コンビニ帰りにダンジョンの出現に巻き込まれて

舞夢宜人

第1章 ダンジョンが現れた

第1話 ダンジョンに落ちた

 ドボンと水の中に落ちた。

 冷たい水の感触と何かを踏み潰した感触に慌てて多少水を飲んでしまった。立ち上がってみると腰丈の水量であることに気が付いて安堵する。そこで周囲を見まわして途方に暮れた。目が暗さに慣れて星明りに見えてきたのは、自分が見知らぬ大きな池の中に落ちているという状況だった。どうしてこんなところにいるのか理由が分からない。このまま池の中にいるのも寒いので、俺は、岸辺に移動しつつ、これまでのことを思い出していた。


 俺は、明日というか今日から始まるゴールデンウィークを新作のゲーム三昧で過ごそうとしていた。 定期テストで間違えた問題を復習しておくという学校の課題を早々に片付けた後、ゲームをして引き籠るための糧食の在庫が無かったことに気が付いた。学校の帰りに買っておけばよかったと後悔しつつも、コンビニまで買い物に出かけることにした。戦国時代を舞台にしたSLGをやりたかったのだが、糧食が無ければ引き籠ることもできない。


「直人。あなた、こんな夜更けにどこに行くの?」

 さすがに日付が変わろうとする時刻だけに母親に咎められた。

「小腹が空いたからコンビニで何か買ってくる。買い置きが何もないからね。」

「明日でもいいでしょう?」

「連休中はゲームをしていたからね。今週はテスト週間で、ずっと我慢していたんだから許してよ。」

「先に寝ているから、戸締りはしっかりしておいてね。」


 俺が通う飯縄市立飯縄高校では、中間テストや期末テストといったテストがない代わりに、月末に定期試験が行われている。テスト内容は前半が復習で、後半がメインの今月の学習範囲となっている。近隣の県立高校にはないきめ細かい指導方針というのを掲げて、毎月テストを行うことにしたそうだ。

 母の志保と隣に引っ越してきたばかりの叔父夫婦は、飯縄市立飯縄高校の教師である。母が非常勤講師で、国語の教科担当と図書室の司書を兼任している。父の弟である相場隼人が生物の教科担当である正規教員で、叔母の相場美保が非常勤講師で音楽の教科担当をしている。大学進学率や受験の偏差値も近隣の県立高校とあまり変わらず、自宅から歩いて通えるというのが決め手になって、俺はこの高校に進学をした。もっとも、テストの採点結果が戻ってくる前に母親達がテストの点数を知っているのは、ちょっといただけない。今朝も、出勤前の叔父夫婦と母が世間話をしていて、うちの子の方が成績が良かったなどと話をしていた。


 外に出ると、夜空が妙に明るかった。見上げてみると、流れ星が見えた。頭上に広がる夏の大三角形から春の大三角形にかけた広い夜空に数秒ごとに流れ星が表れては消えていった。部屋の壁にある『太陽、月、星のこよみ』という天体情報満載のカレンダーには、こんな天体ショーがあるなんて書かれていなかったなと不思議に思った。

 自宅から徒歩で数分の所にあるコンビニは、週末ということもあってか賑わっていた。夜食や酒のつまみといったところが目的なのだろう。レジには長い列ができていた。スポーツ飲料とシリアルバーの類を買い、会計の所で買い物バッグを持ってこなかったことに気づいて仕方なく5円追加で払って袋に入れてもらった。会計を済ませたところで、0時を知らせるアナウンスが店内に流れていた。

「0時になりました。1時間ほど前から、季節外れの流星雨が各地で観測されているようです。お休み前のひと時に星に願いをというのもいいかもしれませんね……」

 星に願いをというのであれば、これだけの流れ星ならもしかしたら叶うかもと、彼女が欲しいと思い祈ってみた。同級生で、よくクラスの仕事を押し付けてくる従兄妹の顔が思い浮かんで苦笑いした。黙っていれば可愛いし、背が高いといっても俺よりは低いし、もう少し胸のサイズが大きくて俺に優しくしてくれたらなんて邪なことを考えたのが悪かったのか、次の瞬間に足元の地面が消えるような浮遊感の後、池に落とされたのである。


 池の岸辺にある大きな石によじ登って状況を確認してみる。コンビニから出て、妄想に耽っていたら、落とし穴に嵌まって穴に落ちて、落ちた先に池があった……状況がわからない。手前には、大きな池の暗い水面が見える。対岸まで数十メートルはありそうなので、落ちた場所が悪ければもっと深かったかもしれないと、恐怖した。水質は良かったようで、服が肌に張り付くのが気持ち悪いが、べとつくこともなく生臭くなかったのは救いだ。その周囲には樹木なのか黒い盛り上がり点在している他は膝丈の草原のようなものが広がっていた。多少起伏はあるようである。暗いせいもあって距離感がつかめないが遠くにひときわ大きな黒い塊が見える。街灯などの人工の光がない。あちらこちらで蛍のようなものが舞っているようにも見える。

 空を見上げて、さらなる違和感を認識じた。天の川らしき靄こそ確認できるが、星の配置がおかしい。星座を確認しようとしても、あるべきところに星がない。北斗七星もカシオペアも、北極星も確認できない。ここは、何処なのだろうか?

 ある予測が思い浮かぶが、脇に置いておく。

 風の流れにカサカサと草が揺れるのが聞こえる。寒さが身に染みる。

 何をするにしても持ち物を確認してみようと思ったが、持っていたはずの財布も、携帯電話も見当たらず、買い物袋も見当たらない。落としてしまった可能性が高い。俺は、膝を抱えて肩を落とすしかなかった。


 しばらくすると、何かに小突かれた。触ってみると長い毛に覆われたバスケットボールのようなものだった。毛玉に接触したところから何かを吸い出されたような感じがして、驚いて腰かけていた石から飛び降りた。周囲の気配をうかがうと、バスケットボールを弾ませる感じでボンボンと軽い音をたてる複数の音源があって周囲を取り囲まれているのが分かった。

 接触するたびに何かを吸い出される気配に危機感を感じ、その毛玉を掴んで、今まで座っていた石に叩きつけたら、パンッと軽い音がして気配が消えた。撃退できることが分かったので反撃に転じた。掴んでは叩きつけ、足元に来れば蹴り飛ばしてやった。中学時代に部活でバスケットボールをやっていたが、速い球のキャッチができなくて、捕ってパスを返せるまで特訓だと何度も標的にされたのを思い出す。いったい何匹いるのだろうか? 周囲に聞こえるドリブルをするようなボンボンという音の数が減ったようには聞こえない。

 20-30匹も叩き潰したところで、異変を感じた。これだけ動いていれば動きが重くなってきそうなものなのに、逆に体の動きが楽になってきたのを感じた。毛玉から何かを吸い出される気配もしなくなっていった。中学時代にこれだけ動けていたら、レギュラーを獲れて楽しかっただろうなと残念に思うほどに余裕まで出てきた。どれだけ時間が経ったか、いい加減疲れてきた頃には、周囲から気配が消えていた。

 ちょうど毛玉を叩きつけていたあたりに、淡く光る何かがいくつか転がっているのが見えた。近寄って見てみると、直径3cmほどの淡く光る水晶玉だった。突いてみると、シャボン玉のように弾けて、毛玉に吸われていた何かと同じようなものが逆に体に流れ込んでくるのを感じた。それと同時に暗いながらも周囲がよりよく見えるようになった。別の球を突くと、周囲の気配を感じる範囲が広くなった感じがした。また別の球を突くと、周囲の音がより遠くまで聞こえるようになった感じがした。だんだん面白くなっていくつか突いていったら、脳裏にタブレット端末のようなもののイメージが浮かび上がって、その球がスキルオーブであることが鑑定できた。


 ここまでくると否定しようがない。要するに、現状は異世界転移か何かに巻き込まれて、ファンタジー的な状況になっていたことが分かった。

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