第24話 かつて学生だった人たち
図書準備室の書架には、歴代の先輩たちが残した同人誌や映像資料も保管されている。現在まで続く『創作研究の森第0-49号』、『飯縄文芸の森第0-59号』、『飯縄幻想の森第0-32号』、『銀河の森第0-49号』、『学園の恋第0-39号』の他に、『飯縄文芸の森』の前身となる『飯縄文学の森第1-20号』を含めて300冊近い同人誌が保管されている。映像作品も昭和40年代ぐらいからの8mmフィルムによるものや昭和60年代ぐらいからのビデオテープ、平成になってからのビデオディスクで保管されている。何年か前に紙資料はPDFファイルとしてスキャンして、映像資料の方も動画ファイルとして、電子ファイル化されて保存されている。
放課後になって、角川先輩にチェックしてもらった原稿を整理していたら、これら人たちが在学していたころの作品が気になった。とりあえず、母たちが在学していた2000年代前半あたりが面白そうと見当をつけてみた。
「直人、せっかく角川先輩が一晩でチェックしてくれたのに、私たちが時間をかけたら意味ないじゃないか。」
「いや、俺の分の指摘事項の反映は終わっているよ。緑の方は、どうなんだ?」
「私の方も終わった。直人が確認して、ファイルを併合して、メールで提出すれば終わり。」
「共有フォルダのこのファイルか。俺のを新しいファイルにコピーして、コピーしたファイルを開いて、緑の分を後半にコピペしてと……。生徒会長にメールすれば……OK。終わったよ。」
「いったいそんなに熱心に何を見ていたのさ。」
「昔の同人誌。佐野志保『遺伝子の悲劇』、鈴木美保『メゾピアノの恋』、相場隼人『プラナリアの悩み』とかね。」
「母さん、ブラスバンド部だったのに、趣味で小説も書いていたからなあ。お父さんが小説を書いていたのは知らなかった。」
「隼人先生の方は、生物部の同人誌として、『プラナリアの観察日誌』なんてのも残っているよ。」
「志保先生は何を書いていたの?」
「どれどれ。」
「……」
「……」
「これ、固有名詞とか設定をいじって誤魔化してあるけれど、たぶん『機動戦士ガンダムSEED』あたりの二次創作じゃないか?」
「確かに、時代的にもそんな感じがするねえ。」
「あなたたち、まだ学校にいたの。」
「志保先生。」
予想外に時間が経過していたらしく、図書室の閉館確認をしに来た母が表れた。
「先輩たちの昔の同人誌を読み始めたら止まらなくなってしまって、今、二人で佐野志保『遺伝子の悲劇』を読んでいたところ。」
「子供にはあまり読まれたくはないものね。自分自身の、若さ故の過ちというものを。」
「やっぱり、黒歴史的作品なんだ。」
「美保と隼人さんが付き合い始めた頃で、隼人さんに尚人を紹介してもらった頃に書いたのかな。ちょっと頭の中がピンクになっていて、暴走していた頃ね。」
「もう少し硬派だと思っていた。」
「私もそうだけれど、尚人も、隼人さんも、美保さんも、現役で小説投稿サイトに投稿している。一度も書籍化なんてされていないし、仕事の関係もあって短編ばかりだけれどね。4人で飲み会する時なんか、お互いの作品の評価を酒の肴にすることもある。でも、書籍化されるまでは子供にはアカウントを教えないという約束になっているから勘弁してね。」
「志保先生の学生時代ってどんな感じだったの。」
「そうねえ。緑ちゃんみたいな感じよ。」
母は、書架にあった卒業記念アルバムの内の1冊を取り出すと、あるページを開いた。
「林間学校の時の写真だけれど、これが私で、その隣が美保と隼人さん。緑ちゃんは、この頃の美保にそっくりでしょう?」
「こんな可愛い子が18年経つとこうなってしまうのか?」
「直人、母さんはまだ30代後半なの。まだまだ若いの。口は禍の元って覚えておきましょうね。」
母に拳で頭をぐりぐりとされた。緑にもあなたが悪いとじろりと見られた。
「ごめんなさい。」
「あの頃、コンテンツ研究部がオリジナル作品派と二次創作派の派閥争いでもめていてね。結局、文化祭の展示でもめて空中分解して分裂したのだけれど、何の因果か、少なくなったオリジナル作品派をまとめて文芸同好会を立ち上げたのが私なの。メンバーが少なくなってしまったものだから協力者を探していたら協力してくれたのが隼人さん。その隼人さんが同好会の運営に困っていた私に紹介してくれたのが尚人で、それをきっかけに交際始めたの。高校を卒業して、子育てしながら教師になって、何度か転職したのちに母校に帰ってきて、創設にかかわったOGだからと顧問に就任して現在に至ると。古い同人誌を電子ファイル化するのは大変だったわ。」
「これだけの数があればねえ。」
「隼人さんが美保さんと交際始めたきっかけも、隼人さんがブラスバンド部を舞台にしたラブコメを書きたくて、ブラスバンド部に所属していた美保さんに取材したのがきっかけだった。ちょっと前にアニメ化された武田綾乃の『響け! ユーフォニアム』のシリーズは知っているわね?隼人さんはあの原作を読んで、俺にはこんな話は書けなかったって悔しがっていたわ。同じようなネタで似たような設定で、似たようなシチュエーションで、自分より上を行った作品が出てくるなんて、よくある話だからね。」
「パクられたと騒いで、事件を起こすような人もいたけれど、ああはなりたくないね。もっと良いものが書けなかったのが悪い。負けは負けだ。」
「隼人さんに触発されて、美保さんも書きたくなったっと言って書いたのが、同じ本に掲載している『メゾピアノの恋』なの。緑ちゃんの両親の青春といったところかな。」
「ちょっとだけ見たけれど、母さんらしい文章だった。」
「でもね、あの頃は、好きな人と一緒にいるだけで幸せだったな。あなたたちも、今を楽しみなさい。楽しい時間は短いの。でもね、お願いだから、孫ができるのは、少なくともあなたたちが大学生になってからにしてね。一応、私達にも、教師としての体面というものがあるの。予定では社会人になってからと言っていたから大丈夫だとは思うけれど……」
「直人、大丈夫よね?私は、あなたに迫られたら拒める自信がないからね。」
「決まった相手がいて、いい関係なのに焦る必要あるのか?」
母は、俺たちの返答を疑り深く聞いていた。
「ついでだから聞いておくけれど、同好会の方はどうなっているの?」
「文芸同好会の関係だと、『学園の恋第40号』の校正が来週からになるけれど、他は挿絵の納品待ちです。展示の方は例年と同じなので、問題ないです。人員的には最後まで作業するのは、俺と緑だけで、他のメンバーは他の同好会にヘルプに入ることになる予定です。」
「順調ならいいの。あと、途中で9月度の定期試験があることも忘れないでね。」
「志保先生、直人には私がしっかり勉強させますので、安心してください。」
「そうね。あなたたちがこのまま法律婚もするつもりなら、あなたにとっても他人ごとではないものね。どうせ共働きになるでしょうから、あなた自身の勉強も忘れないようにしなさい。」
「はい。直人と同じ大学を卒業したいので。」
母にも、緑にも、俺は信用されていないようだ。まだ、期待されているだけましなのだろう。
帰宅しようと片付けを始めた時に、小緑から念話で話しかけられた。
「ご主人様、たった今、近くに宝箱が出現しました。注意してください。」
俺は辺りを見回した。書架の奥に、いつもは何もない場所に宝箱が出現していた。
「母さん、いや志保先生、小緑から警告されたのですが、書架の突き当りに宝箱が出現しています。至急、撤去した方がいいでしょう。」
「あら、確かに知らないものがあるわね。あなたたちの悪戯ではないのよね?」
「こんなことで冗談は言わないよ。つい先日、俺たちは宝箱に巻き込まれて大変な目に遭ったばかりだよ。万が一にでも同級生たちが巻き込まれたらたまらないよ。」
「あなたたちは先に下校しなさい。少し遅くなると思うから、夕食の準備をお願いね。」
母は、すぐに教頭に報告して、校長の了解を取ったうえで、父に連絡を取って、宝箱をダンジョン内の人が行かない場所に破棄してもらった。残っていた教師で校内に他にも宝箱が出現していないか探索したそうだ。
市立飯縄高校の近隣にある県立飯縄高校では、悲劇が起きていた。学校を休んだり早退していたりした数人を除いて、校内にいた全生徒及び全職員が行方不明になってしまったのである。生徒が帰宅しないことを心配した保護者が学校に行ってみたら、そこには誰もいなかった。教室の机には教科書とノートが広げらえており、黒板の板書も書きかけの状態で残っており、学校内にいた人間が忽然と消えたとしか言えない状況になっていた。一番可能性があるのが、ダンジョンによる捕獲である。文科省は、前日に近隣の市立飯縄高校で宝箱が出現していたこともあって、全国の学校で宝箱が出現していないか調査をするように通達を出した。
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