第3章 秋の日々は光陰矢の如し

第22話 祥子の事情

 夏休みが終わって最初の日の昼休みに、文芸同好会の部室にもなっている図書準備室で緑と俺は弁当を食べようとしていた。さすがに、小緑が見ているところで自分達だけ食事をするのは気が引けたからだ。ここなら図書室の司書をしている俺の母親ぐらいしか昼休みには入ってこない。文芸同好会のメンバーには昼休みの後半に行う図書室の窓口業務を俺と緑で行うことを条件に了承してもらった。了承してもらうときに昼食デートを邪魔する野暮はしませんと揶揄われてしまって緑が赤くなっていたが、仕方なかろう。

 小緑を呼び出して、3人で昼食を食べ始めたところに佐野祥子がやってきた。

「緑、こんなところにいた。私の話を聞いてよ。」

「祥子、どうしたの?」

「あ、直人君、お邪魔だったかしら?」

「そんなことはないが……」

「あれ、そっちの子は誰?緑にそっくりだけれど、うちの生徒にこんな子いなかったよね。」

「アタシ、小緑。直人様の使い魔です。佐野祥子さんだよね。宜しくね。」

 俺と緑は頭を抱えた。

「佐野さん、小緑は人間じゃないし、学校の部外者なので秘密にしてくれると助かる。」

「これから相談することを秘密にしてくれるなら、黙っていてあげる。」

「ありがとう。それは俺も聞いてもいいことなのか?」

「晃とのことだから、今更でしょう。それにしても、相場君、使い魔の姿を緑の姿にするなんてどれだけ緑のことが好きなの?」

「ご主人様とお姉様ってとっても仲がいいですよ。私のことも、もっと構って欲しい。」

「小緑は大人しくしていてね。今夜、私が時間をとってあげるから。」

 小緑はにこにこしながら弁当を食べ始めた。最初は戸惑っていた箸の使い方も今では自然にできるようになっていた。

「佐野さん、話があるのでしょう。お茶ぐらい出すよ。」

「直人君、ありがとう。私もここで食べさせてもらうね。」

「はい、緑茶。おいしそうな弁当だね。夏休みに加藤が自慢していただけのことはある。」

「へえ。晃が褒めていてくれたんだ。今度また作ってあげよう。」

「ところで、緑、聞いてよ。」

「どうしたの?」

「夏休みのアルバイトで、ダンジョン内で送迎してくれた秋山さんっていたじゃない。」

「私たちが戦っている間に車の中に閉じこもっていた人ね。」

「そう。その人。アルバイトが終わってからストーカーされるようになってね。コンビニからの帰りに捕まった時に何か吸い取られるような気がして逃げたのだけれど、その日の晩から、秋山さんが夢の中に出てくるようになってね。強姦される寸前で、晃が表れて救ってくれるって夢を連日見るようになったの。なんか怖くなっちゃってね。」

「それは、災難だったね。」

「でも、それって加藤君に大事にしてもらいたいっていう祥子の願望じゃないの?」

「何日も連続して、違ったシチュエーションで襲われる夢を見る身にもなってよ。」

「加藤には相談したのか?」

「そうしたら、一昨日ね。晃が私をストーカーしていた秋山さんを見つけて痴漢の現行犯で警察に突き出してくれたの。晃は頼りになるわ。」

「良かったじゃない。」

「さすが加藤、やるじゃないか。」

「その日の悪夢で、とうとう晃が秋山さんを殺してしまったの。怖くなって晃にもう一度相談したら、晃がとっても優しくしてくれてね。俺がお前を守るから、緑たちのように仲のいいカップルになろうって言ってくれて、結婚を前提に付き合って欲しいってプロポーズされたの。私、プロポーズされて呆けているうちに初めてを捧げちゃった。」

「佐野さん、おめでとう。」

「祥子、幸せそうだね。」

「これも、直人が晃に活を入れてくれたおかげだよ。ありがとう。自分から言いふらすような話じゃないけれど、二人にはお礼を言いたかったの。」

「緑、相場君、これからも私と晃を宜しくね。」

 佐野にとっては、我が世の春なのだろう。惚気るだけ惚気て、足が地についていないような感じで、食事が終わると去っていった。

「直人、先に言っておくけれど、キスしたり、同じベッドで寝たり、一緒にお風呂に入って触れ合ったりするところまではいいけれど、子供作るのは10年早いから、諦めてね。他所は他所、私達は私達だから勘違いしないように。それと、血迷って小緑を襲ったら私が許さないからね。私、自覚があるけれど、独占欲が強くて、とても嫉妬深いの。」

「緑が一番が大事だから、大事にするから、過剰に嫉妬しないでね。」

「お姉様、怖い。」

「小緑は悪くないのよ。直人が浮気するのは許さないというだけなの。」

 緑は、しっかりと釘を刺してきた。


 その夜、父から市の嘱託職員だった秋山さんが留置場で変死したことを教えられた。晃に連行された秋山さんは、佐野祥子に付きまとう前にも、他の女性に付きまとったり、家宅侵入して強姦したりしたことが分かって、取り調べのために留置場に留置させられていたら、睡眠中に変死したのが発見されたのだという。

「直人、私が襲われなくて良かったわね。」

「まったくだな。」

「でも、私が狙われたら、犯人の代わりに、直人が私を監禁するかもしれないわねえ。」

「監禁するまでもなく、緑は、いつでもどこでも俺の所に隠れることができるだろう?小緑だっているしな。」

「そうだけれど、俺が守ってやるぐらい言えないの。祥子が羨ましい。」

「緑のために、体を張っていたつもりだけれどな。」

「直人は、もう少し乙女心を知ろうよ。女の子は言って欲しいタイミングで、言って欲しいことを言ってもらいたいの。」

 俺は緑を壁に押し付けると、宣言した。

「人生は暗闇ばかりではない。その道は、君の輝く希望で照らされている。道を塞ぐ茨があれば、俺がそれを切り裂く鉈になろう。道を塞ぐ岩があれば、俺がそれを乗り越えるロープになろう。襲い来る敵あらば俺が盾になろう。その道に海あらば俺が船になろう。豊かなる時を共に祝い、貧しき時を共に乗り越えよう。夢を諦めるのは君の人生への冒涜だ。その熱き心で道を貫けばいい。それが生きているというものだ。振り向くな!我が道を行け!君は一人ではない。俺が共に歩んでやる。君の夢は、未来に向かって果てしない。俺の隣に君の笑顔があることこそが俺の希望なのだから。」

「……」

「……」

「ふう。直人、嬉しいけれど、それじゃ重いよ。余分な言葉はいらない。」

「緑、愛しています。」

「ありがとう。私も、愛しています。」

 緑は俺を抱きしめた。

「でも、直人、もう少し言葉を考えないと、創作の方の評価が上がらないわねえ。」

「辛い評価だね。」

「正当な評価です。」

「あれ?ちょっと待って、秋山さんって、『格納(ハーレム)』のスキルを持っていたんじゃないか?」

「どういうこと?」

「まず、佐野さんが最初に秋山さんに捕まった時に何かを吸われたような気がした。これが第一段階。」

「そうだね。私は、直人に胸を触られたのを覚えている。」

「その後、秋山さんに襲われる夢を見るようになった。これが第二段階。」

「祥子にとっては悪夢でしかなかったようだね。タイミングよく加藤君が救ってくれたようだけれど。私たちの場合、あの夢は希望であり大事な約束。」

「佐野さんと秋山さんとの間には絆なんてものはなかったわけだ。」

「当然ね。一方的な身勝手な想いは迷惑でしかないね。」

「夢の中で秋山さんが加藤に殺されたら、秋山さんが原因不明で死亡した。」

「結果的に、タイミング的にはそうなるわね。」

「佐野さんが拒否したから次の段階に行けなくて破滅しただけで、これは『想いの盾』の反作用かもしれないね。緑に拒絶されていたら俺もどうなっていたことやら。」

「果てしない夢がちゃんと終わりますように。君と好きな人が100年続きますように。……私たちの場合、スキルは告白のきっかけになっただけなのよ。私は、あなたと共にありたいの。」


 そう言って微笑む緑の笑顔が忘れられそうもない。

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