第33話 燻る人々
初詣から帰宅すると、俺の父から連絡を受けていた母と緑の両親が出迎えてくれた。父から報告を受けてはいても、俺と緑が無事なのを確認すると安堵したようだった。
改めて母達に状況を説明した。
「あなた達以外に一緒にいた佐野さんと加藤君は無事だったのね。」
「どちらかというと、神山姉妹が心配です。授与所に車が突っ込んで、瓦礫の下敷きになって一時心肺停止状態になっていました。俺たちで瓦礫を排除して、俺が回復魔法で蘇生しました。意識が回復してはっきりしていたから大丈夫だと思いますが、検査と経過観察のために、彼女たちの母親と一緒に救急車で病院に運ばれて行きました。」
「尚人とあなたたちが無事でよかった。正月から心配かけないでちょうだい。」
「父さんは、外部と居住区を区切っている最外郭のフェンスの復旧工事をするって言っていたから、今日は帰って来るのが遅くなるかもしれない。」
「でも、正月からこれだと、先行きが不安ね。」
夕方のニュースでは、飯縄ダンジョンで起きたのと同じような騒ぎが、世界各地の地上及びダンジョン内で、異なる主張の団体によって同時多発的に引き起こされていることが報道されていた。問題を起こしている団体は主に3つに分類できるようだ。
・行動制限反対派
ダンジョンによる捕獲対策として行われている行動制限に反対する勢力。
警告を無視して大規模なデモや集会を実施してダンジョンに捕獲されることで有名。
基本的に身勝手な自由主義者の集団となっている。
ダンジョン内の居住区を守る防護フェンスの存在にも反対している。
・ダンジョン環境保護派
ダンジョン内の開発に反対する勢力。
ダンジョン内のモンスターの討伐にも反対している。
旧来の環境保護運動の延長で活動している集団となっている。
ダンジョン内での輪廻転生が確認されてから勢力が急拡大した。
・ダンジョン関連カルト教団
ダンジョン出現後に誕生したカルト教団による宗教的反社会勢力。
各教団の教義に従って、差別主義でテロを含む強硬手段を取るところが共通している。
ダンジョンによる社会の変化に反対する教団。
ダンジョンによりもたらされたスキルの保有者を排斥する教団。
ダンジョン内に居住する者を異端者として排斥する教団。
ダンジョンそのものを崇拝する教団
など
雨後の筍のように社会不安に付け込んだ各種団体が、自分たちの主張に基づいて、地上やダンジョン内で一斉に蜂起して破壊工作を行ったというのが、1月1日に起きたテロの状況だった。同じ場所で複数の団体が別々にテロを行うという混沌とした状況だった。取り締まりを行う政府が弱体化していて取り締まりしきれていないことが、被害を拡大していた。その上に、二次災害的にダンジョンによる捕獲で大規模行方不明事件も引き起こされていた。一般市民にすると迷惑以外の何物でもない。
両親達は正月の宴会を予定していたが、父の帰宅が遅くなることで、翌日に延期することにした。居住区を守る防護フェンスの復旧は最優先なので仕方なかろう。農地の拡張計画用に予備の資材が既にダンジョン内に備蓄されている状況だったのは不幸中の幸いだ。それでも、緊急招集されて公示することになった工務店も災難だ。
就寝後に夢空間に入ったら、夢空間の俺の部屋で緑が待ち構えていた。
「幸恵と福恵が下で待っているから、着替えてきてね。」
「やっぱり、いるのか。」
「そりゃ、あなたが使い魔にしたのだから、小緑と同じようにいるわよ。ちなみに、2階の空き部屋は彼女たちの部屋になっていたから気を付けてね。」
台所にある6人掛けのダイニングテーブルの片方には、中央の席を空けて緑と小緑が座っており、反対側のサイドに幸恵と福恵が座っていた。緑と小緑の間の席に着くと、緑が紅茶を淹れてくれた。
「改めて、あけましておめでとうございます。」
「私と福ちゃんが、どうなったのか説明してくださいませ。」
「俺も全部は把握していないので、俺の推測だという前提で聞いて欲しい。この小緑だけれど、第3層のボスだった黒犬が俺に討伐されて、そのオーブを俺が取り込んだことで使い魔として蘇生した。幸恵さんと福恵さんの場合も、同じように心肺停止状態から回復魔法で蘇生させる過程で俺の魔力で完全に染め上げられてしまって、結果として俺に取り込まれて使い魔として蘇生した。簡単に言うと、死んでしまった後、生き返る代わりに人間を辞めて使い魔になったということです。」
「アンデッドになったの?」
「普通の人間ではなくなったかな。」
「普通の友達でもなかったようね。浮気者。」
「付き合いの長い幼馴染的な同級生というだけだろうが。」
「あなたの記憶を確認させてもらったけれど、あなたはそう思っていたみたいね。鈍感だから。」
「鈍感って……俺が悪いのか?」
「あなたが持っている『格納(ハーレム)』のスキルは、パートナーとなる異性を己の夢の中に格納するスキルだよね。相思相愛である程度以上の好意を持っていなければ、こういう形で完全発動することはないでしょう。祥子に対するストーカー事件でそう推測したじゃないか。」
「……」
「今の状態なら、『格納(ハーレム)』のスキルで神山さんたちの記憶が双方向で覗き放題だから、神山さんたちがあなたのことをどう思っていたのか、知ろうとすれば分かるはずよね。浮気者。神山さんたちも、直人のことをもっと知りたいと意識すれば、口で説明するよりも簡単に現状を理解できるでしょう。」
神山姉妹は、緑にそういわれて認識できるようになったのか、二人で顔を真っ赤にしてだいぶ混乱していた。双子で容姿がそっくりでも、こういうところで違いがあるのだなあ。一人で自爆して混乱している姉の幸恵に対して、その姉の様子を伺いつつ姉に縋ろうとする妹の福恵の様子は、姉妹の中の良さがうかがえるものだった。
「あらあら、鈍感だったのは神山さんたち自身もだったみたいね。それじゃ、直人だけを責めるのも酷というものかしらね。経験者として言わせてもらうと、さっさと現状を受け入れて、自分の気持ちを自覚して、覚悟を決めてしまった方が楽になれるわよ。直人のハーレムにようこそ。まあ、長い人生、一生の付き合いになるのだから、仲良くしていきましょう。」
緑は、紅茶に口をつけると、神山姉妹の様子を見て楽しんでいるようだった。
「直人、私のことを正妻として一番に優先してくれるということでいいのよね?」
「はい。本命はあなたです。」
「あなたも生産性のない揉め事を起こしたくないでしょう。神山さん達も、序列は守ってね。私は、使い魔ではないからわからないけれど、何か主人である直人に対していろいろ制約がありそうね。直人もそれなりに責任を取ってあげないとダメだよ。どうせあなたのことだから、複数の女の子から好意を向けられたら優柔不断で一人を選択できなかったでしょうね。」
しばらくして、神山姉妹は、やっと再起動できたようだ。
「ご主人様は酷いよね。あきらめて忘れていた気持ちをこんな形で拘束するなんてさ。」
「そうね。去年のバレンタインデーに、私と福ちゃんが義理チョコだと偽って本命チョコを渡しても、本命だと気が付かないほど鈍感だったものね。」
「姉さん、それは無理だよ。奥様に片想いしていたけれど、今まで他に告白して来た女の子もいなければ、モテたこともなかったんだからさ。」
「それは、私たち二人で排除してきたのだから仕方ないじゃない。まさか他に本命がいて、高校に進学したら、本命だった奥様に独占されるとは思いもよらなかったもの。」
「もっと早くに、きちんと告白していれば違った結果になったかもね。」
「奥様、そんなことを言っても、ご主人様が優柔不断なのは知っているでしょう。姉さんと私との間に挟まって、選択できなかったでしょうね。」
ちょっと気になったので聞いてみた。
「気になったのだけれど、ご主人様とか奥様って俺たちのことを呼ぶのはどうして?」
「使い魔としての制約なのかな。自分の上位者としてご主人様とか奥様を認識していて、意識していてもそう呼んでしまうのです。」
「他に何か変わったことはある?」
「体型が少し変わったかな。ウエストのサイズが減って、体重が減ったのはいいけれど、バストがCカップだったのがBカップに縮んだ。」
「そうねえ。縮んだら垂れそうなものだけれど形は変わっていないのよね。」
「それね。小緑の場合には人化のスキルを得て緑そっくりの容姿になれるようになった。同じように緑を基準にして体型が補正されたのかもしれない。」
「……」
「……ウエストのサイズはともかく、DカップがBカップに縮んだのは返して欲しい。」
「あなた、姉の私よりカップサイズが大きいって自慢していたものね。良かったじゃない。これで仲良くお揃いよ。」
「良くないです。」
だんだん姦しい話になってきたのは良かったのだが、しばらくして幸恵が爆弾を落とした。
「ところで、ご主人様には、私たちの実家の跡取り問題で、大学で神職の資格を取ってもらいたいです。お妾扱いなのは何とか親を説得するにしても、私たちの父親が宮司を引退したときに後を継いでくれる人がいないと困るのです。そうだ。お二人は教職志望でしたよね。国語や公民などの文系教科の教科担当の教員資格を持つ神職は多いので、4人で皇學館大学に進学しませんか。國學院大學ではないのは、この地域の神社の派閥的なものですね。」
「姉さん、それがいいわね。ご主人様が教職志望なのは聞いていたから、迷っていたところがありますしね。資格さえ持っていてくれれば、休日と男手が必要な時だけ子供の養育費代わりに無償奉仕してもらえれば、私たちで何とかなるでしょうしね。それに、無償奉仕ならただの宗教活動なので、届け出は必要かもしれませんが副業にはなりません。うちでやっている学習塾の講師でもいいしね。」
「あの俺の意思は……」
「「それくらいの責任は果たして欲しいのだけれど。」」
緑に救いを求めたが、自分でどうにかしろと素気無かった。
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