第25話 貧乏籤を引いてしまった人たち

 文化祭において生徒会が果たしている役割は多い。

・予算管理

・資材の割り当て

・学校施設の使用割り当て

・地域への広報

・部および同好会の利害調整

・学校紹介企画

・来賓対応

・その他雑用

 これらを生徒会長、副会長、書記、会計の4名で運用することになる。建前としては、各クラス2名のクラス委員を作業人員として使えることになっているが、文化祭においてはクラス委員自身が部および同好会側の主要作業者になっていることが多く使えないのである。市立飯縄高校では、クラス委員は雑用係と言われているが、クラスの雑用係をしているような立場であれば、部活でも雑用係になっているのが実態だ。中には部員を率いてリーダーシップを示しているリーダーもいるが、クラス委員になるような生徒はそういったリーダーの下でマネージャー的な雑用をこなしていることの方が多いのだ。

 雑用係の中の雑用係……それが我が校の生徒会の実態である。他所では、模範的生徒の集まりとか、成績優秀者の集まりなどとイメージされているかもしれないが、処世術で面倒ごとを躱すことが出来なかった人材の巣窟でしかない。

 そんな生徒会に白羽の矢を立てられた新たな犠牲者がいた。そう、俺と緑である。

 緑が仕事を頼まれて、俺が実際の作業をするというのはよくあることだが、コンテンツ同好会連合の雑用で生徒会に手続きに行ったら、それに関係する雑用を押し付けられたのである。展示用の教室の割り当て申請に行ったら、どうして俺たちで教室の割り当てを全部管理することになるのだ? 展示用暗幕の使用申請に行ったら、どうして展示用暗幕の貸し出し管理をさせられるのか? 一事が万事、そんな感じで仕事を押し付けられているのである。先日の生徒会からの原稿依頼にしても、文化祭で販売する同人誌を発行するのに手続き的に生徒会の許可がいるので申請に行ったら、依頼されたのである。

 生徒会長は口だけは達者だから、緑がいつの間にか仕事の依頼を了承してしまっている。緑さん、隣でニコニコしているけれど、俺たちには同好会の方の仕事もあるのだよ。


 お隣の県立飯縄高校が集団行方不明事件で壊滅して、文化祭の開催を中止した方がいいのではないかという話が聞こえてくるようになった放課後に、生徒会書記の太田裕子先輩が図書準備室にやってきた。同人誌の挿絵を納品に来た工藤弘六と倉田純一が入れ替わりで逃げるように図書準備室から出ていった。

 太田先輩は、図書準備室にある自分の席でパソコンを操作していた緑の所につかつかとやってきた。太田先輩は背が低いから、椅子に座っている緑の視線の高さと、立っている太田先輩の視線の高さが同じになっている。姿勢が良いためか、リクルートスーツ風の制服なので比較的目立ちにくいはずなのに下から押し上げているものの大きさがよく目立つ。銀縁眼鏡にシニオンにまとめた髪が学生というより20代のOLのといった雰囲気を出していた。目で追っていたら、緑の目が鼻の下を伸ばすなと言っている。

「緑ちゃん、この間の原稿はありがとうね。大変だったでしょう。」

「いえいえ、相場君が手伝ってくれたので、それほどでもなかったですよ。」

「ここなら、卒業アルバムもあるし、歴代の生徒会がまとめた資料もあるし、卒業生による後援会がまとめた同窓会誌もそろっているから、原稿をまとめやすかったでしょうね。」

「だいたいの資料はここにありますからね。」

「コンテンツ関係だけでなくて、エンターテイメント関係とか学術関係など他の分野も他の子がまとめてくれたの。せっかくまとめてくれたので、創立100周年記念誌に掲載する前に、文化祭の学校紹介企画で展示しようと思っているの。」

「それはいいですね。」

「でも、緑ちゃんたちの原稿はよくできていたのだけれど、他の分野のチェックが甘くてね。同窓会誌の記事と整合性を取る必要があるの。」

「……」

「私とお友達に手伝ってもらって、この部屋で作業するのだけれど、場所をお借りしてもいいかしら?」

「いいですよ。」

「良かったわ。緑ちゃん、私達、お友達だよね。私が困っていたら手伝ってくれると言ったよね。私としても、彼氏と仲良くデートしているところをお邪魔したくないの。ということで、緑ちゃん、お願いね。あと、展示をするからB0模造紙10枚ぐらいに書き出してね。領収書を持ってくれば紙代は払うから。」

 太田先輩は、俺の手を胸元で抱きしめて、「相場君もお願いね。」というと、何か言われる前にとそそくさと逃げていった。

 緑が、太田先輩が掴んでいた俺の手をつかみ取ると、同じように胸元で抱きしめてきた。

「直人、鼻の下が伸びているわよ。私の目の前で、あれは、ないでしょう。」

「緑さん。落ち着いてね。」

「先輩にこんなことされて嬉しかったんだ。顔が赤くなっているよ。」

「現在進行形で、緑がそんなことしているからだって。」

「問答無用。上書きしてやる。」

 緑が暴走するのって、俺と緑の関係に何か足りないものがあるのだろうか?

「緑、お前が暴走しているうちに先輩に逃げられて、また仕事が増えたぞ。どうするんだ?」

「資料をチェックするのは、二人でやれば、今日と明日ぐらいでできるよね。模造紙に書き出すのは、あそこでやれば一晩で終わるでしょう?」

「それじゃあ。同好会の方はどうするんだよ。」

「来週にならなければできない作業もあるし、直人がいれば、何とかなるでしょう。」

「……」

 緑はニコニコと疑うということを知らないかのような微笑みを向けてくる。狡いと思う。

「少しは付き合わされる俺の身にもなってくれ。」

「直人のおかげで、あなたのことは、全てわかっているつもりだよ。」

「……何が嫌なんだろう?」

「無理は言っていないはずだよ。私の掌の上で踊らされているような拘束感が嫌だというならあきらめて。お互い様だからね。二人でなら何でもできるでしょう。」

「それはまた別の機会にでも時間をかけて確認するとして、先輩たちに何か弱みを掴まれているのか?」

「大したことないよ。ちょっと頭の中ピンク色になって惚けているところをうまく誘導されているだけ。強いて言うと、あなたが悪い。スキンシップを取るのはいいけれど、他人の目があるところではもう少し距離を取ろうね。あと私があなたの携帯とか荷物の中身をガサ入れしているのを見られたとかだね。」

「……ガサ入れって」

「今は、好きな時に好きなだけあなたの頭の中を調べられるからそんなことはしていないよ。必要ないもの。あなたを拘束する必要もないし、嘘を吐かれることもないから便利ね。あなたがしたことも、あなたが嫌がることも、あなたがしたいことも、私にして欲しいことも全部わかるもの。私がして欲しことを自主的にしてくれるように誘導するのは、ちょっと大変だけれど、やりがいはあるわね。」

「言葉にされると、違和感があるな。普通じゃないから当然なのか。」

「でも、そのことに安心して暴走してしまうことはあるから、直人、その時は優しく叱ってね。」

 自業自得なのだが、緑は、十分すぎるほど病んでいたようだ。言わば、手札をすべてオープンにした状態でトランプゲームをしているようなものだ。足りないとしたら、未知だからこそあるワクワク感が足りないのだろう。すべてを知ったうえで信用して純真な目を向けてくれる彼女と仲違いするようでは、人でなしだな。


「仕事が増えてしまったのは仕方ないから、さっさと済ませてしまいましょう。今夜も、あの夢空間で過ごす時間が長くなりそうね。」

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