第34話 神山姉妹の事情

 1月2日、俺は、背中に疾病次郎のイラストと飯縄神社という文字が白抜きされたブルゾンを着て、飯縄神社の境内で清掃員をしていた。神山姉妹の両親に頼まれて無下にはできなかったからである。

 夢空間で、両親が俺と緑に会いたがっているので、時間が早くて申し訳ないけれど朝6時に飯縄神社の社務所まで来て欲しいと幸恵から言われた。時間については、正月の神社で忙しいから仕方ないと思って、了承した。でも、のこのこと出かけていったのは間違いだった。昨日のうちにダンジョンの第1層で起きた事情を娘達から説明されたそうで、神山姉妹の両親には娘を助けてくれてありがとうと大変感謝された。小学生の頃から、気になる男の子がいると言って名前だけは娘から聞いていたそうである。緑も小中学生時代の俺のことを聞いて世間話をしていた時には話に乗ってきていた。雲行きがおかしくなってきたのはその後で、昨日のテロ騒ぎの影響で助勤に来てくれていた学生が何人か急に辞めてしまったそうである。人手不足で困っているので助けて欲しいと三拝九拝して頼まれてしまった。結局、緑は白衣緋袴の姿で授与所で販売員をして、俺は境内で清掃員として、お焚き上げにする古いお飾りやお守りなどの回収をしていた。

 清掃員なんて楽なものだと思っていたら違っていた。お焚き上げにするにもビニールやプラスチックなどの石油製品を分別収集しなければならないので、元は縁起ものだったゴミの山を相手に奮闘することになったのである。ビニールやプラスチックなど不燃物は産業廃棄物として分別して集積所に集める。その他の金属や石の類についても別途に産業廃棄物として分別して集積所に集める。木材や紙、布などの可燃物については、お焚き上げの会場に持ち運んで山に積み上げる。産業廃棄物として分別したものはお祓いをしてから産廃業者に処理を委託するそうだ。お焚き上げにする可燃物については、一定量集まると、氏子でもある自主防災組織の消防団の立ち合いの下でお祓いをしてから焼却する。焼却するには量が多すぎる部分についてはお祓いだけして他と同じように産廃業者に処理を委託するそうだ。今日だけでも軽トラックにして6台分以上の量を処理することになる。結構体力勝負である。手が空いても、境内のゴミ集めが待っている。


 13時になって、佳恵さんという先代宮司の奥様から昼食を誘われた。社務所に行くと、幸恵と、福恵に販売員を代わってもらった緑が昼食を摂りに来ていた。

「緑ちゃんに直人君だったかしら、今日は急なお願いに応じてくれてありがとうね。」

「俺も緑も、お人よしですから、頼まれると断れないところがあるんですよ。」

「幸恵と福恵は友達ですから、気になさらずに。」

「でも、亡くなった恵美のお孫さんにこんな形で会えるとはねえ。あなたたちの父方の祖母の恵美は私の姉なの。恵美が親が決めた縁談を断って、相場和人さんと駆け落ちした関係で親戚付き合いはあまりしていなかったの。結局、神社は私が代わりに婿を取って継いでもらったのだけどね。当時は姉が羨ましかったねえ。私の夫は、優しくて誠実ないい人だから不満はないのだけどね。あなた方の年頃って、恋に恋するところがあるでしょう?」

 佳恵さんは、祖父と祖母の若い頃を話してくれた。

「お母さん、そんな古い話をされても迷惑よ。」

 幸恵と福恵の母の静恵さんが話の途中で入ってきた。

「俺と緑も別居していたせいか、祖父と祖母のことはあまり知らないので、ありがたいですよ。」

「それなら、志保先生と美保先生も、お元気かしら。志保さんとは高校時代に文芸同好会で一緒だったのよ。志保さんとは参観日なんかでお会いしたことがあるけれど、美保さんとはもう何年も会っていないわねえ。」

「世間は狭いですね。今年はリモート授業で大変だったようですけれど、おかげさまで元気にしています。」

「母親としては、娘達から多少話を聞いているからちょっと微妙なのだけれど、娘達とは仲良くしてね。家を継ぐつもりなら、自由に恋愛が出来るのは学生の内ぐらいだろうからね。卒業すれば後継者をどうするんだと氏子さんたちが騒ぐだろうしね。」

「母さん、余計なこと言わないで。一番じゃないけれど私と福恵も大事な友達だって受け入れてくれたから、今はそれでいいの。」

「そうなの?あんなに不平を言っていたのに、ずいぶん仲が良くなったのね。直人君も緑さんも、今日はお願いを聞いてくれてありがとう。これからも宜しくね。あなた方のご両親にも久しぶりにお会いしたいし、宜しく伝えておくわね。」

 佳恵さんと静恵さんは、仕事があるからと去っていった。

「幸恵、あなた、私と直人のことを話したの?」

「昨夜のことは何も話していないよ。話しても、信じてもらえないでしょう?」

「そうね。私たちも過程の前提をすっ飛ばして、結論である内縁の夫婦関係だけを認めてもらったからね。」

「だけど、今まで長年にわたって、直人とのことは学校であったことはよく話したわね。緑のことは、勝つべき相手としてよく話をしたわね。でも、悪口は言っていないから安心して。」

「あまり付き合いがない人が、自分のことを知っているのって微妙な気分ね。」

「緑、母親に学校であったことを話すのは珍しいことではないでしょう?」

「幸恵と福恵は、私に意地悪してくれたものね。」

「ごめんなさい。だって、悔しかったのだもの。」

「同じ調子で小学校、中学校と意地悪されたり、厄介ごとを押し付けられたりされてきた俺の身にもなってくれ。」

「だって、直人君って気になって仕方ない存在だからいろいろ誘ったのだけれど、付き合いが悪くて付き合ってくれないし、私たちのこと邪険にするから、仕返しをしていただけなんだけど。」

「それで悪い意味で腐れ縁になっていたと……直人が苦手意識持つのもわかる気がする。」

「緑も自分のこと棚に上げるな。」

「私にはそれなりに付き合いが良かったから、邪険にされたことはなかったでしょう。快く協力してくれるように扱うの結構大変だった。でも、そう言われると最近甘え過ぎていたのかもしれない。」

「嫌なところで、緑と幸恵と福恵の3人は似たところがあるな。緑はバランス感覚が器用な分だけ得をしているところがある。」

「私と神山さんたちのどこが似ているっていうの?」

「思い込みが激しいところなんかそっくりだよ。だからこそ同じレベルで喧嘩にもなるのか。俺としては、喧嘩しないでもらいたい。」

「直人が面倒ごとを増やしたのだから、直人が苦労するのは、仕方ないでしょう。私自身のためにも応援してあげるから、何とかして。」

「あまり都合がいい女にはなりたくないけれど、私は私の居場所が確保できるなら、直人の一番でなくてもいい。だから皆で幸せになりましょう。」

「直人は責任重大ね。」

「話をすることは必要だけれど、話すだけでは足りない。直すべきところは直しますので、お互い協力しましょう。」

 俺は不安になりつつ仕事に戻った。


 夜7時に仕事が終わって緑とともに帰宅すると、母たちの準備により緑の家との合同の宴会が始まるところだった。

「神山さんの所に行っていたのでしょう。遅かったところを見ると、手伝いをしてきたのかしら。」

「人手が足りないとかで、一日中裏手で掃除していた。美保さん、緑の巫女姿は綺麗だったよ。メールで送るね。」

「あそこの家も大変なのよね。幸恵ちゃんと福恵ちゃんといったかしら、飯縄神社の跡取りについても氏子のお年寄りがうるさいでしょうからね。」

「幸恵と福恵は、自分で神職になるつもりだそうだよ。」

「確かに女性の神職も増えてはいるけれど、宮司を継ぐとなるとやっぱり男性が求められるし、そうなると婿取りということになる。」

「私の娘がいるから、直人君なら大丈夫でしょうけれど、トラバサミのように都合がいい男を探しているはずだから気を付けてね。娘との交際を許したからには、娘を泣かしたら覚悟しておくことね。娘が悲しむ姿を見たくないの。」

「巻き込まれたら、相談しなさいね。静恵さんとは昔馴染みだし、力になれるわよ。」

「さっそく、緑と幸恵と福恵とで痴話喧嘩して巻き込まれてきました。幸恵と福恵とは、小学校、中学校と同じだったけれど、意地悪されたので苦手だった。けれど、俺が鈍感だったので理解していなかっただけで、双子の姉妹で俺を取り合った結果だったらしい。そこを緑に奪われた形になったものだから、緑に対しても風当たりが強くなって、距離を取っていたのだけれど……昨日の騒動でやっぱり諦めきれないと言って、三つ巴の喧嘩をして間に挟まれた俺が大変というのが現状です。」

「直人は私を選んでくれたのに、図々しい。」

「一人一人は、美人でとてもいい子なのだけれどね。三人とも、頑固で諦めが悪くて、思い込みが激しいところがそっくり。男の趣味まで同じだったようだ。俺のどこがいいのだか。」

「緑から見れば又従姉妹ですもの、多少は似ていてもおかしくないわよ。」

「直人がしっかりしなければダメよ。中途半端にすると誰も幸せになれないからね。」

「あなたたちの祖母が祖父と駆け落ちした関係で、相場家は氏子の皆さんからは裏切り者扱いされているから、大丈夫でしょう。」

「そうはいっても、付き合いが長い友達なので扱いに困っている。」

「静恵さんからの伝言で、落ち着いたら、久しぶりに母さん達に会いたいそうです。」


 緑がいるところで親に相談したことではっきりしてきたことがある。


 一つは、緑が俺の前でいい女であろうとして、いろいろため込んでいるということだ。彼女にしてみたら、俺に対してプライベートな時間なんてものはない。起きていても寝ていても逃げる場所がないのだ。その状態で自分を抑え込んでいい女であろうとすれば、いつ暴発してもおかしくなかろう。もともと情が篤いうえに、嫉妬深くて、独占欲が強い傾向があるのだからなおさらだ。ため込んだものを一度全部吐き出させた方がいいかもしれない。たぶん俺の記憶を覗き放題でなかったら、詰問されてとっくに暴発していてもおかしくない。刺されないといいなあ。


 もう一つは、幸恵と福恵の方にも問題があるということだ。妹の福恵の方は、最悪の場合、姉に全部背負わせて逃げてしまおうと思っているところがあるように見える。一方で、姉の幸恵の方は、責任感が強くて、我慢してしまっているところがある。そんな状況で、使い魔として従属的なパートナーになってしまったことで、俺以外の相手と男女の関係になるという意識そのものが消えてしまった。使い魔としての意識の拘束が、人生の選択の幅を狭めてしまっている。使い魔となってしまった彼女らを人間に戻す方法はない。他人から見れば、彼女たちが俺を拘束しようとしているように見えるだろうが、実際には俺が彼女たちを拘束してしまっている。人間としての社会的柵を捨ててしまい小緑と同じく単純な使い魔としてだけ生きるだけなら楽にはなれるだろう。でも、そうすることで、せっかく命を救えたのに、人間関係やこれまでの人生を失うようなことはさせたくない。人間として自由に生きようとすればするほど、意識の拘束が重くのしかかってくるのだ。


 そうかと言って、俺がすべて背負い込むのにも無理がある。どうしたらいいものか。俺の前途は多難だ。



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