第30話 いい夫婦の日

 11月3日金曜日仏滅、緑の母方の祖父母と、俺の母方の祖父母が我が家に襲来した。こちらから祖父母の家に行くことはあっても、我が家に来たのは記憶にあるかぎり、これが初めてだったはずだ。緑の母方の祖母と俺の母方の祖母は高校時代からの親友で、今年還暦を迎えたそうだが、ダンジョン騒ぎもあって娘たちに何もしてもらえなかったらしい。緑の母方の祖父母と俺の母方の祖父母の結婚記念日である11月22日に共同で娘夫婦を呼んで宴会をすることを企画して、しばらく会っていないからと挨拶に来たらしい。俺の母の従姉弟と緑の母の従姉妹との結婚祝いをどうするかの相談もあったようだ。

 仲良く二組の夫婦で来たのはいいが、最初に新築ということもあって訪れた緑の家は不在で、俺の家に揃って来たのだという。緑の家は不在だったのは、親子そろって俺の家に来ていたからである。少し遅い朝食を両家の6人で取った後、俺と緑はせっせと家事に勤しんでおり、両親達は4人でお茶をしていた。そこに祖父母たちがやってきた。

 しばらく不義理をして済みませんという俺たちの両親からの謝罪から始まった会話は、最初は穏やかに話をしていたのだが、リビングの壁に飾ってあった家族写真を見て、緑の母方の祖母と俺の母方の祖母の機嫌が悪くなった。婚約したときに自分達だけで勝手に撮影して自宅に飾ってあった娘夫婦たちの結婚写真に、祖父母たちは自分たちが娘達の花嫁姿を見ていないと納得できなかったらしい。できちゃった結婚で学生結婚した関係で俺たちの両親達は結婚式を挙げていなかった。折しも、俺の母の従姉弟が、緑の母の従姉妹と結婚する関係で、子供たちが30代になってやっと結婚してくれると自慢されていただけに、自分たちが娘の花嫁姿を見ていなかったことに我慢できなかったようだ。4組の夫婦が険悪になってきたので、家事を口実に俺と緑は緑の家に逃げた。祖父母たちが帰った後に、11月22日の夜に宴会をするので予定を開けておくように両親達に言われた。


 11月22日水曜日、勤労感謝の日の前日に両親達が定時で帰ってきた。ちょっと贅沢な食事になるから期待してと言って両親達に急かされて車に乗せられた。行き先は、飯縄神社に付属する温泉旅館だった。祖父母たちが合同で結婚式を挙げた場所で、結婚記念日の宴会をするという。旅館には緑の母方の祖父母と、俺の母方の祖父母が先に到着していた。

 最初に記念写真を撮影するので、着替えろと言われた。用意されていた服を見たら、白のタキシードである。父と叔父も同様に白のタキシードに着替え始めていた。

「親父、なんで俺まで、これを着る必要がある?」

「還暦で赤いちゃんちゃんこなんて着るよりも、ルビー婚式でドレスを着たいと言い出してな。5組とも白のタキシードにドレスの組み合わせで記念写真を撮ることになったんだ。」

「5組って俺と緑も勘定に入っているのか?」

「恨み言なら母さんたちに言うのだな。お前と緑ちゃんが婚約というより事実婚の夫婦関係になっているから、あと数年待てば孫夫婦が結婚するからその花嫁姿で我慢してくれと、お前たちを身代わりにして逃げようとしたのが原因だ。」

「まあ、うちの緑と直人君の婚約にはびっくりしたようだけれど喜んでくれたのさ。でも、法律婚しても苗字が変わるわけでもないから、なおさら俺達たちの二の舞になる可能性があると危惧してな。美保に緑が同じことをしたら母親として許せるのかって説得を始めたわけだ。」

「婚約記念写真だと思って、撮っておきなさい。それで丸く収まる。」

「俺が知らなかったということは、緑も知らなかったということですよね?緑が怒りだしそうな気がするのですけれど。」

「緑なら大丈夫だろう。母親達や祖母達に説得されると思うよ。着飾ることは嫌いじゃないし、気に入らないなら本番で気に入った衣装にすればいい。直人君が褒めてやれば緑の機嫌も直るだろう。そのぐらいの甲斐性なら今の段階でもあるだろう?」

 下手なことを言うと、緑の不機嫌の矛先が自分に向くことが十分予想できる。どうしたものか。


 記念写真用のスタジオに移動すると、祖父たちが先に待っていた。案の定、緑が臍を曲げてメイクに時間がかかっているらしい。先に祖母達がスタジオに入ってきた後に、母達がスタジオに入ってきた。学校で見かける仕事用の地味なメイクとは違った勝負メイクをした母達は20代後半の若々しさを取り戻して綺麗だった。化粧って怖いね。父達に感想を囁かれて満足げな表情をしていた。

 最後に緑が入ってきた。さすがプロがやると違うなあ。デート用の勝負メイクより明るい感じでまとまっている。緑は、登校時やリモート授業では多少化粧をしているが、優等生らしい地味な最低限の薄化粧が基本である。もっとも、帰宅するとすぐにメイクを落としてしまい、学校以外では俺とはスッピンで一緒に過ごしている方が長い。

「可愛くまとめてもらって良かったね。」

「見直した?」

「うん、惚れ直した。たまには、これも良いね。」

「あなたはスッピンで一緒にいる方が良いみたいだけどね。」

「素がいいからね。スッピンでも十分魅力的なんだよ。」

「でも、いつものメイクだと、口が悪い友達は疲れた女教師のように見えるというんだよ。」

「老けて見えるのではなく、大人びて見えているだけだから。」

「でも、学校でお父さんにお母さんと間違われたのはショックだったよ。」

「緑の方が少し背が高いけれど、よく似ているからね。お義母さんの学生時代を知っているだけに同じ制服を着ていることもあって錯覚したのではないか?」

 両親達もかつて通学した市立飯縄高校の制服は、一般にはリクルートスーツに分類されるデザインで、教師も同じ制服を着ている。

「まあ、化粧するのも手間がかかるし、あなた以外にもてても仕方ないからね。でも、今回はいい勉強をさせてもらった。プロはさすがね。」

 どうやら満点には遠いが、機嫌を直す程度の次第点はもらえたようだ。ちらりと母達を一瞥してから、『鬼も十八、番茶も出花』って、まだ私にはフルメイクなんて必要ないのなんて嘯いている。念話で、平松愛理の『部屋とYシャツと私』なんて鼻歌を歌っているところを見ると、将来的にオシャレもしたいから協力しろということのようだ。まあ、今から気を配っていれば、20年後も母達レベルの美人ではいられるだろう。

 写真は、カップルで1枚づつ、親子3人で1枚づつ、3世代5人で1枚づつといった感じで撮影した後、最後に10人での集合写真を撮った。緑は、自分の携帯でカメラマンに撮ってもらった俺との写真にニマニマしていた。


 撮影後に着替えてから行われた宴会で、俺と緑が上座の雛壇席に座らされた。席次も俺の両親と祖父母、緑の両親と緑の祖父母というように分かれている。いつの間にか俺と緑の披露宴みたくなっているけれど、どうしてこうなった?

 宴会料理は、海鮮料理だった。料理の構成的に付け足したかのようにハンバーグが付いていたが、時節柄その方が高級感があるからだろう。牛肉なんて冷蔵庫で冷凍していた在庫が終わってから数週間ぶりだ。あるところには肉ってあるのだなと不平等を感じた。

 二次会は宿泊用に借りた大部屋でカラオケ大会になった。女性陣が楽しそうに歌っている一方で、祖父達に捕まって、良い男論とか、良い夫論を訓示された。父達がごもっともと肯定して支援するので止まらなくなってしまったのだ。さだまさしの『関白失脚』の歌詞を連想してしまったが、夫婦で幸せでいつづけるための努力って大変なんだなということだけは分かった。

「直人君、君は既にうちの緑の尻に敷かれているではないか。しっかり稼げるようになって、あの子を支えてやればいい。」

「緑は、俺でできることは確実に要求してきますから、結構スパルタなんです。」

「社会人の先輩として言わせてもらえば、自分のパートナーすら説得できない男が、勤務先や社会で信頼を勝ち取ったり出世できたりできるわけがないのだよ。好きなんだろう。愛してやればいい。頑張りたまえ」


 12月2日土曜日大安の吉日、俺の母の従姉弟と緑の母の従姉妹がめでたく結婚した。この30代のカップルは、新婦が妊娠2か月であることが最近分かったこともあって、幸せそうだった。新婦が投げたブーケを受け取った緑は嬉しそうだった。

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