第19話 好奇心は猫をも殺す
アルバイトの最終日、家に帰宅したら台所にメモが残っていた。
『母さん達が直人と緑を妊娠したのが発覚して、私たち二組の夫婦が入籍してから17年。久しぶりに夫婦だけでデートしてきます。泊ってくる予定なので、留守番を宜しく。父より』
自分の家に帰るかのような気軽さでついてきていた緑が、携帯を片手に怒りでわなわなしていた。
「お母さん達だけ狡い。温泉宿泊割引券がカップル二組分だけ手に入ったからって、子供を置いていくなんて。」
「いや、できちゃった婚の結婚記念日を狙って夫婦で温泉宿泊旅行だってよ。許してやってもいいんじゃないか?」
「そりゃ、最近心配かけたし、私たちがデートに邪魔なのもわかるけれど……」
「温泉宿泊旅行といえば、親父達には特別な意味があるみたい。」
「どんな?」
「例のゴム製品を両親達からもらった時に聞いた話だ。俺の母さんの誕生日に親父達4人で温泉宿泊旅行に行ったそうだ。その時、緑のお父さんと母さんたちが学校を卒業したら結婚しようって、親父達が母さんたちにプロポーズしたそうだ。婚約が成立した二組のカップルが盛り上がって、ベッドを共にしたようだ。その結果、同じ日に母さんたちの妊娠が発覚して、親父達の両親に叱られた後入籍をしたのが、17年前ということのようだ。緑と俺は製造年月日が同じで、誕生日も同じ二人だから、相性もいいだろうって揶揄われたことがある。」
「……直人は大丈夫よね?お金と妊娠は計画的に……求められたら拒否できる自信ないもの。」
「……」
「なぜ、そこで黙るの。私を妊娠させるなんて10年早い。」
返事を曖昧にしたら、緑にポカポカと殴られた。当然の結果である。
一緒に食事して、一緒に風呂に入った後に、今日は私の家に来てと緑が言うので、付いていったら家の鍵を開ける前に庭に誘導された。
「今朝、ダンジョンのソバ畑のフェンスの外で面白そうな物を拾ったの。昨日は無かったから不思議なのね。」
「そんなのを拾って、大丈夫なのか?」
「重そうなものだから、ここで出すね。」
緑が大航海時代の冒険小説に出てきそうな宝箱風の箱をドシンと『格納(アイテム)』から出してきた。
「開けない方がいいんじゃないか?」
「直人だってこういうの好きでしょう。」
「ダンジョンの中にあったのだろう?危なくないか?」
「だから、直人に立ち会ってもらうのだよ。」
緑は器用に木刀で留め金を外すと、箱の横に回って、木刀を箱についている金具に引っ掛けて箱を開いた。
「ほら、何ともなかったじゃない。」
緑は箱の中からオーブを二つ取り出すと、一つがはじけて消えて、光が緑を包んだ。
「『念話』のスキルオーブだって、直人も使って。」
俺がスキルオーブを受け取ると、オーブははじけて消えて、光が俺を包んだ。その後、頭の中に緑の声が聞こえた。
「直人、聞こえる。」
「こんな風に使えるのか。」
「これで、ますます私から逃げられなくなったね。」
「携帯のバッテリー切れを心配する必要が無いのはいいか。」
その瞬間、宙に浮いた感覚があったので、とっさに緑を抱きしめた。
何かを踏んで、それが消えていく感じがあった。見知らぬ星空の下、あまり見たくない草原が広がっていた。周囲にはカサカサと草に隠れて這い寄る気配がある。
「緑、装備を出せ。何かがいる気配がする。」
「直人、ごめんね。」
「謝るのは後だ。態勢を整えろ。」
装備を召喚したタイミングで、『盾樹のラウンドバックラー』に衝撃が発生した。キャインと犬の悲鳴のようなものが聞こえ、犬のようなものが威嚇する唸り声を複数の場所からするのを認識した。『刀樹の木刀』に魔力を流し、魔力の刃を纏わせると、飛びかかってきた四つ足の存在に切りかかった。背中の方からも緑が盾で何かをいなした音がする。
「こいつら、いつのも毛玉じゃないよ。」
「犬か狼の類みたいだな。数が多い。背中を任せる。」
「了解」
俺たちは、飛びかかってくるものは盾でいなし、あるいは木刀を叩きつけた。足元に這い寄るものは、蹴り飛ばしてやった。波状攻撃が続く中、徐々に数が減っているように感じるのは朗報だったが、その囲みの奥、20mぐらい離れた場所により大きな存在が残っているので気が抜けなかった。それでも、盾を殴りつけ、木刀で地面に叩きつけていった。周囲にある威嚇する唸り声が消えても、その存在はじっとしていた。その存在を地面に縫い付けるように威嚇すると、突撃してきて後方にいる緑を巻き込んで弾き飛ばされた。態勢を直すと、まだ倒れている緑の方に、大きな犬のようなものが駆けていくのを感じ、緑の前に入り込んで盾でいなしてやった。盾でいなしては、木刀を叩きつけるというのを何度か繰り返して、やっと動く気配が無くなった。
緑以外の気配が消えたことを確認して、大きな犬のようなものが残したひときわ大きなオーブを手にすると、疲労が消え、体の内から力が湧いてくるのを感じた。小さな方が残したのを手に取ると、体が軽くなって感覚が敏感になってくるのを感じた。2つ目を手に取ると『強化オーブ』と鑑定された。緑と手分けして回収してしまう。具足樹がざわついたところからすると、装備の強化にも使えそうだ。
「緑、大丈夫か?」
「あなたに突き飛ばされた打撲が痛い。モンスターにプロテクターを噛まれたけれど、それ以外は大丈夫そう。」
「ボスに突き飛ばされた時に巻き込んでしまったからな。ごめん。」
緑に回復魔法をかけてやった。
「この『強化オーブ』っていいね。体が軽くなった気がする。」
「具足樹や盾樹の強化にも使えるようだから配分を間違えるなよ。」
「あら、本当。噛まれて破損したのが修復できて、強化もできたみたい。何かそんな感じの応答があった。」
「相手の数が多かったせいか、数があるから全部回収しておこう。」
回収が終わったら、結界を張ってその中で休憩することにした。
コンロを出して、お湯を沸かし始めると、「直人、ごめんなさい。」と緑が泣きついてきた。
「遅延の転移トラップがあったようだな。闇夜の烏で姿は良く見えなかったけれど、あのモンスターが犬型のモンスターなら、ここは第3層以下である可能性がある。二度あることは三度ある。時期が多少早かっただけさ。」
防災用非常食セットに入っていたインスタントのコーンスープを作って緑にも渡してやった。体が温まって落ち着いてきたようだ。未知の場所に転移させられて、その場で戦闘状態になったのでは、俺でも辛い。テントを張る精神力もないので、緑を『格納(ハーレム)』で格納してしまう。気配を消しつつ、周囲に溶け込むようにイメージをして周囲の気配を感じ取ることに集中した。
どれだけ時間が経ったのか、周囲が明るくなってきていた。いつの間にか居眠りをしていたのか、その明るさで目が覚めると、黒い大型犬を抱えて眠っていた。俺が起きたのに気が付くと、腹を見せて尻尾を振っている。雌だな。黒いシベリアンハスキーを一回りか二回り大きくした感じだ。
緑も目を覚ましたようなので、表に出してやった。
「直人、その犬どうしたの?」
「気が付いたら、こいつが抱き枕になっていた。」
「妙に懐かれていてな。どうしたものか。」
黒い犬は緑をじっと見ていたと思ったら、体が光って消えて、次の瞬間に緑そっくりの黒髪の女の子が出現して裸できょとんとしていた。俺を見ると、彼女は抱き着いてきた。それを見た緑が彼女の髪をひぱって、俺から引き離した。
「あなた誰?」
「私は小緑(このり)。ご主人様の使い魔の犬です。第一夫人のお姉様。」
「ご主人様って直人のこと?」
「そうです。昨日、眷属の子たちを率いて狩りをしていたら、ご主人様たちに逆襲されました。負けてしまって、オーブの状態にまでなってしまったところをご主人様に取り込まれてしまったので、ご主人様の使い魔になったのです。残念ながら、私の生物としての人生は終わってしまいました。あのまま消えてしまうより幸せかどうかはご主人様次第ですね。」
「じゃあ、その姿は何。とっても目障りなんだけれど。」
「ご主人様の理想の雌が、第一夫人のお姉様の姿なので、それに従って人化しただけです。他の姿では人化できません。」
「……」
「ご主人様。私はご主人様の魔力で存在していますので基本的には食事はいりませんが、たまには一緒に食事したり遊んでくれたりすると嬉しいです。普段は、ご主人様の陰の中に潜んだり、ご主人様の夢の中で休んでいたりすることになるでしょう。不束者ですが、末永くよろしくお願いします。魔力がきついので元に戻ります。」
再び光ると黒い犬の姿に戻っていた。
「直人、鼻の下が伸びているわよ。」
「いや、本当に緑そっくりだったな。」
「そんなに見たかったら、いくらでも本物を見せてあげるから、あんなのに鼻を伸ばすな。」
緑は俺に抱き着くと、ぎゅっと締め上げてきた。抱きしめ返して、まいりましたと背をタップして、キスした。
「俺の妻たる女性は緑だけだよ。」
「お姉様は独占欲が強いのですね。強い雄は複数の雌で共有した方が種族のためなのに。」
「念話?」
「心配しなくてもお姉様の方が強いですし、序列が変わることはないでしょう。」
「服を用意してあげるから、今度、人化する時には服を着なさい。」
「わかりました。お姉様。」
緑は、尻尾を振ってお座りしている小緑を睨みつけた。
……お供ができたというところで、これからどうするかねえ。
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