第21話 困った子供たち

 相場尚人は、息子である俺と姪の緑のことで頭を抱えていた。妻である志保も、弟夫婦である隼人と美保も、4人の前で正座させられている俺と緑に困惑していた。

「直人、無事に帰ってきてくれたことには感謝するが、あまり親に心配をかけるようなことをするな。」

「尚人伯父さん、今回は私が悪いの。私が宝箱なんか持ち帰ったから……」

「直人君、今回もよく緑を無事に連れ帰ってきてくれたね。それについては感謝する。緑、直人君が一緒でなかったら、どうなっていたか考えて見なさい。ちょっとした好奇心が、みんなを悲しませることになるんだ。」

「尚人伯父さん、志保伯母さん、お父さん、お母さん、ごめんなさい。直人、守ってくれてありがとう。一生ついていきます。」

 緑は俺の腕をむんずと抱きかかえて、盾にしようとした。

「緑、直人君と交際するのはいいけれど、あまり迷惑をかけるんじゃないわよ。」

「隼人叔父さん、美保叔母さん、緑と交際することを決めた時から覚悟をしています。確かに俺では責任が取り切れないことになったら、俺も悲しいし、困りますけれど……」

「直人、緑ちゃん、私たちはあなたたちが心配なの。大切な息子であり、娘なの。あなたたちが二人で幸せになるために努力するというなら交際を応援するわ。でもね、あなたたちがいなくなったら悲しむ人がいることも忘れないでちょうだい。」

「「ごめんなさい。」」

 母は俺を抱きしめ、美保叔母さんは緑を抱きしめた。血のつながりはないはずだけれど、学生時代からの親友というだけあって、母と美保叔母さんはよく似たところがある。


「ところで、直人。」

「はい、お父さん。」

「俺はお前たちが素直すぎるところが妙に気になる。この際だから、怒らないから、全部話しなさい。」

「あのね。」

「緑ちゃん、何だい。」

「今回問題になった宝箱なんだけれど、実は、あと3つあるの。どうしたらいい?中身は気になるけれど、もう、持っていたくない。」

「明日、ダンジョンに捨てに行くから、直人も付き合いなさい。他には?」

「今回ダンジョンで得た貴金属だけれど、お父さんの方で処分してくれないかな。持っていても宝の持ち腐れなのと、換金するにも税金の問題が面倒そうなので。」

「出してみなさい。」

 母に洗面器を用意してもらうと、金色のや、白銀色のや黒っぽいものなどが混じった貴金属製と思われるダンジョン産のパチンコ玉をその中に出した。洗面器一杯分の量に母親たちがため息を吐いた。

「あなたたち、どれだけの量のモンスターに襲われたの。頭が痛くなってくるわ。」

「確かに税金が問題になりそうな量だな。預かって、換金して、お前たちの学費に使うのでいいか?」

「はい。お願いします。」

「まだ、何かあるのか?」

「これらは、まだ物なのでいいのですが……使い魔にしている生き物がいまして……」

「どんな生き物だ。」

「シベリアンハスキーを3周りぐらい大きくしたような大きな犬です。ただの犬ではないので……人の姿にもなれるんです。」

「どこにそんなものがいるんだ?」

「小緑(このり)、出ておいで。」

 小緑は、人の姿で緑と同じ格好で緑の隣に現れた。

「ご主人様、お姉様。何か御用ですか?」

「紹介するね。こっちが俺の父で尚人、母で志保。あっちが緑の父で隼人叔父さんで、母の美保叔母さん。自己紹介してくれるかい。」

「直人様の使い魔になった小緑です。飯縄ダンジョンの第3層で、第3層において最大規模の黒犬のコロニーのボスをやっていたのですが、直人様に討伐されまして、死後消えてしまうところを直人様に使い魔として救っていただきました。この姿は人化する時にご主人様に気に入られようとご主人様の記憶を見せてもらって理想の姿になったら、お姉様の姿になってしまったのです。現在はお姉様の護衛を命じられて、陰の中に潜んでいました。ご主人様やお姉様の魔力で存在していますので、基本的な飲食は不要ですが、飲食も嗜みます。今後とも、よろしくお願いします。」

「正体が犬とはいえ、意思疎通可能で、人化して人の姿になれば緑そっくりになるとなると、扱いに困るわけです。使い魔にしたからには最後まで責任をもって仕えさせて欲しいと言われれば、無視することもできない。ちょっとだけ、本来の姿を見せてあげて。」

 小緑の体が光ると体高100cmほどのシベリアンハスキー似の漆黒の犬が表れた。場所が狭くて居辛いのかすぐにまた人化して緑の横に正座した。

「あら、本当に緑にそっくりね。」

「実際、服のサイズも体格も全く同じです。首に契約印のチョーカーがあるのでわかりますけれど、それを除くと仕草をよく見ないと、俺でも見分けがつきにくいです。俺や緑の記憶を見ているので、俺たち程度の知識はあるようですが、根本的に犬なので、価値観は人間とは違います。小緑にしてみると、群れのハーレムの長が俺で、序列1位の妻が緑で、その下に自分がいるという認識のようです。」

「緑、あなたより、ずっと大人しそうで素直じゃない。あなたも大変ね。」

「この子、群れの上位者の前だから大人しくしているだけだからね。何千人も殺したであろう大鼠の大群を殲滅するぐらい強い子だから騙されないで。飯縄ダンジョン第3層の食物連鎖の頂点がこの子だったの。私も懐かれて、妹ができたような気でいるけれど、そこは間違えないで。」

「ひどいです。アタシ、ご主人様やお姉様に褒めて欲しくてやっただけなのに。アタシだって、『格納(アイテム)』のスキルが無かったら、無駄な殺生なんかしませんよ。ご主人様たちを守るためにやっただけです。」

「こういう子なんです。隼人叔父さん、美保叔母さん、俺としては、人化したときの服の都合もありまして、緑の護衛として居候させてもらえればと思うわけです。」

「直人、小緑ちゃんの扱いが一番問題だぞ。」

「小緑を傍に置いておくのはいいのですが、社会的にどう扱うかが問題なんです。人間の社会では何らかの身元保証が必要でしょう?犬としての身元保証なのか、人としての身元保証なのか、それら以外の身元保証なのか?姿を消すことができるので、問題ないかもしれませんがね。」

「兄さん、小緑を居候させるのは了解した。身元保証については、お役所的な兄さんの領域だね。」

「心当たりに相談してみる。」


 こうして、相場尚人は、さらに頭を抱えることになった。


 翌日になって、ニュースでダンジョンで見つかった宝箱の存在が話題になっていた。ダンジョン内だけでなく、地上の人が密集している場所にも出現するようになったためである。50%の確率で転移罠があるという問題はあったが、貴金属や宝石、魔石、オーブが中に入っていることから、わざわざ探索して開ける人も多かった。宝箱を破壊したり遠隔操作で機械で開けたりすると例外なく最寄りの人間を中心とした1km以内の人間を巻き込んでダンジョンに転移させることもわかってきた。被害者の人数は多かったが、無差別にダンジョンの中に転移させられるよりは、欲望による被害であったため、被害者に対する世間の目は冷たいものとなった。宝箱を見つけても開けるなという警告が各地のダンジョンで掲示されるようになった。


 小緑については、呼ばない限り緑の陰に入っていたこともあって、あまり問題になっていなかった。俺たちが夢空間にいる時は、家の周りを駆け回って自由を謳歌していた。念話でいつでも話ができ、必要な時に召喚できることもあって、夢空間では、常時束縛する必要性もなかったのである。もっとも、寂しがり屋の一面があって、緑の所に甘えに行っては着せ替え人形にされたり、戦闘の練習相手にされたりして、玩具にされていたが、自業自得だろう。


 そういう日々を過ごしながら、課題に勤しむ日々となり、俺たちの夏休みは終わった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る