第26話 気が付いたらレールを敷かれていた

 9月度の定期試験では、主席は緑で変わらなかったが俺は何とか2位になった。英語のスペルミスによる減点が恨めしい。

 今週末には文化祭という段階になって、俺と緑の担当作業はほぼ終わっていた。あとは前日の展示設営作業と販売する印刷物の実物のチェックぐらいである。

 コンテンツ同好会連合の展示は二つの教室を使って、片方が動画の上映会で、もう片方が同人誌の販売と4つの同好会の成果報告と企画展示なっている。成果報告については、各同好会でB0模造紙1枚にまとめたもので作成済み、企画展示の方は二次創作組を中心に2年生の方で作業をしていたので、詳細は分からなかった。

 作業が終わって良かったと思っていたのは、新たな作業を割り当てていなかっただけであった。俺たちの知らないところで、2年生同士で取引が行われたらしく、クラス委員だからと俺と緑は生徒会に貸し出されてしまった。放課後になるたびに俺と緑がいる図書準備室に、書記の太田裕子先輩と会計の佐川博美先輩がやってきて、2年の先輩たちには話が通っていると言って、生徒会側の準備に駆り出された。一言、本人たちに相談してくれてもいいと思ったのだが、太田先輩に反論された。

「あなたたち、クラス委員でしょう?」

「クラス委員というだけなら、1年生だけでも俺たち以外に14人もいますよね。」

「練習時間が欲しい運動部だったり、弱小の同好会の主要メンバーであったりすることが多いから、文化祭では使いにくいのよ。それにコンテンツ同好会連合は実質的に一つの部だから人員の融通もつけやすい。」

「文化祭の前から、いろいろ頼まれていた気がしますけれど。」

「あなたたち、放課後にいつも同じ場所にいるから捕まえやすいのよ。」

「それは酷いですね。」

「ぶっちゃけると、緑ちゃんは、煽てたり揶揄ったりすると、仕事を頼みやすいの。成績優秀で、先生方の受けもいいし、教師の中に親御さんもいるしね。多少無理を言っても、あなたのフォローがあるでしょう。仕事も早くて成果もいい。あなたたちに頼めば、無駄な作業をしなくて済むの。」

「緑は、俺と一緒に作業するなら喜んで引き受けるでしょうが……」

「あの子のことは、あなたが一番知っているでしょう。あなたは表に出たがらないでしょうけれど、あの子は人に頼られて、感謝されることが好きなのよ。」

「……」

 太田先輩は、俺の両手を取って合わせさせると、その上から両手で包み込んできた。

「この際だから言うけれど、緑ちゃんとあなたには、来期の生徒会に参加して欲しいの。」

「俺たちがですか?」

「他に誘えそうな人いないからね。私も嫌だけれど、他に立候補する人がいなければ、来期は生徒会長をしなければならないのよ。」

「大変ですね。」

「あなたたちが引き受けてくれれば、とても助かるの。お願いできない?」

 太田先輩と俺はお互いを見つめて、ため息を吐いた。そこに何を勘違いしたのか緑が割り込んできた。

「太田先輩、これは私のです。取らないでください。頼み事なら直人に頼むだけ時間の無駄です。仕事なら私に言ってください。それで、何を話していたのですか?」

「緑ちゃんに、生徒会役員をやってもらえるように緑ちゃんを説得して欲しいってお願いをしていたの。」

「わかりました。私と直人で生徒会役員でも何でもやりましょう。太田先輩と佐川先輩はサポートしてくれるのですよね。直人、仕事はいくらでもあるの。こんなところで油を売っていないで早く来なさい。」

「助かるわあ。緑ちゃん、私が書記で、博美が会計として、あなたをサポートしてあげる。生徒会長を宜しくね。」

「緑、ちょっと待ってくれ。」

「助かるわあ。緑ちゃん、相場君、宜しくね。」

「早く来る。」

「おいおい、俺の話を聞けって、手遅れになる前に。」

「問答無用。」

 緑は、図書準備室に俺を連れ込むと、俺を正座させた。

「直人、正座。釈明は聞く。」

「緑さん、あなた、頭に血が上って状況が見えていないでしょう。」

「わかっているわよ。直人、ちょっとぐらい胸が大きくて、年上で大人の雰囲気があるからって、尻尾を振っているんじゃないわよ。」

「落ち着けって。」

「どうしたら、太田先輩と直人が手を握り合って、見つめ合う状況になるというのよ。」

 俺と緑はしばらく睨み合った。嫉妬に怒り狂っている緑を説得するのに骨が折れたが、やっと話が出来そうになったので検証を始めた。

「だから、一緒に太田先輩との会話を検証してみようか。」

「まず、同好会の先輩たちが俺と緑をバーター取引で人手不足の生徒会に売り渡したんだよ。」

「そうね。それで太田先輩に事情を聞きに行ったと。」

「裏事情として、太田先輩が生徒会長になるので、俺と緑に生徒会役員になって欲しいということだ。」

「予想される範囲ね。それで直人は断ろうとして、太田先輩は断らないで欲しいとお願いしていたと。」

「そこに緑が、飛び込んできて、生徒会役員をやると啖呵を切ったわけだ。」

「そうね。書記か会計なら頼まれたらやるつもりだったからね。」

「で、もともと生徒会長なんてやりたくない太田先輩が話をすり替えて、緑が生徒会長に立候補して、太田先輩がサポートすると言ったんだ。」

「え、来年、生徒会長に立候補するつもりだったけれど。」

「来年ではなく、今月の生徒会長選挙で、緑が生徒会長に立候補するという話にすり替えられたんだけど。」

「え、何それ。そんなの無理だよ。」

「ついて行ってやるから、話を訂正してこい。」

「それは酷いよ。太田先輩に、また話をすり替えられた。」

 そこに、俺の母である志保先生と、緑の母である美保先生がやってきた。

「あなたたち、何をしているの?」

「太田裕子さんが、緑と直人君が派手に痴話喧嘩しているから止めて欲しいって、私たちを呼びに来たのよ。」

「どうせ直人が悪いんでしょう。緑ちゃんに謝りなさい。」

「直人は悪くないの。太田先輩に直人が手を握られて見つめ合っているのを見たら、頭に血が昇っちゃって……」

「緑ちゃんは思い込みが激しいところがあるからね。緑ちゃんのことは直人が一番わかっているはずでしょう。」

「直人君、この子と付き合うと決めたのなら、そういうことも注意しなきゃダメでしょう。」

「ご心配かけました。やっと緑も落ち着いてくれて、話ができるようになりました。」

「じゃあ、仲直りできたのね。」

「お母さん、伯母さん、騒ぎを起こしてごめんなさい。」

「母さん、叔母さん、ご迷惑かけました。もっと緑をしっかり支えていきたいと思います。」

「いつも二人でいれば、喧嘩することもあるわね。」

「緑、直人君を好きなのはわかるけれど、あまり自分に縛り付けすぎると長続きできないわよ。」

「それだけは嫌。直人、ずっと一緒にいてくれるよね。」

 緑は俺を背中からがっしりと抱きしめた。

「ずっと一緒に居られるように一緒に努力しような。」

「直人、緑ちゃんを大事にしてあげなさいね。」

「でもね。緑、教師としては、生徒が男女関係で騒ぎを起こすのも困るの。反省してね。」

「ごめんなさい。」

 緑は、しゅんと項垂れた。

「ところで、緑ちゃんは生徒会長に立候補することにしたんだって?」

「直人君を副会長にして頑張るって意気込んでいたそうね。」

「直人、しっかり支えてあげなさい。太田さんは、以前から生徒会長なんてやりたくないって、何人かの先生に相談していたのだけれど、他にやってくれそうな子がいなくて困っていたの。」

「緑、来年、立候補するって言っていたよね。大丈夫なの?」

「そのことですが、太田先輩に生徒会役員になることを依頼されていたのですが、その様子を見た緑が俺が浮気していると疑って、生徒会役員でも何でもやってあげるから俺を返せって癇癪を起して啖呵を切ってしまったんです。」

「それは緑ちゃんが悪いわねえ。太田裕子さんが、やる気がある後輩がいて助かったって喜んでいたわよ。言ったからには、守らなきゃね。」

「直人、助けて。」

「生徒会長に立候補するかどうかは別として、緑が生徒会役員になるなら、それを支える覚悟はしています。」

「そこは俺が立候補するぐらい言ってくれるとポイントが高いのだけれど、直人君らしいわね。」

「俺は目立つことは嫌いなので、頑張って支えさせてもらいます。」

「いいわよ。やるわよ。直人は一緒にいてくれるのよね。母さんたちが証人だからね。」

「喧嘩するかもしれないけれど、一緒にいることだけは信用してくれていい。」

「直人、絶対だからね。」


 予定とは違った展開になったが、俺がやりたいことは変わらない。

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