにしたらしい。いつもとは違う手洗いモードの洗濯機の音が聞こえてきた。
お湯を溜めていたら、緑が風呂に入ってきた。彼女が体を洗ってくれるという。未だ性的な関係にはなっていないが、一緒に風呂に入って洗い合うのはそう珍しいことではなくなっていた。ここまでならOKでこの先はNGというのが彼女の許容ラインらしい。されるがままになっていたら、交代というので緑の体を洗ってやった。注文に従っていたら、体の次に、頭を洗わされ、ムダ毛を剃るのまでやらされた。一緒に湯に浸かっていたら結構な時間が経ったらしく洗濯機が止まったので、俺が先に出て、洗濯物を出して、洗濯機の通常モードで洗濯する物を洗い始めた。俺が着替えて洗い終わった物を干していたら、緑が学校指定の体操服とジャージに着替えて出てきた。湯上りの上気した表情がなんとも愛おしい。夕食の準備を終えて、二度目の洗濯物を干した。特に何か会話をしているというわけではないのだが、緑とともに過ごしている時間に豊かさを感じる。
先に風呂に入ったので一緒に勉強している時間が無かったが、緑の両親が帰宅した気配があったので、準備した料理を持って緑は帰っていった。洗濯物は明日の朝に取りに来るという。
夢空間に行ったら、緑が先日にテイムした『具足樹のチェストガード』を引っ張り出して、装備したり外したりしていた。
「これ、最初ただの板だったのに、変形してきている。」
「そうなのか?」
自分の分も出してみたが、同じ形だったはずなのに、現在見るとデザインが変わってきている。緑の物は明らかに乳房が当たるあたりを中心に緑の体型に合わせて変形していた。
「生き物だから、成長したってことじゃないか?」
「確かに魔力を提供しながら声をかけると、じゃれるような意志を感じて可愛いのだけれど……不思議ね。」
夢空間で、毎度、現実へ帰還するためにフィールドを移動しているわけだが、俺が『盾樹のラウンドバックラー』を、緑が『盾樹のタワーシールド』を得た後にもいくつかのアイテムを取得している。おかげで毛玉の排除の効率が上がっている。
・刀樹
緑がテイムした鮪包丁のような形状の『刀樹の木刀』。
・槍樹
緑と俺がテイムした長さ180cmで先が薙刀のような形状の『刀樹の木槍』。
・具足樹
バイクや自転車用のプロテクターの形状をしている。
『具足樹のヘッドガード』
『具足樹のチェストガード』
『具足樹のバックガード』
『具足樹のショルダーガード』
『具足樹のエルボーガード』
『具足樹のニーガード』
具足樹については、最初は変な形の盾樹があると思ったのだが、鑑定してみると防具として使えることが分かった。
これらの刀樹、槍樹、盾樹、具足樹は、苗木は単独でも生息しているが、生物に寄生して成長する魔木であるようだ。意思があって魔力が不足してくると要求される。装備する数が増えてくるにつれて、ある程度連携しているようにも感じる。魔石やオーブの類を拾うとなんか欲しそうな意思を感じたので、宝石のような核に触れさせると吸収した。具足樹は、まだ揃っていない部位があるが、無くてもどうにかなっているので、積極的には探していない。
便利だということで気にしていなかったが、こういう魔木が存在するからには想定しておくべきだったと、俺たちは後悔することになった。
数日後、いつものように夢空間のフィールドを移動していたら、その日に限って毛玉が1匹も現れなかった。いないならいないでいいかと思っていたら、近寄ってくる大きな存在を感知した。
複数の人型をした何かだった。毛むくじゃらの何かが刀樹、槍樹、盾樹、具足樹といったものを装備しており、顔の部分は毛玉になっていた。鑑定してみると『リビングメイル』という情報が頭に浮かんだ。
襲って来たので、盾で弾き返した。手足に相当する部分が胴にあたる部分から外れてバラバラになって地面に横たわったが、再び人型に組み上がって襲ってきた。ゲームに出てくるスケルトンがばらけて元に戻っていくシーンを連想した。顔になっている部分を攻撃したら、頭が取れて、中の毛むくじゃらの存在が消えていった。毛玉のようである。
背後を見ると、緑が大きな盾に隠れるようにして防戦していた。
「何なの? しつこい。」
「緑、具足樹が寄生している本体の毛玉を攻撃しろ。」
「具足樹が邪魔で有効打にならない!」
「本体が毛玉だから、密着されるとやばい。盾で弾き飛ばすだけでもしてくれ」
「何か考えがあるの? きりがないよ。」
会話をしているうちに押し合いになった個体の脇に木刀を突き刺してやると、胴体になっていた毛玉が消えるとともに、手足の部分が動かなくなった。次の個体も同じ方法で無力化した。自分の前がクリアになったところで、回り込んで、緑を襲っていた個体を横から盾で弾き飛ばす。
「大物はこっちで相手するから、転がっている手足に止めを刺してくれ」
「了解」
横目で見ると、緑がこれまでのうっ憤を晴らすかのように嬉々として、転がっている手足を踏み潰し、あるいは、具足樹が無く剥き出しになっている部分に木刀を突き刺している。
『リビングメイル』を斃し終わって周囲を見ると、魔石やオーブがいくつか転がっており、残骸が消えていった後に具足樹が生えてきて群落になっていった。まだ揃えていない部位の具足樹があったので、補充することにする。数が多かったこともあって。俺と緑に欠損していた部位の具足樹を揃えることができた。
俺と緑もさすがに無事とは言えず、打ち身や疲労があったので、魔法で回復した。
ステータスを確認すると、『魔力干渉防御』のスキルが増えていた。新たに拾ったスキルオーブにも『魔力干渉防御』があり、『盾樹のラウンドバックラー』がざわついたので『魔力干渉防御』のスキルオーブを核に触れさせたら、スキルが付与できた。もう一つあったので、緑の『盾樹のタワーシールド』にも付与しておく。
俺たちは、後続の攻撃を恐れて、周囲への警戒を厳にしながら、緑と背中合わせに座って休憩をとった。
しばらくすると、後ろからサツマイモが焼ける甘い匂いがしてきた。
「もうちょっとかなあ。」
「緑、何しているの?」
「何って、魔法でお芋を焼いているの。」
「どうやって?」
「きちんとイメージすれば、冷めたものの温めができるって教えてくれたのは直人じゃないか。」
「そうだけど。」
「こうやって、地面に四角を書いて、中心に濡れたキッチンペーパーを巻いたサツマイモを置いて、さっき書いた四角形を底辺とする直方体をイメージして、その中を電子レンジのイメージで加熱するの。直人も食べるなら、生のお芋ならあるよ。」
緑は、にっこり笑って、濡れたキッチンペーパーを巻いたサツマイモを差し出してきた。焼いたのを半分くれるのではなく、自分で焼けということのようだ。
「ある程度ゆっくり焼かないと、甘くならなかったり、ぱさぱさになったり、最悪、消し炭になるからね。」
緑は、そう言って、自分のを二つに割って、食べ始めた。
俺も真似してやってみることにする。どのぐらいやればいいのかと考えていたら、俺が知らなかっただけで、緑は既に何回もやっているという事実の記憶が見えてきた。最初に弱火で、ある程度温まったところで、ほくほくになるように火力を高めるのがコツらしい。食欲の勝利とはいえ、魔法で調理するとはチャレンジ精神に敬服する。
芋が焼けたところで半分に割って食べ始めようとしたら、緑がこちらをじっと見ていた。目が「半分欲しい」と言っている。水筒から注いだお茶を差し出してきたので、大きい方の片割れを渡してやる。俺の頬にキスしてから受け取ると、リスのように食べ始めた。可愛いものだ。
「物理攻撃だけでは、余裕がないから、魔法も研究した方がいいかもなあ。」
「そうだねえ。」
近くに生えている具足樹を標的にちょっとしたアイデアを試してみる。
筒形の空間を想定して、背後から圧縮した空気をその筒を通して標的に当てると、風で揺れる程度だった。ジェットエンジンをイメージして、空気の圧縮率を上げて、筒の中で加熱してやると、風量が増えて具足樹の表面が焦げた。さらに温度を上げて排気中の原子を電離してプラズマにするイメージをすると、具足樹は燃え上って崩れ去った。やってやれなくはないが、燃費のこととか、発動までにかかる時間とか、考えなければならないことは多そうである。
「ファイアーランス? 火炎放射器?」
その様子を見ていた緑が首をかしげていた。
「もう少し考えないと使えないね。」
思考と実験を切り上げると、周囲の気配に最大限気を付けながら、脱出ゲートに急いだ。
その日の朝のニュースで、海外のダンジョンにおいて3階層以降で装甲をつけた新種のモンスターが出現して被害が出たことが伝えられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます