第4話 自宅待機の日々

 帰宅してからは、ゲーム三昧の日々だった。正確に言うとゲームに逃げていたといった方がいいかもしれない。ネットもテレビも、何処を見てもダンジョンと行方不明者のことばかりで気が滅入ってくる。


 日本国内にできたダンジョンが、約3000個、4月29日0時から24時間以内にダンジョンに捕獲されてダンジョンに転移させられた人が約1020万人、うち自力で脱出したり、意識不明の状態で発見されたりした人が約620万人、ダンジョン内で遺体が24時間で消滅することもあって、死者および行方不明者、発見されたものの意識不明のまま亡くなった人の合計が約400万人にも上った。世界全体では、ダンジョンが30000個以上あると推計され、被害者に至っては数億人ともいわれ集計がままならない状況である。

 新聞によると、地元である飯縄市にできたダンジョンは1か所で、第1層の大きさが半径10kmほどの比較的小型のものだそうだ。最初の2日間で2000人ほどが捕獲されて、高齢者や障碍者を中心に800人ほどが死亡した状態で発見され、800人ほどが意識不明で保護され、誘導されたり自力で脱出したりした人が400人ほどだったそうだ。俺は飲み物と食料を携帯していて最初の方で自力で脱出できたので、まだ運が良かったようだ。

 新型コロナの騒動では、過密を避けろと言っても過密になってもすぐにどうにかなるものではなかった。しかし、今回のダンジョン騒ぎでは、過密な状態になると周囲を巻き込んでダンジョンの中に転移される可能性が高いことから、パニックが大きくなった。バスや電車の中や、駅や商店の中から、何人もまとめてダンジョンの中に転移され、広いダンジョンの中に一人づつバラバラに配置されたのである。特に食料品を買い漁ろうと商店に押しかけた人々が、まとめてダンジョンに捕獲されたことが、社会不安に拍車をかけた。


 もう一つ、気が滅入ったのは、自分がボッチであると自覚したことである。さすがに行方不明中の時間には携帯電話の着信履歴に両親からの履歴が何件も入っていた。しかし、SNSで安否確認の問い合わせをしてきた友人がほぼいなかったのである。4月29日の昼には脱出して生存通知をしたからというのもあるだろうが寂しい話だ。わずかにあった問い合わせは、従兄妹の相場緑からの「生きていたら返事しろ。」という1件だけだった。その緑も、自宅に着いたときに家の前で会ったら、「生きて帰って来たんだ。」とぶっきらぼうに一言だけ残して、隣にある自宅に帰っていった。


 相場緑は、俺の父親である相場尚人の弟の相場隼人の一人娘である。祖父の遺産相続で我が家の隣に家を建てて、この4月に引っ越してきた。母によると、俺と同じ5月5日生まれで、同じ産婦人科病院で2時間遅れぐらいで生まれたそうだ。従兄妹といっても、中学までは学校が違っていて交流は少なかった。バスケットの部活の練習試合で偶然会ったり、進学塾の短期集中講習などで会ったりするぐらいだった。身長は180cmある俺より少し低い程度だが、腰の高さは俺より少し高い。中学で部活を引退してから髪を伸ばし始めて、最近ではポニーテールにしていることが多い。成績は学年トップで我がクラスのクラス委員の委員長さんだ。委員長といっても、実際には雑用係に近い。頼まれたら断れないところに付け込まれて、面倒なことは委員長にやらせておけばいいと、悪い意味で信用がある。もっとも、実際の作業は、同じクラス委員である俺を巻き込んでやることが多い。同じ教室の片隅で読書しているボッチでも、仕事を押し付けたり頼まれごとをしたりしやすい彼女と、その彼女の下僕になっている俺との人柄の差は大きい。


 楽しみにしていたゲームであったが、この数日間にいくつかのパターンでクリアしたら飽きてしまった。もともとゴールデンウィークではあったのだが、学校が休校になって、5月1日に予定されていたスポーツテストは延期され、5月2日に予定されていたクラス対抗の球技大会は中止になったので、できた時間をゲームをして過ごしていたのである。生徒会を介してそこそこ準備の雑用があってこなしていただけに残念である。


 5月5日にパンケーキを焼いていたら、緑が家にやって来た。

「こんにちは。直人、生きている?」

「おかげさまで生きているよ。台所にいるから勝手に上がって。」

「いい香りをさせているわね。」

「ちょっと待っていてね。紅茶でいいかい?」

「ありがとう。」

「緑が家に来るのは珍しいね。どうしたの?」

「何か面白そうなのがあったら、本を貸して。それなりに、いろいろ持っているでしょう。」

「お茶が終わったら、見ていけばいいよ。」

 焼きあがったパンケーキと紅茶を配膳した。

 緑は、デニムの膝丈のスカートに、ブラウスで、いつもはポニーテイルにしている髪を下して、シュシュで束ねていた。パンケーキの上で溶けだしたバターの上から、温めてあったメイプルシロップをかけてやった。

 パンケーキを頬張ってから、彼女は褒めてくれた。

「いいできね。あなた、パンケーキなんか焼くのね。」

「両親が留守なことが多かったからね。でも、美保先生が、娘の方が料理が上手だって自慢していたぞ。」

「それなりにはね。でも、誕生日のケーキが、直人のパンケーキになってしまいそうで残念。」

「それはお互いさま。連休前には、親父が緑の所と合同で焼き肉パーティーをしたいって企画していたけれど、このダンジョン騒ぎで、御破算になったからね。」

「今すぐ何かができるというわけでもないのに、父さんたちは、ずっと学校に詰めているしね。」

「授業を再開できるにしても、最初はリモート授業になるだろうからって、準備が大変みたいだよ。」

「リモート授業って、眠くなるから嫌。自習していた方が効率がいい。」

「対面授業特有の緊張感というのはあるからね。」

 パンケーキを食べ終わって片付けをしてから、彼女を自分の部屋に入れた。

「最近は、どんなのを読んでいるの?」

「映像化されたり、話題になったりした作品は一応網羅してあるかな。メインは冒険小説。」

「例えば?」

「冒険小説だと、古い作品だけど、C・S・フォレスターの『ホーンブロワー』シリーズとか、デイヴィッド・ファインタックの『銀河の荒鷲シーフォート』シリーズとかかな。話題作はこっちの棚にあるよ。」

「やっぱり、いろいろあるじゃない。」

 本を選ぶ時に干渉されたくないのは分かるので、俺は読みかけになっていた鷹見一幸の『宇宙軍士官学校』シリーズの最新刊を取り出して読みだした。緑はしばらく物色していたが、「この書籍版は読んだことなかった」と喜んで、シリーズ全巻を本棚からごっそり取り出すと、俺のベッドの上で読み始めたようだった。

 本を読み終えて緑の方を見たら、彼女はすっかり眠ってしまっていた。背が高いところが苦手だという同級生が多いが、こうしてみると結構かわいい。

 悪戯心を出して、『身体防御』のスキルオーブを取り出して、彼女の乳房のあたりに押してけてみた。スキルオーブが他の人に使えるのか試したかったというのは建前で、単に直接触るだけの勇気が無かっただけである。スキルオーブは、微妙な柔らかな感触を伝えた後、弾けるというより解けるように彼女の体の中に消えていった。意外と面白い反応だったので、『鑑定』・『格納(アイテム)』・『身体強化』・『生命力感知』・『生命力操作』・『空間感知』・『空間操作』・『魔力感知』・『魔力操作』・『暗視』・『視力強化』と調子に乗って次々に格納していたスキルオーブを試してみた。試したスキルオーブの数が増えるにつれて、彼女がほのかに光る靄に包まれているように見えてきた。何かと思って靄を突いているうちにその靄が指に絡みつくようになった。その時に、彼女が寝返りを打ったはずみで、指に絡んでいたものがずるんと俺の中に入ってきて『格納(ハーレム)』のスキルが発動したことを認識した。目の前に彼女がいるのに彼女の存在感が薄く、彼女の存在を自分の内に感じて繋がっているという微妙な違和感に慌てて、大丈夫かと彼女を起こした。寝惚けている彼女に「かわいい寝顔だったよ」と言ったら、「10年早い」と言って近くにあった『広辞苑』で殴られた。起こした時に胸に触っていたので、自業自得である。怒られているうちに違和感は消えていった。


 彼女の怒りをなだめるために謝罪していたら、料理を一緒にすることになった。緑も俺も両親が働きに出ているわけだから、そのぐらいの家事をするのは当然だ。俺にも利があるので、お互いの家の分の合計で6人前のカレーを調理した。俺の父親と緑の父親が兄弟であることもあって、両家の味付けの好みはほぼ同じなのだ。緑の指示で料理していくうちに、緑の機嫌がよくなっていくのを感じて安堵した。


 俺がしたことが、緑に露見したのは翌日のことだった。


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