第20話 小緑の事情

 だいぶ残りが減ってきた防災用非常食セットから、カルボナーラのレトルトを温めて朝食にすることにした。アルバイト料で在庫を補充しておこう。防災用非常食セットにもいくつか種類があるから緑の意見も聞いておいた方がいいだろう。

 お湯話沸かしてレトルトを湯煎し始めたら、小緑がちょっと出かけてくると言ってかけていった。しばらくしたら、カピパラのような大きな鼠を咥えて、戻ってきた。自慢そうに戦利品を見せてきた。

「見て、見て。すごいでしょう。」

「へえ、簡単に狩ってくるものだなあ。」

「こいつらは、数が多いし、群れを見つけてしまえば楽なものだよ。」

 小緑は、バキバキと適当に骨をかみ砕いた後に丸呑みしてしまった。緑はその様子を見て、やっぱり野生動物なのだなと唖然としていた。その後、体が光って、人化した。

「お姉様。服を貸してください。」

「あら、嫌がると思ったのに。」

「群れの上位者には従うものです。」

 緑は、下着とジーンズのズボンとTシャツを小緑に渡すと、着付けした。さすがに仕草で見分けは付くけれど、髪型以外そっくりなこともあって、傍目には仲の良い双子の姉妹に見える。小緑は緑に遊んでもらって、はしゃいでいる犬そのもので、きゃぴきゃぴしている。緑は妹分をかわいがる姉という感じで小緑の髪を撫でていた。

 小緑が人の姿をしているからには、自分達だけ食事をするのは何となく居心地が悪いので、乾パンの缶詰を開けて小緑に差し出した。「喉が渇くけれど、歯応えがいいね」と気に入ったようだ。俺たちが食べ終わるころには、一缶分を完食していた。

 気になって、小緑に最近の出来事を聴いてみた。

「あまり昔のことは覚えていないよ。地理とか敵とか餌とかなら覚えているけれど、必要性がないからね。」

「俺と緑は、罠でここに転移されて、この辺りのことが分からないから、教えて欲しい。」

「何日か前に、人間が何人も降ってきて、大鼠の連中がそれを襲って、数が増えたんだ。アタシ達は獲物が増えたので喜んでいたのです。餌が増えれば眷属も増やせるしね。これでもアタシはこの近辺では一番広い縄張りを持っていたからなおさらね。数が増えれば統率するボス個体が表れる。その大鼠のボスを含む群れを狩っていたら、そのボスを上から降ってきたご主人様たちが圧し潰してしまったのさ。獲物を横取りされれば怒るのは当然だろう。アタシはこっそりボスのオーブだけ回収して食していたけれど、眷属の子らはボスの眷属のオーブを横取りされるのではないかって気が気ではなかったのさ。結果は逆襲されて、この有様だけれどね。せっかく眷属を増やしたのにアタシはまた一人ぼっちになってしまった。アタシを使い魔にしたからには、ご主人様には責任を取って欲しい。」

「あらあら、直人、扶養家族が増えて大変ね。」

「お姉様にも、可愛がられたい。」

「いい子ね。」

「何日か前というと、先々週に俺たちもダンジョンに落ちた時か。」

「たぶん、そうでしょうね。」

「大鼠に殺された人たちに冥福を。」

「無防備だと、数が多いのは面倒だからね。」

「小緑、この辺りに、大きな木のある塚は知らないか?」

「ゲートね。強い敵がいる方に出るのと、弱い獲物がいる方に出るのとがあるよ。」

「弱い獲物がいる方に出るゲートは、ここから遠いのかい?」

「のんびり行っても夕方には着けるかな。」

「陰の中に潜めると言ったけれど、緑の陰にも潜めるのかい?」

「可能だよ。お姉様の魔力をもらうことになるけれどね。」

 小緑は実際に緑の陰に潜んで姿を消してから、陰から出て再び現れた。

「直人、悪い予感がするんだけど。」

「緑さん。お願いだから、この子の面倒を看てくれないかな? 小緑は緑の護衛をしてくれないかな。小緑を連れて行くのはいいにしても、地上だと、いろいろ問題があるから、普段は緑の陰に潜んでいて欲しい。」

「ご主人様がそういうなら、アタシはいいよ。お姉様、宜しくね。」

「仕方ないわね。直人が小緑に浮気するよりはましだから、面倒を看てあげる。」

 俺は小緑に『格納(アイテム)』のスキルオーブを渡した。

「ありがとう。ご主人様。これ、欲しかったの。」

「あと、余剰の在庫の魔石をあげるから、仕舞っておきなさい。」

 ジャラジャラと小緑の前に魔石を積み上げた。

「こんなにいいの。ご主人様、大好き。」

 夢中になって魔石を回収している小緑の首に黒いチョーカーが出現した。心なしか指輪が温かいような気がする。嫌な予感がして、久しぶりに『ステータスメニュー』を開いて、『格納(ハーレム)』の項目を開いたら、相場小緑の名前が、相場緑の下に掲載されていた。俺のハーレム要員になったということのようだ。

 緑も何かを感知したのか、俺を睨んでいた。機嫌を直してもらうのが大変そうだ。緑を抱き寄せて、誤魔化そうとしたら、指を1本たてて貸しにしておくとニッコリとした。何をさせられるのか怖い。

「小緑ちゃん、私からもあげるね。仲良くしましょうね。」

「こんなにいいの。お姉様、大好き。」

 緑も持っていた魔石を小緑に提供した。いい関係を保って欲しい。


 俺たちは、黒い犬の姿に戻った小緑に先導されてゲートを目指して移動することにした。小緑が遊撃として動いてくれるので、戦いはだいぶ楽になった。地域のボスだったという小緑の主張は正しかったようで、黒犬は小緑を見ると半数ぐらいは逃げていった。襲撃してくるものもあったが、小緑がボスと戦っているうちに、眷属は俺たちで楽に殲滅できた。大鼠や毛玉の群れは知能が低いのか小緑の存在に関係なく襲ってきたが、小緑にとってはおやつでしかなかったようだ。でも、数が多いから殲滅するのに時間がかかる。『ステータスメニュー』で見ると、小緑が大量に乱獲してストックしているのが分かる。結構、食い意地が悪いようだ。小緑が一回り大きくなった気がする。魔石やオーブ以外にも、パチンコ玉のような大きさの貴金属が残ることもあったので、回収しておいた。


 夕暮れを迎える頃に、俺たちは、ゲートの近くにまで来ていた。騒動を避けるために小緑には緑の陰に入ってもらった。そこには、第2層の脱出ゲートの近くにあるものよりも防壁こそ立派であるが小規模な警備事務所があった。そこで当直の職員に事情説明をしたら驚かれると同時に叱責を受けた。

「所長、この子たちなのですが、昨日まで第1層のソバ農園でアルバイトをしていた高校生だそうです。そこで見つけた宝箱をスキルを使ってこっそり持ち帰って開けたら、罠が発動して、この第3層に転送されたそうです。」

「直人君、今回がダンジョンに捕獲されたのは3回目というじゃないか。せっかく生還できたのに、命を大事にしなさい。このダンジョンだけでも、何千人も亡くなっているのは知っているだろう?」

「直人は悪くないんです。私が興味本位で宝箱なんて持ち帰ったから……ごめんなさい。」

「市のダンジョン対策課課長の相場尚人さんの息子さんか。」

「あれ?公園緑地整備課だったはずですけれど。」

「8月1日付でダンジョン対策課課長に就任されている。本部に報告させてもらう。いいね。」

「定期連絡便で帰れるように手配はしておこう。ところで、インスタントラーメンでよければ夕食を提供できる。その代わりに君たちの体験談をもう少し詳しく教えてくれないか?」

 俺と緑は、遭遇したモンスターの種類と数から始まって、使っている装備である具足樹や盾樹、刀樹、取得済みのスキルまで説明して、自分なりの推測を話した。飯縄ダンジョンでは、最大到達階層はこの第3層であるそうだ。

「最前線の職員だと、『鑑定』のスキルと、『格納(アイテム)』のスキルは持っている人は多いが、くれぐれも悪用しないように。それにしてもすごい戦績だね。伊達に生還できた訳ではないということか。」

「テイムして自分専用の成長する装備になる具足樹や盾樹というのはいいですね。支給品のポリカーボネート製も丈夫でいいのだが、破壊されたこともあるからね。」

「ポリカーボネート製って機動隊なんかが使っている物ですよね?」

「毛玉は問題ないのだが、大鼠に壊されることがあるんだよ。黒犬というのは他所から報告があったのは知っているが、ここにもいたんだね。」

「黒犬は、知能が高く、ボスが眷属を率いて集団で活動しているようです。縄張りがあるようで、その縄張りからは出てこないようです。」


 俺と緑は、休憩室で仮眠をとらせてもらい。翌朝の定期連絡便で第2層の脱出ゲートに行き、夕方の定期連絡便で第1層の脱出ゲートにたどり着くことができた。第1層の脱出ゲートにある警備事務所に迎えに来た俺の父に俺と緑が叱責されたのは言うまでもない。

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