第32話 正月の悲劇

 正月になって、俺は、緑と佐野さんと加藤とともに飯縄ダンジョンの第1層にある飯縄神社の分社に初詣に来た。地上にある本社ではなくダンジョン内の分社なのは、木村達に会いに行くのと、3日までは多少は屋台が出るというのと、本社の方の人手に巻き込まれてダンジョンに捕獲されてはたまらないからである。小緑に相談して、木村達におみあげも用意した。

 俺たちは、本社の方を迂回してダンジョンのゲートに向かった。遠目に本社の方を見ると、それなりの人出があったが、大丈夫なのだろうか?

 ゲートをくぐって、警備事務所の前を通って、分社に直接行ける通路の方に行くと、町内会のお祭りのようになっていた。祠にお参りに行くと、本社から派遣された神職の方が、下社新町の主な施設の長に対してお祓いをしていた。隅の方に市役所のダンジョン対策課課長に勤務する父の姿も見える。俺たちはお祓いが終わったところで、参拝させてもらった。

 臨時の授与所では、同級生の神山幸恵と福恵の双子の姉妹が助勤で巫女をしていた。神山姉妹の父は飯縄神社の宮司をしている。彼女達とは、小学校、中学校と同じクラスになることが多かった。特に親しいというわけではなかったが、班行動で同じ班になりやすい同級生だった。俺は彼女たちにとって人畜無害で友人として都合がいい存在だったようだ。高校に進学してからは、緑に遠慮したのか、緑に追い払われていたのか、付き合いが減った友人たちである。

「幸恵に福恵、あけましておめでとう。」

「あけましておめでとうございます。」

「みんな揃って、こっちに参拝に来たんだね。」

「最近あまり聞かないから大丈夫なのかもしれないけれど、人出が多いところに行って、正月からダンジョンに捕獲されてサバイバル生活するのは御免だからね。」

「そうだよね。私と妹は、身内の職権乱用で、こっちに回してもらった。」

「姉さんは冷え性だから、暖かいから、こっちに行きたいと泣きついただけでしょう。」

「実家的には参拝客が少ないと困るのだけれどね。」

「悔しいのだけれど、緑とは正月からデートなのかな?」

「俺たちから見ても幸せそうなカップルが隣にいるがな。」

「羨ましいなあ。祥子と加藤君も、お幸せに。私たちも、おみくじで二人とも大吉が出て、『願望:時は来たり願い事かなう』、『待人:たよりあり来る』、『恋愛:時は来たり幸運あり。』、『縁談:首尾よし思わず早く調う安心せよ』なんて書かれてあったのになあ。」

「姉さん、おしゃべりしていないで、お仕事。」

「俺の方は、学問のお守りと交通安全の水晶のキーホルダをそれぞれ4つづつ、緑の方が同じく3つづつ。」

「合計9800円になります。」

「私の方は縁守。」

「1000円になります。加藤君と分けて持つのかな?」

「去年は彼がいてくれたから、こうして元気にいられるからね。」

「正月から頑張っている神山姉妹に俺からお年玉をあげよう。」

「相場君、何かくれるの?」

 俺は手のひらに、スキルオーブを二つ取り出して二人に見せた。

「水晶玉?」

「本当に玉なのだけれどね。『身体防御』のスキルオーブ。触ってみて、怪我をしにくくなるスキルが得られる。」

 二人はそれぞれスキルオーブに触れると、スキルオーブが消えていった。

「何か暖かいものが流れ込んできた。」

「その温かいのを忘れないでね。それが魔力で、それを全身に巡らせるイメージをするとスキルが上達する。『身体防御』だとあまり実感ないかもしれないけれど、お守り代わりということでね。」

「「ありがとう。」」

「あと良かったら、裏手にいる黒犬を見に行った方がいいよ。氏子さんに聞いたんだけれど、モンスターなのだけれど機嫌がいいと回復魔法をかけてくれるみたい。子犬も可愛いしね。」

「ああ、行ってみる。」

「じゃあ、二人とも頑張ってね。」

「本社に比べれば暇なものだけれどね。」


 俺たちは、裏手に回って木村たちに会いに行った。念話で呼びかけた。

「あけましておめでとう。」

「あけましておめでとう。」

「相場たち、会いに来てくれたんだね。」

「神山さんたちに聞いたけれど、回復魔法が使えるんだって?」

「俺たちも苦労したからな。心証を良くしておいた方がいいだろう?」

「鶏のささみのフライと、魔石をいくつかおみあげに持って来た。小緑、木村たちにわたしてくれるか?」

「ご主人様、わかりました。」

 小緑は、木村たちがいるフェンスの外側に出現した。小緑は、紙皿の上に鶏のささみのフライと、魔石を盛りつけた。

「ご主人様、これでいいかな?」

「ご苦労様、ありがとう。」

「どういたしまして。」

 用が済んだ小緑は、緑の陰の中に戻っていった。

「相場君、さっきの緑さんに似たこの強い娘は誰?」

「俺の使い魔の小緑だよ。本性は第3層のボスをやっていた黒犬だったのだが、不幸な出会いで討伐してしまった。気が付いたら俺の使い魔になっていた。今は緑の護衛をやってもらっている。」


 その時、自動車の甲高いエンジン音と悲鳴と何かを壊す音が周囲に轟いた。何やら拡声器で怒鳴っている声も聞こえてきた。

「私の家族はダンジョンに殺された。補償せよ。」

「のうのうとダンジョンの中で生活しているのは間違っている。皆死ぬべきだ。」

「ダンジョンに命を捧げよ。」

「人間なんか滅んでしまえ。」

「我々は、もっと自由であるべきだ。」

「ダンジョンによる行動制限を撤廃せよ。」

「ダンジョンからの利益を平等に分配せよ。」

 主張に一貫性がなく支離滅裂である。世の中が思ったようにうまくいかないから、他人を犠牲にして破壊工作をするなんて迷惑でしかない。


 破壊活動をしていたテロリストは警備員に取り押さえられたが、授与所を車が圧し潰していったようで残骸になっていた。残骸の間から赤い袴が見えた。

「小緑、黒犬の姿で、負傷者に回復魔法をかけて行ってくれ。」

「ワン(了解)」

「緑、佐野さん、加藤、この瓦礫をどかすのを手伝ってくれ。」

「わかった。」

 瓦礫の下には、神山姉妹が庇い合うように倒れていた。息をしていなかった。

 俺は、二人の鳩尾辺りに手をのせると、最大出力で回復魔法を叩きこんだ。怪我は修復されていくものの息を吹き返さなかった。もう一度、最大出力で回復魔法を叩きこんだ。二人の体が魔力で輝き出したが、息を吹き返さなかった。「帰ってこい!」と、さらに魔力をかけると、ドクンという感じがして、一瞬姿が透けてオーブになったかと思うと、すぐに元に戻り、彼女たちが意識を取り戻すとともに魔力の反応が消えていった。俺の左手の薬指の指輪が温かくなり、神山姉妹の左手の薬指には漆黒の指輪が現れた。

 俺は何かをやらかしたようだ。『ステータスメニュー』を慌てて確認すると、『格納(ハーレム)』の項目を開いたら、相場小緑の下に神山幸恵と神山福恵の名前があり、彼女たちの『ステータス』の所には付帯事項で小緑と同じく、『使い魔』・『召喚中』・『覚醒中』の文字があった。蘇生できたのはいいが、人間を辞めさせて使い魔にした挙句、俺のハーレム要員にしてしまったようだ。

「幸恵、大丈夫か?痛いところとかないか?」

「はい、ご主人様、ありがとうございます。」

「福恵、大丈夫か?痛いところとかないか?」

「はい、ご主人様、ありがとうございます。」

「「あれ?なんで、ご主人様?」」

 幸恵と福恵の姉妹は互いに顔を見合わせて首をかしげた。

「相場君、魔法で治療してくれたのはとても感謝するし、触っていたいのもわかるけれど、そろそろ、手をどかしてくれないかな?」

「ああ、ごめんなさい。」

 俺はいつの間にか彼女たちの胸の上に添えていた手を慌ててどけた。

「長い付き合いだから、スキルオーブと回復魔法で許してあげる。」

「姉さん、私たちは何もする必要はないわ。後ろにいる怖いお姉さんが全部やってくれるでしょう。」

「奥様、お返ししますので、後を宜しく。」


 後ろを向くと、緑が仁王立ちしていた。念話で、「こんなことになるとは思わなかった。」と、緑に平謝りした。「今夜ゆっくりお話ししましょう。」とのことで、今夜は修羅場になりそうです。


 小緑が戻ってきて、俺の前でお座りした。念話で作業が終わったことを報告してきた。もふもふと撫でて褒めてやると、緑の陰に戻っていった。木村たちからも、差し入れ分ぐらいは働けたかなという念話で連絡があり、次の機会にまた差し入れしようと言って別れた。

 ダンジョンに捕獲されるたびに会っている診療所の医師が来たので、神山さんたちを心肺停止状態から回復魔法で蘇生させて今は安静にさせていることを報告して、後の処置を任せることにした。医師によると、念のため、市内の病院に転送して検査と経過観察をすることになるそうだ。俺たちは、医師に付き添ってもらって神山さんたちをダンジョンの外まで担架で運ぶことにした。

 改めて周囲を見ると悲惨な状況が見えてきた。居住区の区画を区切っているフェンスが広い範囲にわたって薙ぎ倒されている先に、車が横転して燃えている。怪我こそ小緑達によって回復魔法で応急処置されているものの、服が破れている人が多数いる様子や、地面に広がっている血痕が、事態の凄惨さを物語っていた。少し離れたところで、父が陣頭指揮を執って、関係者に指示を出しているのが聞こえた。緊急性がある負傷者がいないことが分かったからか、外部と居住区を区切っている最外郭のフェンスの修復を優先するようだ。

 神山姉妹を地上に運んだところで、憔悴した彼女たちの母親と手配されていた救急車に接触できたので、引き継いでもらった。俺たちは、そこで解散して帰路についた。

 緑は、俺の腕を無言でがっしりと抱え込んでいた。

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