第36話 成人の儀

 緑が暴走したあの晩から、緑と神山姉妹との距離が縮まったように見える。白衣緋袴の姿で同じ髪型にしていると、遠目には仲の良い姉妹にしか見えない。緑のことを「奥様」と呼んでいたのが「お姉様」と呼ぶように変わっていた。三人で俺を叱責しているうちに、呼び方が変わっていったので、運命共同代的な意識が生まれたのかもしれない。どう足掻いたところで、一生涯の付き合いになるのだから、共同歩調をとるようになったということなのだろう。俺に苦情を言うにしても、一人より三人で言った方が言いやすかろう。

 幸恵と福恵には、緑が持っているスキルと同じスキルオーブを用意した。多少でもこれで、機嫌を直してもらいたい。扱いの格差による揉め事は少しでも減らしておきたいというのもある。普通の個体なら10匹斃して1個出るかどうかの確率である上に、スキルオーブがダブったり、魔石が出ることもあるので、モンスターを大量に狩ることになった。一人であることもあって、最初にダンジョンに落ちた時のことを思い出した。SNSの情報では、ダンジョンから得た運動能力向上の上限は、オリンピック選手並みだと言われているが、俺の場合には既に人外の域に達しているようだ。直線で最高速ならば、目測400mを毛玉の大群を切り伏せながら楽に10秒程度で走破できるようになっている。はっきり言って、モンスターを斃すよりドロップ品を探して回収する方が大変だ。ドロップ品を回収してくれる小緑に感謝して、魔石については小緑にあげたので、小緑の機嫌はすこぶる良かった。三人に自分たちの扱いが酷いと吊し上げらえた後に、幸恵と福恵にスキルオーブを渡したのだが、緑に私には何もないのかと言われてしまい、近所の甘味処で奢ると約束したら、いつの間にか3人に奢ることになっていた。


 正月も3日を過ぎれば、参拝客も減ってくる。1月6日土曜日、俺は、氏子の人たちと一緒に、飯縄神社の境内社の一つである飯縄稲荷神社の横の広場で、1月8日月曜日に行われる『どんと焼き』とか『左義長』と言われる小正月に行われる火祭りのための櫓を組んでいた。作業の指揮を執っている氏子総代の相場昭人さんは、俺の父方の祖父である相場和人の兄だそうだ。

「直人君、ちょっといいかな。君は和人と恵美さんのお孫さんだってね。私は、和人の兄で昭人という。宜しく。」

「初めまして。」

「君がここで働いているということは、神山の家とは和解したのかな?」

「仲違いした張本人が既に亡くなっているし、長らく不義理をしていたとはいえ、孫の命の恩人とは親戚付き合いしていきたいと、お言葉をいただきました。人手不足だから手伝って欲しいというのが本音だったようです。祖父母の代はともかく、幸恵と福恵とは小学校、中学校と仲良くさせてもらった幼馴染ですから、こうして手伝わせていただいております。」

「あれは、恵美さんの父親だった当時のご当主も悪かったからな。和人と恵美さんの仲を認めて成人の儀を行っていれば何の問題もなかったのだ。直人君と、もう一人、緑ちゃんだったか共に16歳というのも何かの縁だろう。今夜行われる成人の儀は、神山家の次代を担う子供による五穀豊穣と子孫繁栄を祈祷する密祀で、参加した当事者以外、そこで何があったか秘密にすることになっている。基本的には成人を祝う宴会で、婚約者とともに参加した者には儀式への参加を以って婚姻を認めることになっている。これからは、氏子の会合にも参加してくれたまえ。」

「はい。今後とも、宜しくお願いします。」


 社務所に戻って作業の終了を報告しようとしたら、佳恵さんが、緑と幸恵と福恵の3人を引き連れてやってきた。「直人君、お疲れさま。今日までお手伝いしてくれて、本当にありがとう。お礼に、明日の晩は、うちの温泉旅館の『飯縄の宿』にあなた達のご両親も招待して宴会をしましょう。」

「先程、氏子総代の昭人さんから、今夜、成人の儀を行うと聞いたのですが、そうなんですか?」

「あら?直人君には話していなかったかしら。」

「ええ。」

「神山の家では、1月に16歳の子供と婚約関係にある男女が行う成人の儀の密祀があるの。対象者だけで上ツ宮である境内社の飯縄夫婦神社に供物を捧げて、そのままお神酒をいただきながら一晩過ごすだけの神事です。ダンジョンのこともあって、幸恵と福恵だけではちょっと不安だったの。だから、4人で行ってらっしゃい。直人君がいれば、幸恵と福恵も心強いでしょうしね。」

「わかりました。」

「ただ、神事だけあって、たまに不思議なことが起きることがあるみたいだけれど、何があったかは参加者だけの秘密にすることになっています。そのことによって生じたことは何であれ神山の家で支援することになっているから安心してね。」

 首をかしげる緑と、全身を赤面させている幸恵と福恵が対照的なのだが、不思議なことにそのことに関することだけガードがかかっていて記憶が覗けなかった。何があるのだろうか?


 飯縄神社は、主に上ツ宮、中ツ宮、下ツ宮の3つで構成されている。一般には本殿と言われているのが、下ツ宮である。下ツ宮の主祭神は天照大御神で、配神が月読命と須佐之男命で、いわゆる三貴子を祀る神社で戦国時代にあたる天文年間の創建である。現在の社殿は江戸時代になって再建されたものだという。本殿と言われているのは、社殿の規模から明治時代に下ツ宮を本社として上ツ宮と中ツ宮を境内社としたためだそうだ。中ツ宮は、下ツ宮の北にある境内社で飯縄稲荷神社とも言われている。中ツ宮の主祭神は宇迦之御魂神である。鎌倉時代に創建された当時には複数の配神を祀っていたことがあるそうだが、江戸時代に現在の社殿に建て替えられた時に食物神として習合したようである。上ツ宮は、中ツ宮の北側にある飯縄夫婦神社である。一般には非公開となっている。飯縄神社の境内には、1ha近い面積と豊富な水量を誇る飯縄上池がある。飯縄上池は飯縄市の上水道の水源の一つであるとともに、農業用水の水源にもなっている。飯縄上池に流れ込む水源の一つが上ツ宮にある温泉である。男岩と女岩の間から飯縄上池に流れ込む水路と参道があり、その水路と参道が岩屋の中につながっている。岩屋の奥にある広間には、『天の御柱』と言われる環状列石を囲む形で水路があり、その水路に温泉が湧いている。温泉といっても30℃程度の温かいだけの低温単純温泉であるが、そのために岩屋の中は年間を通して中は一定の温度になっている。広間の壁には5つの祠が設置されている。これらの祠を総称して上ツ宮と呼んでいるが、創建時代は不明となっている。少なくとも、古文書によると中ツ宮が創建されたときには既にあったようだ。5つの祠には、二柱一組でそれぞれ一組づつ祀られている。飯縄神社は、かつては、市の運動公園や市立飯縄高校がある敷地も境内だったというから、郷社としては規模だけは大きな神社である。


 禊の代わりに神山家の風呂を使わせてもらった後に白衣白袴に着替えさせられた。4人で手分けして、5組の6つの三方に置かれた神饌を環状列石の奥にある祠の前にある祭壇の前にそれぞれ供えた。供えられた物は、米・塩・水・酒・餅に、海の幸として鯛、山の幸としてリンゴなどの果物、野の幸として野菜の類が用意されていた。自分達用の4つのお膳を手に持って奥に入っていた。膳を置いて座ったあたりで、通常入り口を閉鎖している鉄柵が閉じられ施錠する音が岩屋に響いた。続いて反響して内容が不明瞭になった祝詞が響いた。

「大丈夫、明日の正午に当主である父が迎えに来るそうです。」

 幸恵が落ち着いていうので立ち上がりかけた俺は座り直した。祝詞の声が終わった時から徐々にあたりに魔力のような力が満ち溢れていくのを感じた。

「幸恵、さすがに聖域だけあって、何か力を感じる。」

「力を感じますか。やはり、あなたには適性があったのですね。その力を受け入れ、体に馴染ませてください。反発すれば苦痛になります。」

 幸恵がそう言い終わるか否かに、急に力が強くなった。緑たちも苦しげな表情をしている。俺は内なる魔力を外の力に同調させていった。息を吸いながら大地から力を吸い上げて、吸い上げた力を体内に巡らせ練り上げ、体表から外に拡散し、余剰分を息を吐きながら頭頂から吐き出す。これをゆっくりと何回か繰り返す。外の力が体に馴染むにつれて苦痛は消えていった。俺は辛そうにしている緑を背から抱きしめると、外からの力に同調した俺の魔力を回復魔法とともに流し込んでいった。緑に流し込んだ魔力が飽和して光り出すとやっと楽になったようだ。その様子を恨めしそうに幸恵と福恵が苦痛に歪んだ顔で見つめてきたので、緑から離れて、幸恵と福恵の側に行き、両脇に抱えて、一気に俺の魔力で染め上げていった。二人の体が魔力で輝き出す様は数日前に使い魔にした時のことを思い出す。

「ご主人様、姉さんと私は、扱いが雑じゃないか?」

「それなら、幸恵に丁寧にやっている間、福恵が辛そうにしているのは良かったのか?」

「それは、もっと嫌です。いけず。」

「直人、先に丁寧にやってくれたのはいいけれど、また私を実験に使ったのね。まだ足りないみたい。」

「幸恵と福恵の体は、もともと俺の魔力で体を維持しているから染めやすいが、緑はそうではないものな。もう一度補助するから、自分でもやった方がいい。息を吸いながら大地から力を吸い上げて……吸い上げた力を体内に巡らせ練り上げ……体表から外に拡散し……余剰分を息を吐きながら頭頂から吐き出す……ゆっくりでいい……最後の仕上げに一気に行くぞ……」

 緑はひときわ大きな喘ぎ声を出した後、脱力していった。

「楽になった。ありがとう。」

「幸恵は、長女として、この神事のことを細かく聞いているのではないか?何かがガードしていてそのことに関しては記憶を覗けなくなっているから、そろそろ説明してくれ。」

「この神事は、正月に供えた神饌の直会(なおらい)でもあるのです。直会というのは、神様に供えたものを飲食することで、『神と人』また『人と人』を結びつけ、神秘的なパワーを体内に取り入れることができて病気や怪我にならないよう自分の魂も新たな活力を得られるという宴会の形をした神事です。ですから、食事をすることで、もう少し楽になれるはずです。」

「成人の儀で、同世代の一族の結束を固めるという事かい?」

「そうです。明日のお昼まで十分長いので、将来の夢なんかをのんびり食事をしながら語らえばいいのです。ここで語った夢はかないやすいとも聞きました。」

「幸恵、ご利益がありそうな話だが、たくさん祠があるけれど、どんな神様を祀っているの?」

「お姉様、さすが優等生ですね。中央の物が、国産みの夫婦神である伊邪那岐命と伊耶那美命です。あと残りが、山の神様・大山津見神と野の神様・鹿屋野比売神の夫婦神で一つ、水の神様・速秋津比古神と速秋津比売神の夫婦神で一つ、火の神様・火之加具土命と火焼速女命の夫婦神で一つ、風の神様・志那都比古神と志那都比売神の夫婦神で一つで5組10柱の神を祀っています。飯縄夫婦神社の名前の由来もそこから来ています。五穀豊穣と夫婦和合、子孫繁栄のご利益があるというのもそこから来ています。」

「ひょっとして、地・水・火・風・空の五大とか五輪の思想なのか?」

「珍しいわねえ。神道というと木・火・土・金・水の陰陽五行思想などの影響が強いのが一般的でしょう。あと六曜とかね。伊勢暦とか神宮暦なんかもそうでしょう。」

「そこが、創建時代不明で、古文書にも縁起がよく分かっていないところなのです。でも水源を守る土地神様としてかなり古くから祀られていたのは確実みたい。実際、夫婦岩の近くで縄文式土器や弥生式土器が出土しているし、そこにある環状列石だって、いったいいつの時代の物やら分からないそうです。今は日本神話に絡めて、伊邪那岐命と伊耶那美命が祀られている場所にある石柱だから『天の御柱』なんて呼んでいる。ちなみに、現在あるこれらの木製の祠は、江戸時代に作り直されたものです。」

「そうなんだ。」

「でも当時から違和感を持つ人も多かったみたいで、鎌倉時代に六曜の思想が入ってきた頃に、ここの南側に飯縄稲荷神社が作られ、戦国時代にさらに南側に下ツ宮が造営されたということみたい。現在の神山家の家系図は、下ツ宮が造営された時までは遡れると聞いています。」

「さっき適性がどうとか言っていたけれど?」

「神山家の一族に相応しくない者だと、あのまま気絶して、一族に害がある者なら、死ぬ場合もあると伝えられている。」

「物騒な話だなあ。」

「神山家の一族としての成人の儀ですから、死ぬような人は最初から儀式の対象外なのです。例外は、一族の外から来る婚約者ですが、神山家の婚姻は一族か相場家のような分家からの婿取りか嫁取りなので通常は問題がないのです。」

「それでは俺と緑の立場はどうなるんだ?」

「婚外の婿たる分家の当主とその正妻といったところでしょうか? そもそも分家の中で年齢が釣り合う未婚の男性って、ご主人様しかいないのです。神山家は女系の一族ですので、最悪、世継ぎのために子種をもらえれば、分家の当主として本家を支えてくれればいいということです。もちろん最低限父親としての責任は取ってもらいますよ。法律婚しないというだけで、内縁の夫や父親としての義務はありますからね。」

「いったい、いつの時代の話だよ。」

「これも、それも、ご主人様のせいではありませんか。お姉様と別れて、私か福ちゃんのどちらかと結婚してくれるのですか? ご主人様のスキルの影響で他の男性と交際することもおぼつかないのに、我が家の後継者はどうしてくれるのですか? 私だって福ちゃんだって、たとえ内縁でも結婚はしたいし子供も欲しいですよ。ましてや、ご主人様は私達の初恋の相手でもある。お姉様、別れてくれとは言いませんので、そこまでは妥協してください。ご主人様、責任を取るということはそういうことです。」

「氏子総代の相場昭人さんが『婚約者とともに参加した者には儀式への参加を以って婚姻を認める』と言っていたけれど……」

「まさか、事実上の結婚式。」

「お姉様、正解です。事実上も何も、古式懐しい神山家の祝言そのものです。神々の前でお神酒で盃を交わし、神々の前で初夜を迎えて、夫婦和合と子孫繁栄を祈祷するのが、この神事の本当の目的です。うちの神社でもやっているけれど、いわゆる神前の結婚式は明治33年に大正天皇のご結婚の礼から始まったもので、120年とちょっとの歴史しかない新しいものです。」

「せっかく、お父様もお母様も認めてくれて、大安吉日のこの日にこの場を設けてくれたのです。ご主人様、お姉様、姉さん、覚悟を決めて流れに身を任せましょう。そろそろ、いらっしゃるようですから。」

 その時、全身に燃え上るような熱さを感じ、体が麻痺していくのを感じた。

「食事に薬を盛ったのか?」

「そんな。日本の伝統的な薬草が少量入っていただけですよ。」

 小緑が突然に緑の陰から出てきて岩屋の入り口の方に向かったかと思うと、白い大きな狼の姿に変貌した。小緑は遠吠えをした後、人化して白衣緋袴に千早を着た装束になって、神楽鈴をかき鳴らしながら、石柱の周りを回りながら神楽らしきものを舞い始めた。小緑の舞が始まると、5つある祠の前に巨大な力を秘めた見えない何かがそれぞれ2つづつ現れたのを感じた。小緑は舞を終えると白い大きな狼の姿に変貌すると岩屋の出口を塞ぐように居座った。

 5組の力の一つが俺の体の中に入ってくると意識が朦朧としてきた。相方の力が緑に入り込むと緑も意識を朦朧とさせ正体を無くしてしまったようだ。俺と緑は、操られるように石柱の側に移動すると、着ていた衣装が脱げて全裸になってしまった。互いに石柱の周りを巡ると、緑を抱き上げ立位で男女の交わりを始めた。体が自由にならず当事者意識のないままに流されていった。体に入り込んだ力が別の力に入れ替わり、交わる相手を変えながら、何度も繰り返されていった。どれだけの時間繰り返しただろうか、交わるのをやめ、相手の女の下腹を愛おしく撫でては、相手を変えていく動作に変わっていった。その動作を繰り返すにつれて、女たちの下腹が張り出し妊婦の体型に変わっていった。

 気が付くと、3人の妻たちを抱きかかえて眠っていた。もうあの巨大な力たちは去っていったようだ。あたりには、水が流れる音だけが静かに響いていた。緑たちを起こそうとして異変に気が付いた。あれは夢ではなかったようで、女たちの乳房は1サイズ以上大きく発達し、腹は膨れ、妊婦の体型になっていた。どう見ても妊娠5か月以上の大きさに見える。魔力で探ってみると、彼女たち自身の命以外に腹に2つづつの別の命を感じた。3人とも双子を身籠っているということのようだ。目を覚ました彼女たち自身、わが身の変貌に困惑しているようだ。

「直人、私、どうなっちゃったの。何なの、このお腹は?」

 俺は、緑を背中から抱きしめてやった。

「幸恵、お前たち姉妹は、こうなることを知っていたのか?あれは神降ろしの神事だったのではないか?俺たちも神の供物で、子宝を授かったということなのか?」

 幸恵と福恵は、俺の背に抱き付いてきた。

「こんなの聞いていないよ。ただ、祝言を挙げて初夜を迎えるとしか聞いていなかったの。不思議なことが起こるかもしれないとは聞いていたけれど、まさかこんなこととは思わなかった。神の奇跡としか言いようがないよ。だけれど、神に操られた結果とはいえ、この子たちは、あなたと私たちの子です。あなたの精を受けて授かった子です。一緒に歩んでくれますか?」

「分かった。10人で力を合わせて生きていこう。夫婦和合に子孫繁栄かあ。ご利益がありすぎてお釣りが必要になりそうだな。」

「えっ10人?」

「3人とも双子を身籠っているみたいだぞ。それにしても、祝言と初夜を迎えた翌日に帯祝いが必要になるとはな。」

 黒犬の姿に戻っていた小緑が吠えたので、そちらを見たら、三方の上に3本の帯らしき布の塊が置かれていた。一方で神饌はすべて消えていた。

「神様の準備が宜しいようで。」

 緑から順に腹に帯を巻いてやり、その上から装束を着せていった。俺も装束を身につけた後、未だ困惑が隠せていない緑たちに念のために回復魔法をかけていった。


 岩屋の入り口を閉鎖している鉄柵が開かれる音を聞いた。

 女性陣が急激な体型の変化に対応できておらず足元が怪しいので、緑から順に一人づつ外にエスコートすることにした。

 入り口には、飯縄神社の宮司で、幸恵と福恵の父親である神山悠人が出迎えていた。夫婦岩の先を見ると俺と緑の両親達と静恵さんが車椅子を4台用意していた。車椅子が必要になるようなことが起きることは予期していたらしい。一夜にして起きた緑の姿の変貌に悠人は驚愕していた。

「お義父様、飯縄神社の御利益は凄まじいですね。夫婦和合に子孫繁栄ですか、このような形で叶えられるとは、まさか想像もいたしませんでした。この儀式によって生じたことは何であれ神山の家で支援していただけるとのこと、一家の長として、できる限りの努力はさせていただきますので、今後とも、ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。」

 緑を用意されていた車椅子に座らせると、幸恵を同じようにエスコートして車椅子に座らせ、最期に福恵をエスコートして車椅子に座らせた。

「直人、私言ったよね。子供を作るなら大学生になってからにしてくれって。」

「母さん、ご利益を押し売りしてきた神様には逆らえません。俺は、一度に6人も子供ができて頭が痛いです。」

「えっ、6人?」

「ええ、3人とも双子を身籠っているようです。それより神の奇跡で妊娠期間が短縮され、3人とも神より帯祝いの帯を賜りました。できるだけ早く産婦人科の診察を受けた方がいいでしょう。今日予定されていると聞いています宴会の席で今後のことを話し合えたらと思います。いくら神山の家が全面支援してくれると言っても、いきなり10人もの一家を支えるのにはいろいろ無理がありますので、必要なのです。」


 妙に落ち着いている対応ができている自分に、事態の急変で感覚が麻痺しているのを感じた。

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