第5話 直人のけじめ

 ダンジョンから生還してから、俺には新しい習慣ができていた。『刀樹の木刀』を使った木刀の素振りである。1日に1度は魔力を込めて素振りをしないと、誰かに刺されそうな恐怖に駆られるようになったのである。そのため、毎日風呂に入る前に、格納している『刀樹の木刀』を出して、少なくとも15分程度の素振りをするようになった。

 『刀樹の木刀』を出すために、『ステータスメニュー』を開くのだが、5月5日からは、項目が増えていた。トップメニューに増えた項目は、『格納(ハーレム)』の項目だった。『格納(ハーレム)』には相場緑の名前があり、相場緑の名前に注目すると、緑の『ステータスメニュー』が表示されていた。『ステータス』の所には付帯事項で『投影中』・『覚醒中』とあった。『特殊スキル』の所を見ると、スキルオーブを使った『鑑定』・『格納(アイテム)』・『身体防御』・『身体強化』・『生命力感知』・『生命力操作』・『空間感知』・『空間操作』・『魔力感知』・『魔力操作』・『暗視』・『視力強化』のスキルが列挙されていた。


 『格納(ハーレム)』の詳細説明を求めると説明が表示させた。


『格納(ハーレム)』

 パートナーとなる異性を己の夢の中に格納する。

 条件を満たすと『格納(共有)』を使えるようになる。


 5月5日の夜、昼間に緑と一緒にいたためか、緑との夢を見た。

 その夢では、16歳の誕生日に両親が見ている前で告白して、双方の両親公認で俺と緑が交際していた。生徒会長になった彼女を副会長の俺が支えて高校を卒業し、地元の国立大学の教育学部にともに進学した。大学卒業後に母校である市立飯縄高校の教師となり、同棲を開始して25歳の誕生日にあらためてプロポーズした。26歳の誕生日に結婚し、27歳の誕生日と29歳の誕生日に子供が生まれ、小学生になった子供の誕生祝いをしていた。故事の一炊之夢のような話だが、二十数年間を二人の誕生日のたびに幸せなイベントを過ごしていく様は、双方の家族ともども笑顔が絶えず、すれ違いや喧嘩をすることはあっても共に支えあっていける……そんな未来があってもいいなと思うものだった。目が覚めた時に渇望感にさいなまれた。


 5月6日、昨日あんなことがあったばかりだというのに、朝から緑が押し掛けてきた。まだ、朝食を食べている俺をしり目に、土曜日なのに仕事があるという俺の両親を緑が送り出していった。

「緑ちゃん、料理が上手になったわねえ。」と母が夕食の感想を言った。

「直人に手伝ってもらったのですよ。お忙しいのは両親からも聞いていますので、今日も二人で何か作っておきますね。」

「ありがとう。緑ちゃん、直人のこと宜しくね。」

「行ってらっしゃい。」

 緑の機嫌は良いようだが、昨日の違和感がまた起きていた。緑と俺との間に見えない糸が何本も張られていて、俺の中にある何かが緑の体を人形のように操っている感じだ。彼女の感情が彼女の言動から感じるというよりも、俺の中にある何かから直接訴えられかけているように感じる。『格納(ハーレム)』の説明からすると、目の前にいる彼女は操り人形……アバターで、緑の魂というか本質部分は俺の夢の世界にあって、そこから操っているということなのだろう。気にするほど違和感が強くなるので、問題を先送りにしておく。

「直人が帰ってから思い出したのだけど、賭けは私の勝ちでいいのよね?私の下僕の直人君。」

「いつの何の賭けだよ。」

「去年のゴールデンウィークの時に、直人に襲われた時の話。」

 当時の緑は、バスケット部の部長をしていたが、部長とは名ばかりで、マネージャー的な雑用係で、軽いいじめにあっていたそうである。現在もクラス委員の委員長で雑用係になっているから似たようなものだったのだろう。緑が居残りで部活の後片付けをしていたら、他の部員がさっさと帰ってしまったそうだ。更衣室に使っていた部室に戻ってきたら、緑の荷物だけ表に出されて鍵を閉められてしまったそうである。仕方なく体育用具室で一人で着替えていたそうだ。その日に練習試合で緑の学校に来ていて、俺の学校の更衣室として体育用具室を借りていたのだが、校門で解散する時に持ってきたはずのボールバッグが一つ足りないから探して持ち帰れと、使い走りに出された。何のことはなく、俺も交代選手にもなれず雑用係だったのである。俺が体育用具室に入って上半身裸の緑と鉢合わせて固まっていたところを、ご丁寧にも誰かが俺を緑の方に蹴り飛ばしてくれて、緑を押し倒してしまったのである。俺が余計な一言を言ったようで、緑は羞恥より怒りが上回ってしまい、俺は正座させられて、上半身裸のままの緑に小一時間説教されたのである。

「襲ったって……練習試合で緑の学校に行った時の話か?」

「そうよ。あと、見たことを忘れろって言ったよね?」

「だから今の今まで忘れていたし、何か約束したかもしれないが、何を約束したのか思い出せん。負けでいいよ。クラスの連中は見る目がないようだが、緑は十分魅力的な女の子だよ。伸ばした黒い髪は触ってみたくなるし、スタイルだって素敵に変わったじゃないか。同じクラスになってから緑からの頼みごとを断ったことがあったか?ここで一つや二つ増えたところで何も変わらん。」

「私のことを守ってね。」

「守るなら仕舞っておいた方が、いいかもな。」

 緑の背を叩こうとしたら、緑が淡く光って消えて空振りしてしまった。慌てて部屋の中を探すがどこにも見当たらなかった。

「緑、何処に行った。いるなら返事しろ。」

「私ならここにいるって……何、これ。私に何をした。えっ、よくも実験動物にしてくれたわね。責任取りなさいよ……」

 緑が、俺の中で騒いでいるのを感じたら、『世界の叡智に接続しました』と頭に浮かび、何か雑多な情報が頭に流れ込んできた感じがして頭が痛くなった。『格納(ハーレム)』のスキルで、緑を完全に取り込んだのをトリガーにして、『世界の叡智』に接続できたようである。緑が騒いでいるのは、『格納(ハーレム)』でお互いの記憶が自分の記憶のように参照できるようになって、状況把握をしつつあるからであるようだ。言い訳したり説明したりする手間は省けたが後が怖い。

 消え方に既視感を覚えて、『ステータスメニュー』を確認したら、『格納(ハーレム)』の緑の『ステータス』の所には付帯事項で『保管中』・『覚醒中』とあった。慌ててアイテムを出す要領で緑を出してやった。『ステータス』の付帯事項は『投影中』・『覚醒中』に変わった。『格納(ハーレム)』で自由に出し入れできるようだ。

「直人、そこに正座。」

「ごめんなさい。」

「よくも興味本位で私を巻き込んでくれたわね。あなたが私に何をしたかは、すべて見せてもらった。」

「……」

「あなたの言葉で、あなたが、今、私に言うべきことを言いなさい。」

「言わなきゃダメかい?」

「直人、結果として自分がしたことを理解している? けじめをつけないとお互いに先に進めないでしょう。」

 緑からの喜怒哀楽が混じった圧力を感じる。緑は、逃がさないとばかりに、両手で俺の頭をがっしり掴んで、ゴチンと頭突きをすると、そのまま互いの鼻の頭を突き合せていた。しばし見つめ合った。

「緑、あなたの残りの人生を私にください。」

「……はい。直人、これからの人生を、私と共に歩んでください。」

 そう答えると、緑は俺にキスした。それとともに、いくつかのメッセージが頭に浮かんだ。


『格納(ハーレム):夫・相場直人と妻・相場緑にすべての機能をアクティベートします。』

『永遠の愛-ともに不老となり、夫の生ある限り死は二人を分かたない』

『貞節の鎧-危機ある時、戻るべき場所がある。』

『想いの盾-喜びも悲しみも幾歳月。想いが守り、癒し、長寿を紡ぐ。』

『恋愛の絆-求め続けるのが恋。与え続けるのが愛。恋と愛とで絆は紡がれ強制される。』

 二人の左手の薬指には、白金の輝きと、ウルツァイト窒化ホウ素の硬さと、ハフニウムの丈夫さを持つ未知の金属の指輪が魔力を纏って光っていた。


 口づけを終えると、緑に押し倒されたので、そのまま抱きしめた。

「緑、最後の止めを自分たちで刺して自爆してしまったな。」

「これは契約であり、祝福であり、呪いでもあるという感じね。」

「呪い?」

「直人は、昨晩に私と交際して結婚する夢を見ていたでしょう? あの夢の中で私もあなたと20年以上生活してきた。だから、あの夢は私たちにとっては、二人の願望が反映された妄想の産物ではあっても、体験した現実でもあるの。」

「そうなの?」

「同じボッチでも、中学の時と違って、高校であなたが傍らにいて味方でいてくれたのが、どうも心地良かったみたい。」

「……」

「もう隠し事なんかできないのは分かっているでしょ?いろいろな情報が流れてきて自分が別の誰かに書き換えられていくような感じが怖いけれど、同時にあなたとつながっている絆が愛おしい。」

「それは俺もさ。」

「いろいろ順序や時期を間違えているけれど、恋人関係というより事実婚の夫婦でいいのよね。一緒に高校を卒業して、一緒に大学に進学して、これからずっと一緒にいてくれるのね。」

「それこそ10年かけてでも、緑の理想の夫になってみせるよ。」

「私も理想の妻になって見せます。」


 その日の夜、土曜日とあってさすがに早めに切り上げてきた緑の両親が俺の家に来て、俺の両親と宴会を始めた。一日遅れで子供の誕生祝いをしてくれるつもりらしい。その場で、緑が嬉しそうに将来の夢を決めたなんて言い出して、これからの人生計画を発表した。進学の他に就職と結婚、具体的な子供の数と時期まで計画に入っていて、直人がこれからずっと一緒にいて支えてくれるって約束してくれたなんて惚気たものだから、両家の親たちから俺が深夜まで尋問されることになった。


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