第8話 夢のマイホーム
ついさっき寝たばかりのはずなのに、もう外が明るくなり始めて目が覚めた。
俺の腕に何か暖かい重量物が纏わりついていて身動きが取れない。俺と同じぐらいの体格の筋肉質な女性ようだ。髪で隠れた顔を確認したら緑だった。
周囲を見回すと知らない部屋だった。部屋の広さは8畳ぐらいで、3畳ほどの畳ベッドに布団が敷かれていて、その周りに事務机と洋服箪笥が2つ一組で並んでいて、その隣に大きな本棚と本棚の前に積み上がった本の山があって狭さを感じる。ベッドの頭上方向には大きな窓があるようだ。全体の印象としては俺の部屋や緑の部屋に似ていて既視感がある。
ひと悶着ありそうだから、寝たふりをしながら、ゆっくりと魔力を流して彼女の体を活性化させていく。しばらくすると、彼女が起きた気配を感じた。
「あれ?ここ、どこ?なんで裸なの?……やっぱり、犯人はこいつだよねえ。」
「とりあえず服は……箪笥があるなら服があるといいなあ。」
「こっちは男物だったから、こっちは……見慣れたデザインばかりだし、サイズにしても私のだよね。」
衣擦れの音が想像力を刺激した。着替えの様子を妄想していると、頭をこつんと殴られた。
「直人、寝たふりしているのは分かっているから、さっさと起きて着替えて。はい、着替えの服。」
目を開けると、ジーンズにエンジと白のチェック柄のカジュアルシャツというラフな服装の緑が、男物の下着とジーンズと紺と青のチェック柄のカジュアルシャツのセットを着替えとして差し出してきていた。じっと見られているのが落ち着かないが、着替えてしまう。
窓から外を見ると、高さ2m、厚さ50cmぐらいの石壁に囲まれた敷地にある家の二階であるようだった。壁の外を見ると、草原の中に小川が流れ、少し離れたところに池が見えた。池の横に視線を動かしていくと、巨木の足元に盛り上がったところがってその手前に鳥居があるという典型的なダンジョンのゲートが見えた。よく見ると毛玉が草原の中を跳ねていて、草の合間に見えたり消えたりしている。
「緑、ここダンジョンの第1層みたいだ。」
「そう断定するのは早いでしょう?」
「この草原は俺が捕獲された神社の所のダンジョンの中によく似ているんだよ。あそこにある巨木なんか、典型的なダンジョンのゲートのように見える。」
気になって『ステータスメニュー』を確認したら、俺と緑の『ステータス』の付帯事項は『投影中』・『睡眠中』・『夢空間投影中』になっていた。
「『ステータス』を見ると『夢空間投影中』になっているから、ここが『夢空間』なのかな。」
「『夢空間』……直人と私が同じ夢を見ているってこと?」
「創作物に出てくる異世界じゃなくて、俺たちの夢の中。現在の俺達には十分に現実だけれど……とりあえず、この家の中を一緒に見てみよう。」
「そうね。」
俺たちは部屋から出て見回った。結論としては、俺の両親の寝室として使っている二階の八畳間が俺の部屋になっていて、俺の部屋だったところが空き部屋なっている違いはあったが、一階は俺の自宅そのものだった。家具などの調度品も同じものであるように見える。他に違っていたのは、リビングの壁に父と母の結婚写真が飾られているところに、先日の夢で見た俺と緑の結婚写真が飾られていたことぐらいだった。設定的に俺と緑の家ということのようだ。俺がその写真を見つけて、「花嫁衣装を着た緑って綺麗だねえ」と言ったら、緑にグイッと引っ張られて抱きしめられてキスした後、「現実になるように努力しようね」と彼女の胸に添えた手を抓られた。
緑が現実との違いを気にして間違い探しを始めたようなので、放置してお茶の準備を始めた。台所でお湯を沸かしながら、パンケーキを焼いた。紅茶を淹れて、冷蔵庫にゴルゴンゾーラ風のブルーチーズがあったので、付け合わせに添えた。配膳が終わったタイミングで、緑が台所に戻ってきて、「ここ私の席だよね」と目で確認した後に座った。
「直人、この後どうする?」
「まず、ここから出られる条件が分からない。なぜか水もガスも電気も使えるし、最低でも1週間分以上の食料もある。」
「このまま、ここにいてもやることないよ。テレビは映らないし、ネットも繋がらない。本はあるけれど、教科書と参考書と今まで読んだことのある本ばかりだよ。直人に襲われても困るしね。」
「それなら外をちょっと見てみるか? 向こうに見えるダンジョンのゲートのようなものも気になるしな。」
「それならそうしようか。危なそうだったら戻ってくるということで……」
玄関から外に出たら、庭に直径50cmぐらいの丸い板と、横50cm縦80cmぐらいの長方形の板が生えていた。『刀樹の木刀』のことを思い出して、丸い方を掴んでみると、体から魔力が吸いだされるとともに、プチッと根が切れる感触がして『盾樹をテイムしました』の通知が頭に浮かんだ。『鑑定』してみると『盾樹のラウンドバックラー』であるという。表は緑色をして艶やかな丸みを帯びていた。持ち手がある方からは向こう側が透けて見え、持ち手の近くに宝珠があり、魔力を流すと軽くなった。
「緑、そっちの四角いのを取ってみて、盾として使える。魔力を流せば見かけほど重くない。ただ盾樹という意思のあるアイテムでもあるので、定期的に魔力を要求される。万が一のこともあるから持っておいた方がいい。」
「意外と軽いのね。表から見ると透けていないのに、取っ手の方から向こうが透けて見えるのが不思議。」
「たぶん毛玉なら、魔力をかけてそれで殴りつければ消えるだろうさ。」
『格納(アイテム)』で仕舞ってあった『刀樹の木刀』も念のため出しておく。
敷地の外に通じる重そうな扉に触って魔力を流したら開いた。俺たちが外に出てから魔力を流したら、閉まっていった。魔力で開け閉めする物だったようだ。
膝丈の草原を踏み分けつつ、一直線に巨木の方に歩いて行った。5分ほど進んだところで、10匹の毛玉の群れに襲われた。
最初にとびかかってきた一匹を盾で跳ね飛ばして、2番目に飛びかかってきたのを横に切り払った。後方から飛びかかってきたものは、緑が盾で跳ね飛ばしてくれているようだった。そうやって盾で跳ね飛ばし、木刀で切り払いつづけているうちに毛玉の数は減っていった。前方や側面から襲ってくるものがいなくなったので後ろを見たら、緑が1匹を踏み潰した後、最後の1匹を盾で押しつぶしていた。
緑は俺と体格があまり変わらないし、力もあるのは知っていたが、本気で反撃するとあそこまで豹変するのかと、喧嘩しても暴力だけは避けようと思った。まあ、毛玉に生命力を吸い取られて亡くなった知り合いもいるから無理もなかろう。消耗していたようなので、魔力で回復しておいた。
「何も残らなかったね。なんか残念。」と運動して上気した緑が言った。
「やっぱりレアなのだろうね。あの時はこの数倍ぐらいの数に襲われたんだよ。」
「直人、大変だったね。」
「ちょっと軽率だったかなあ……」
それから2度ほど同じぐらいの規模で襲われた後、拠点を出てから2時間ほどで、巨木の下にある鳥居の所に到着した。やはりダンジョンのゲートであるようで、円墳の石室から魔力の流れを感じた。
緑と手をつないで石室の中に入っていくと浮遊感がして意識が途切れた。
意識が戻って目を開いたら、緑が制服姿で俺の顔を覗き込んでいた。安堵した表情で俺の額にキスすると、「早く着替えて降りてきなさい」と足音軽く去っていった。周囲を見渡すと見慣れた俺の部屋だった。しかし、そこにはあるはずのない『刀樹の木刀』が右手の傍らにあって、『盾樹のラウンドバックラー』が掛け布団の代わりに俺の上にあった。夢空間とはいえ、もう一つの現実だったとでもいうのだろうかと疑問に思いつつ、盾と木刀を『格納(アイテム)』で仕舞って、着替えた。
昨日と同じ一日が、また始まった。
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