第28話 勝手な奴ら

 モンスターの襲撃を受けて、学校は、生徒を速やかに帰宅させるとともに、翌日に予定されていた文化祭2日目の一般公開日の開催は中止され、撤収作業のみ行われることになった。9月に校内で宝箱が見つかったのに続いて、校庭に出現した宝箱からモンスターが大量出現したことで、教師たちは授業をリモート授業に戻すかどうかの議論を連休中に行うことになった。両親達は、文化祭後の連休には少しは休めそうと期待していたので、申し訳なく思った。


 10月7日以降、散発的に人口密度が高い場所にモンスターの集団が出現し、10-20匹程度の群れに分かれて周辺に分散していった。もはや、山手線周辺では鉄道や地下鉄は使用不可能な状況になり、駅や駅周辺には、モンスターの集団が人間を追い回す光景が見られた。他の人が集まりやすい場所でも同様で、人が集まればモンスターが出現し、人が分散すればモンスターも分散したり、いつの間にか消滅していたりした。

 地方でも変化が見られた。一定以上の大きさの哺乳類が消えていったのである。放し飼いされていた猫や野良猫や野良犬が街から姿を消した。住宅街でも外で飼われていた犬が姿を消していった。奈良市では、あれほどいた鹿が姿を消した。猿や猪の類も姿を消した。比較的オープンな環境で飼育されていた豚や牛や馬といったものも数が減っていった。地上で飼育されていた家畜は、建物の中で保護されていたブロイラーの鶏ぐらいしか残らず、肉を中心とした食料品が高騰を始めた。皮肉なことに、ダンジョンの中で飼育されていた家畜は無事であったが、その数は需要を満たすものではなかった。そのために、世界的に狩猟や放牧を中心とした酪農に依存した生活をしていた地域の多くがダンジョンの中を除いて無人の地になっていった。


 10月6日に別の異変がダンジョンに起きていたことが少しづつ分かってきた。ダンジョンの第3層までは、地形の差こそあれ温帯長草草原地帯とでもいえるような熱帯長草草原地帯とかサバナとか言われる自然環境をそのまま温帯の湿潤な気候にしたような環境が広がっていた。第4層もそうだったのであるが、10月6日に第4層以下にいた人間が強制的に第3層に転移されたかと思えば、再び侵入した第4層がダンジョンがある場所の原生の自然環境に様変わりしていた。第4層の広さもドローンによる調査によれば半径100km以上あるようだ。そこに住む生物も異なっていた。ダンジョンがある場所の原生の自然環境であれば生息していたであろう生物が生息していた。

 第4層に侵入した人々はすぐに第3層に戻ってくる結果になった。想像可能な見慣れた環境であるはずなのに、そこに生息する動物に銃器が通用しなかったからである。鼠より大きな動物に関しては魔力を伴わない物理衝撃をすべて弾く魔力障壁を持つ特性があり、見かけとは異なりモンスターであることを示していた。モンスター間では魔力を伴った攻撃をすることで地上と変わらぬ食物連鎖が成立しているようで、肉食獣が小型の草食獣と思われるものを狩っていたのが目撃されている。第3層までと異なり死体もある程度の時間残るようだ。その草食獣にすら、銃器が通用しなかった。おそらく、魔力を前提とした世界となっているのだろう。植物を燃やすことはできたので、環境を破壊する核兵器や気化爆弾、焼夷弾、化学兵器の類を使えば通用するかもしれないが、この空間を資源として利用したいなら使用を避けた方がいいだろう。人間が持っている銃器が通用しない不便で危険な世界が広がっていたのである。


 10月8日日曜日、俺と緑は、朝食を終えた後、掃除や洗濯などの予定していた家事仕事を終えて、お茶でもしようかという話になった。

 俺がパンケーキを焼き出すと、緑が隣で生クリームを泡立て始めた。ドライフルーツを出しているところを見ると、ドライフルーツ入りのクリームでパンケーキを食べたいということのようだ。俺は、出してあったメープルシロップの瓶を片付けた。焼き上がったパンケーキを大皿に積み上げていくと、緑がパンケーキに出来上がったクリームを塗りたくって、別のパンケーキを被せて挟んでいった。緑が、出来上がった物を三つの皿に盛り付けているから、どうするのかと思ったら、余ったクリームを一つの皿に全部かけてしまった。どうやら余ったクリームをかけた方が自分の分らしい。

 緑が俺の家で食事をするときの指定席に座ったので、俺も自分の席に座ろうとしたら、使った調理器具を指さして、俺を睨んでいる。先に俺が片付けろってことらしい。溜息を吐いて、片付けを始めるとニコニコしてテレビのスイッチをオンにした。ワイドショーでは、ここ数日のダンジョン関連の話題を特集していた。小緑が出てきて、緑の隣の席に座ると、先に食べ始めようとしたところを緑にお預けをされてしょんぼりしているのが見えた。

 俺が席に着くと緑が話しかけてきた。

「直人、あれってどう思う?」

「警察や自衛隊がモンスターを捕獲していること?」

「捕獲なんてしたら、生命力を吸われて被害者が増えるだけでしょう。」

「俺なら、片端から警棒なり木刀で叩いて潰していく。その方が確実だな。」

「ああ、またそこで犠牲者が失神した。相手は元気になって逃げだしているじゃん。」

「日本人らしい話だ。」

「そもそも捕獲したモンスターをどうしているの?」

「最寄りのダンジョンで放流しているようだよ。」

「どうして?」

「どこかの動物愛護団体が、殺してしまうのは残酷だと騒いだのが原因らしい。母さんによると、俺たちの高校にも、クレームが来たらしい。」

「アホ草。」

「人間は面白いことをしますね。斃してしまえば魔石とか得られますし、斃した時に放出される魔力を浴びれば強くなれるのに。」

「小緑、やっぱりそうなのか?」

「そうですよ。ご主人様たちは、『刀樹の木刀』で攻撃して、盾樹や具足樹で身を守っていますけれど、あれにはちゃんと意味があるのです。盾樹や具足樹を使っていれば、接触してもそれらが肩代わりしてくれるので、生命力を吸われにくいのです。その代わり、斃した時に放出される魔力とか、自身の魔力の一部を吸い取られますけれど、収支はプラスになっているはずです。」

「じゃあ、捕獲するのは犠牲者が出るだけで無駄なの?」

「お姉様、そうですよ。毛玉とか、大鼠、アタシのような黒犬は生命力や魔力、存在性を吸うモンスターです。実体のある幽霊のようなものです。アタシは普通のモンスターより何段も格上なのでこうやってご主人様たちと過ごせて楽しいです。パンケーキがおいしいです。クリームが甘くていいです。」

「幽霊?」

「魔力で存在している存在なので、死ねば魔力の結晶である魔石やオーブしか残らないのです。」

「他にはどんなのがいるの?」

「魔力で進化して魔力を扱える野生動物といったものがいます。完全に動物で知力が低く、下等で会話なんてできない連中です。肉食で物理攻撃耐性と物理攻撃力はすごいですよ。あいつらは、死んでもダンジョンが吸収するまで死体が残ります。まったく、生命力や魔力を吸うだけの方が長く資源が使えて効率がいいのに下品な存在です。」

「手強そうだね。」

「ご主人様たちは、既に人間を解脱して、アタシより上位の存在に進化していますから、強くなれば問題ないでしょう。」

「私達、人間を辞めちゃったの?」

「何を今さら言っているのですか?創作物に出てくる魔人とか、仙人とか、リッチとか、オーバーロードといったものと同じ分類になるでしょうね。まだ格が低いですし、人間だった頃の価値観に引きずられているから自覚ないかもしれませんね。アタシの場合獣化すると元になった黒犬の強化種になりますけれど、ご主人様たちは獣化しても人間の強化種になるだけで変化が少ないのです。」

「小緑から見るとそうなるのか。」

「ご主人様、お姉様のためにも早く自覚された方がいいですよ。ご主人様と一番身近な同族はお姉様なのですから。犬の本能に影響されているアタシに言えたことではないですね。生意気言いました、ごめんなさい。」

「いいのよ。小緑ちゃん。いろいろ教えてくれてありがとうね。またあっちの世界に行ったら一緒に遊びましょうね。」

「はい。お姉様。」

 仲良くしている二人は、双子の百合姉妹のように見えるが、言わないでおく。緑本人は、人化して自分とそっくりな状態よりも、獣化した小緑をモフる方がいいようだ。


 テレビに俺たちの学校が映し出された。

「あれ?私たちの学校ね。」

「文化祭の時の映像みたいだな。」


『学生による自警団が、モンスターの襲撃から1000名以上の生徒を救った現場に来ています。近隣にある県立飯縄高校では、9月に授業中の1300名以上の生徒と職員が集団行方不明になるという悲劇が発生していますが、この学校では自警団の活躍で2度の危機を回避したそうです。9月の危機では県立飯縄高校の集団行方不明事件と同じ時期に校内で宝箱が発見され排除に成功しています。10月6日には、文化祭中にグラウンドに出現した宝箱から出てきた200匹以上のモンスターを一網打尽に討伐しています。その時の映像がこれです。』

 ……

『人間なんですか?』

『特撮映画のように見えるかもしれませんが、これはダンジョンで得た身体強化と、スキルによるもので合成やCGではなく実際の映像です。』

『映像に映っているリーダー格の人物は、既に3回もダンジョンに捕獲されながらも、生還している人物だそうです。生還率が低い第2層や第3層へ転送されても生還したとのことです。』

『スキルを得られる可能性は低いと聞きますが?』

『スキルを得るには近接戦闘で大量のモンスターを討伐する必要があるのと、ゲームのようにスキルを得ればすぐに使えるというものではないからだそうです。また複数のスキルを組み合わせて活用しないと、このようなことはできないそうです。』

『こんな能力を持っている人物がいるなら、これまでの犠牲者をもっと減らせたのではないですか?』

『それは不可能です。これまで大規模に集団行方不明が発生したタイミングで、彼ら自身もダンジョンに捕獲されています。たかだか数人の人物が特殊能力を持っていても、日本国内だけで3500以上もあるダンジョンを網羅することは物理的にできません。』

『ネットで映像が公開されてクレームが出ているそうですが、彼らは未成年の学生で、自身が巻き込まれて自衛のために持てる能力を使っただけです。何か報酬をもらっているわけでもなく、他者に対して何らかの義務を持っているわけではありません。両手の届く範囲でベストを尽くす……それしかできないのです。』

 ……

『スキルを得る方法については現在研究が進んでおり、ダンジョン内で活動している人たちを中心にスキルを持っている人は増加してきていますが、実戦でスキルを活用できる人材となるとまだまだ少ないのが現実です。』

『スキルオーブというものがあるそうじゃないですか?』

『スキルオーブを得るにも、モンスターを斃せば必ず取得できるというものではないので大量のモンスターを討伐する必要があります。スキルオーブが劣化しやすいので、燃料として使うのであればともかく、スキルオーブとして流通させるのは困難です。スキルオーブをスキルオーブとして使うのであれば、制限が多いのです。』

 ……

『それでは、いったい誰が私たちを守ってくれるというのですか?』

『一番安全なのは、ダンジョンの第1層で檻の中に入ることです。ダンジョンの中にいれば、それ以上転送に巻き込まれる危険はほぼありません。物理的に防御された施設の中にいれば、モンスターに襲われることもありません。これが一番現実的な解決策で、海外でもダンジョンの第1層への移住を推進している地域があります。』

『それなら、ダンジョン内の施設をもっと作れ!』

『一度に軽トラック1台しか通行できないようなダンジョンの転送ゲートしか移動手段がないのに、どうやって資材を搬入するのですか。物理的に急ぐにしても無理があります。』

『それに関連して、ダンジョン内に高層マンションを建てるためと称する投資詐欺が横行しています。現状では、物資搬入の物量的な制限のために高層マンション建てるほどの資材の搬入はできません。詐欺だと考えていいでしょう。』

 ……



「緑、この人達って、身勝手なものだよな。」

「自分ではリスクを負って苗を植える気はないけれど、利益の果実だけは欲しい強欲だから、まともに相手をするだけ無駄でしょう。」

「こういうのに限って、ズルをしているとか言い出して、逆恨みして問題を起こすから困る。」

「直人、私のことを守ってね。」

「ああ、守ってやる。でも、俺が近くに居なければ、すぐに『格納(ハーレム)』で逃げてきなさい。それが一番確実だ。俺が緑の所に行くより、そっちの方が早い。」

「そうだったね。」

「アタシも、お姉様の陰にいるので、大丈夫ですよ。」


 俺は不安を隠せないでいたが、緑たちは最後の手段があるからと、開き直った。


 気が付くと、テレビ番組は、家畜などの動物が大量に行方不明になっている件に話題が変わっていた。

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