第40話 晃の事情

 佐野祥子が俺たちの家に泊まった晩に、加藤晃から電話があった。

「相場、お前を見込んで相談したいことがある。」

「俺の方でも加藤に言っておきたいことがある。」

「ペアリングってどこに売っているのかわかるか?サイズが分からないから、次のデートで祥子を連れて一緒に買いに行きたい。」

「俺が加藤に聞きたいことにも関係するのだが、加藤はどういうつもりでそのペアリングを佐野に買ってやるのか教えてくれないか?」

「おかしなことを聞くなあ。相場達のおかげでアルバイトしてお金を貯めるのが大変だったんだぞ。」

「俺達?」

「相場さんが、相場にもらった指輪を眺めて隠れてうっとりしているのを、祥子が羨ましがってな。私も相場さんみたく社会人になってからの結婚を指輪を見て待ち焦がれたいなんて言われた。」

「まあ、女の子は恋愛関連の特別な指輪には憧れるものだから仕方なかろう。」

「それなら、何かの記念日に合わせて買おうかって、その時は誤魔化したんだよ。」

「それで?」

「正月にテロ事件に巻き込まれただろう。それで思ったわけだ、後悔する前に買ってやろうってな。一念発起してアルバイトに勤しむこと1ヶ月、ようやく軍資金が貯まった。エンゲージリングは無理でもシンプルなホワイトゴールドあたりのマリッジリングなら買えるだろう。俺は頑張った。」

「頑張ったのはいいが、佐野と連絡を取っているのか?」

「アルバイト中や、夜中にかかってくるのがウザくてな。どうせ隣に住んでいるのだから、いつでも会えると思って、そのうち面倒になって放置していた。」

「佐野と別れる気はないのだな?」

「なぜそんな話になるのか教えてくれ。俺は祥子と将来結婚して、生涯を共にするつもりだ。おまえが相場さんを好きで大事にしているように、俺は祥子が大事なんだよ。」

「その言葉を信じていいのか?おまえは人生の岐路に立っている。佐野さんのために加藤が正しい判断をすることを祈っている。」

「大げさな奴だな。まさか、祥子に何かあったのか?」

「今日、たまたま用事があって学校に登校していたら、学校で佐野さんから加藤とのことで相談を受けた。発作的に自殺しかねない状態だったから、家に連れ帰って緑と幸恵と福恵に佐野さんの相談を受けてもらった。幸恵と福恵が出てきたのは、俺の方も人生の岐路的な問題が起きて、緑と一緒に神山姉妹の家にお世話になっているからだ。話の内容的に男の俺より同性の方が良いと思ってな。」

「祥子のことを心配してくれて、ありがとう。」

「佐野さんは、加藤に捨てられて連絡もつかないって、泣いていたぞ。一人にすると心配だったので、佐野さんには今夜は俺たちの家に泊まってもらっている。佐野さんは、おそらく妊娠している。魔法に反応があった。佐野さんの母親に祥子が妊娠している懸念があることを伝えるとともに、佐野さんが精神的に不安定なので一人にしないように泊めるので、明日の朝に迎えに来てくれるよう頼んだ。」

「困ったなあ。」

「俺が加藤を疑った理由が分かったか。まず、妊娠している前提で覚悟を決めろ。佐野さんには確認していないが、相手は加藤なのだろう。どんな選択を加藤と佐野さんがするにしても覚悟が必要だ。そのためにも、佐野さんと加藤がこれからどうしたいのか、よく話し合え。両親達を説得して支援してもらうにも、強い意志がいる。」

「言うだけのお前は気楽でいいな。」

「気楽ではないぞ。同じような覚悟は先月に俺もしたばかりだ。」

「どうしたらいいんだ。」

「すぐに決断できないなら、今夜はもう遅いから一晩よく考えろ。一人で抱えることはない。今からでも相談すべき大人はいるだろう。ただ、考える時間的余裕は今夜ぐらいしかないぞ。問題を先送りして後手に回れば、確実に加藤にとって不利な状況になっていく。」

「俺は、優先すべきことを間違えていたようだ。」

「俺達の愚痴を聞いてくれるなら、加藤と佐野さんの愚痴ぐらいは聞くつもりだ。誰かが後悔するような結果にだけはしないでくれ。」

「わかった。」

「その上で、ペアリングが必要なら、神山家の関係で幸恵たちに頼んで飯縄宝飾を紹介する。」

「その時は、よろしく。」


 翌日の朝、佐野さんは迎えに来た母親とともに帰っていった。

 佐野さんは、やはり加藤の子を身籠っていた。それから一週間ほど両家の両親と揉めたらしく、愚痴を聞いてくれと、メッセージが飛んできたり、電話で話したりしていたが、佐野さんが加藤の家に結婚を前提に居候して、出産する方向でまとまったそうだ。学校の方もリモート授業が選択可能で、保健体育などの出席重視の科目もレポートで代用可能になったのが大きく、休学等はしないで済みそうである。

 ある意味、被害が一番大きかったのは、俺かもしれない。惚気が混じった愚痴を聞かされれば、自分もパートナーに甘えたくなったり、サービスが足りないと思ったりするのが人情というものだ。勉強して、家事を分担して、神社の仕事をして、それらだけで1日の時間のほとんどが費やされる。合間に会話したりスキンシップを取ったりはしているのだが、女性陣には構ってもらえていないという不満が溜まっていったのである。その反動が、夢空間で起きていた。夢空間では時間が有限ではないから、時間がないという定番の言い訳ができないのだ。

 佐野さんが帰っていった日からしばらくした日の夢空間では、こんな会話をしていた。

「緑、頼んでおいた卒業式の在校生代表の送辞の作文はできているのか?」

「直人、やるから、先にストレッチとマッサージをお願い。」

「卒業式で実際に読むのは俺が代理でやるから、原稿は早めにお願いする。卒業式まで、あと2週間無いからな。」

「意外とやることが多いのねえ。」

「来月には、入学式の歓迎の辞もあるぞ。新入生を対象とした部活紹介の方の準備は、太田先輩と佐川先輩にお願いして来たけれど、準備の内容を把握していないと、たぶん来年も継続で生徒会長だろうから、俺たちが困ることになるぞ。」

「そこがいいの。もう少し強くやって。」

「もう少し体を動かした方がいいのではないか?」

「家事作業だって、そこそこやっているでしょう。」

 緑にマッサージしながら生徒会関連の打ち合わせをしていると幸恵と福恵がやってきた。

「ご主人様、その後に、二人残っているのを忘れないでね。小緑も外で一緒に遊んでももらいたいみたいよ。」

「ご主人様と姉さん、直階認定で必要になる知識ぐらいないと、いつまでも清掃員のままだよ。」

「直階というと、中卒以上の該当者が後継者向けの研修で取れる階位だっけ?」

「私たちは大学に進学して資格を取得する予定だけれど、通常業務でも知っておかないと仕事にならないことが多い。」

「それ以外にも、3月の節句の準備もあるし、お花見関係の作業もあるから大変よ。」

「参拝客とか、結婚式なんかは減っているから、収入は下降気味だからお花見で多少でも挽回しておきたいってお父さんたちが言っていた。」

「俺には休みというものがないのか?」

「何を言っているの。現在進行形でお姉様に実利を兼ねたマッサージをしてお楽しみしているじゃないの。次は私の番だからこうやって待っているの。」

「ご主人様、この先、お金が必要になるし、何かを買ってくれとは言わないからサービスして。」

「お姉様と姉さん、祥子はペアリングを買ってもらって嬉しそうだったね。」

「あら、福ちゃん、指輪なら私達にもあるでしょう。」

「でも、あの写真だけは、お姉様は持っていても私達にはないじゃない。」

 12月に撮影した俺と緑の記念写真を羨ましそうに見ている。

「そういえば、幸恵や福恵との写真って意外と少ないな。」

「将来的には今の妊婦姿も希少だと思うぞ。子供に自慢できるだろう。」

「家族写真も欲しいし、今度時間を作って撮影しましょう。」


 夢空間でこうした穏やかな時間が取れるのは、きっと幸せなことなのだろう。


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