第44話 待っていた人たち
父、尚人に第3層の警備事務所にたどり着いた時点で先に連絡が行っていたこともあって、緑と幸恵と福恵は、無事に帰れたことを祝う準備をしていてくれたようだ。家の中から酢飯のいい匂いがするところからすると、ちらし寿司か何かを用意してくれたのだろう。
自宅に帰ったら、緑が両親である美保叔母さん、隼人叔父さんに抱き付いて無事を祝った後に、おまけと言わんばかりに俺に抱き付いてきた。少し寂しいが、俺が無事なのは最初から分かっていたことだし、今夜夢空間で存分に甘えるつもりなのだろう。幸恵と福恵は、左右から同時に抱き付いた後で、ぎゅうと締め上げられて、あなただけの体ではないのだから心配させるなと俺を叱った。幸恵と福恵の両親である悠人さんと静恵さんも大変だったねと労わってくれた。
「ダンジョンに捕獲されたときにはどうなるかと思いましたが、緑が機転を利かせて小緑を俺につけていてくれたこともあって、今回も無事に帰ることが出来ました。心配かけてごめんなさい。」
「直人、スキルであなたが無事で、あなたを通してお母さんたちの無事も確認できたのは良かったけれど、帰ってくるのに時間がかかって心配だったんだからね。」
「ご主人様、無理しないでよ。お姉様は、一緒にダンジョンに落ちたこともあってあまり心配していなかったようだけれど、私と福ちゃんは心配したんだからね。」
「ご主人様、姉さんは、しばらく留守にしているだけで普通に帰ってくると言うお姉様に、心配するあまり喧嘩していたんだよ。私も心配していたけれど、ご主人様に対する信頼の差ってこういうところで出るんだね。」
「福ちゃん、余分なことは言わない。」
「緑、幸恵、福恵、心配かけたのは謝る。心配してくれてありがとう。今はこうして帰って来られたことが嬉しい。」
小緑と小薄と萱を影の中で待機させたままなのを思い出して、出てくるように言った。
「小緑、小薄、萱、家に着いたから出てきていいよ。」
小緑は大きな黒犬の姿で、小薄と萱は大きな白狐の姿で、それぞれ現れた。改めて自宅で見ると大きさゆえに威圧感がある。悠人さんと静恵さんは、驚いてしり込みして表情を引き攣らせていた。ダンジョンでは、獣化した状態だったからそのまま出てきたのだろう。人化して挨拶するように指示した。小薄と萱は、人化した途端に心細くなったのか、小緑に隠れるようにしている。
「お姉様、幸恵さん、福恵さん、ご主人様とご両親達を無事に連れ帰ることが出来ました。アタシを褒めて。」
「小緑、あなた頑張ったわねえ。ありがとう。直人、この子たちが新しく使い魔になった子たちなの?」
「中学時代の俺と緑にそっくりだろう?男の子が小薄で、女の子が萱。小薄と萱は白狐の夫婦だよ。」
「こうして人化していると、萱は小緑の妹のように見えるね。」
「緑に小緑を護衛につけているから、小薄と萱は幸恵と福恵に護衛につけるつもりです。ただ、性格的に単独行動を好む猫みたいなところがあるので、たまにお散歩に出す感じで、幸恵と福恵の御用聞きで家の警備とか神社の掃除をしてもらった方がいいかもしれない。」
「悠人さんと静恵さん、居候が増えて申し訳ございませんが、宜しくお願いします。基本的に飲食は嗜好品で人化している時の服の費用が掛かる程度なので、負担は少ないと思います。幸恵と福恵が、万が一ダンジョンに落ちた時の護衛という意味が強いです。」
「直人君、これも縁というものだろう。小薄ちゃんに、萱ちゃん、宜しくね。」
「はい。任せてください。僕は、この場所に立ち込めている気配が気に入りました。萱も気にいると思います。宜しくお願いします。」
俺たちは、神山家の離れである俺たちの家に入って、宴会の準備を始めた。緑の両親と母には先に風呂に入ってもらった。その後で俺も風呂に入って、ついでに小緑を洗ってやり、小緑に俺が風呂から出た後で小薄と萱に風呂の入り方を教えるように命じた。さすがに俺が萱を洗うのは小薄が嫌がるだろうからな。
俺が風呂に入っていた間に、隼人叔父さんは市立飯縄高校の再建責任者に帰還の報告をしていたようである。うんざりして表情からすると、明日からしばらく残業が続きそうである。
寝室に使っている八畳二間の和室であるが、15人も集まるとさすがに狭く感じる。幸恵たちの祖父である神山彰人が最年長者として乾杯の音頭を取った。
「学校の方では多くの方が犠牲になりましたが、私たちの大切な人たちは、ここに、また集まることが出来ました。亡くなった方々を追悼するとともに、今こうして集まれたことを祝いましょう。乾杯。」
食卓には、五目寿司と、五目寿司を油揚げの中に入れた稲荷寿司、刺身の盛り合わせと、鶏の唐揚げが並んでいた。小薄と萱が並んだ料理に興奮していた。取り分けてもらった稲荷寿司と唐揚げを、フォークで食べている。さすがに箸を使うのは二人にはまだ無理だったようだ。
幸恵と福恵は、小緑と小薄と萱の3人を相手に、飯縄神社に伝わる犬や狐にまつわる昔話をしていた。
「飯縄神社というのは、基本的に土地神様なの。上ツ宮にはいろいろな神様が祀られているけれど、水源地を守る山の神様という意味合いが強い。ここでは大神として犬が神様の使いや神の化身として信仰の対象になっている。後の時代に疫病退散で有名になった疾病次郎はこの流れによるものね。そこに、農作物の守り神として追加されたのが中ツ宮の稲荷神社になる。稲荷神社もいろいろ変遷があるのだけれど、現在では宇迦之御魂大神を祭神で稲荷つまり狐が神様の使いとして信仰の対象になっている。宇迦之御魂大神は、豊受明神と習合されていて、本殿に祀られている天照皇大御神が豊葦原瑞穂国を豊穣の地にせよと豊受明神に命じたので、豊受明神が眷属の狐たちに命じ、稲の種を各地に蒔かせたなんて話も残っているの。だから、うちの神社に小緑ちゃんたちが来たのは必然だったかもしれないね。」
「姉さん、最初に見た黒犬の姿や白狐の姿も、精悍さと可愛さが同居していて素敵だった。小薄君、萱ちゃん、仲良くしてね。中ツ宮といえば、狐塚ができてから豊作が続いたから、そこに稲荷神社を作ったとか、飯縄神社の神主が狐の嫁を貰った狐女房なんて話もありましたね。」
「悪戯して、悪さなんかしなければ、親切にしてくれる人の方が多いと思うよ。でも、あからさまに人前で姿を変えるのは避けた方がいいかもしれない。人外の存在に寛容ではない人もいるからね。」
人懐っこい小緑に、どこか面倒くさそうな小薄と萱というのが対照的だが、仲良くしてもらいたいものだ。
一方で、保護者組は無事を祝う一方で、学校がどうなるのかしきりに気にしていた。どうせ3月で、直近ではこのまま休学になって春休みになるのは確実であろう。問題は、来年度である。県内だけでも、同じ日に卒業式が行っていた学校が多く、その半数近くで、卒業生とともに教職員の大半が失われてしまった。そのために、教員不足からリモート授業による統一授業を行うところまで追い込まれてしまったのだ。
「市立飯縄高校も県立飯縄高校も新入学の生徒が半分以下になってしまったこともあって、県立飯縄高校の新しい教師と新入学の生徒をまとめて、在籍したまま市立飯縄高校に派遣するという案が出てきています。これで少しでも教員不足を補いたいということのようです。必然的に新人の教師が多くなりますので、志保と美保には正規教員への格上げが提案されました。ベテランが足りないのです。」
隼人叔父さんが渋い顔をしている。
「親としては頭が痛いところですね。教員は足りないし、下手に学校に生徒が集中すると、ダンジョンに子供の命が奪われかねない。リモート授業も悪くはないが、何とかならないものなのかねえ。」
母も相槌を打った。
「いっそのこと、通学の問題がありますけれど、学校をダンジョンの中に作った方がいいかもしれませんね。」
静恵さんが諦めがちに呟いた。
「そういう案もあるようなのですが、施設の建設予算が足りず、予算があっても施設の建設が間に合わないというのが現実のようです。」
美保叔母さんが話を継いだ。
「直人君のように、何度、ダンジョンに捕獲されても生還してくるような子は例外中の例外ですからねえ。意図的に事前にダンジョンでスキルを取得させて、鍛錬するというのも一つの方法ですが、教育方法が確立していないし、危険な行為ではあるのでカリキュラムとして組むのも難しい。」
隼人叔父さんが、俺のことを人外扱いしているが、あの戦いぶりを見れば仕方なかろう。
「他所の親御さんに言わせれば、子供が無事でいるだけで贅沢なのでしょうね。」
母もしげしげと呟いた。
「5月に子供が生まれれば、勉強している時間は、うちの佳恵と静恵で面倒を看ますので、学校の方を頑張ってください。佳恵と静恵が子育てに参加する分、直人君には神社の仕事を頑張ってもらうことになりますがね。」
悠人さんが頼もしい応援をしてくれた。俺が忙しくなるのは既定路線のようだ。
「経過はともかく、父親としての責任はありますからね。当然でしょう。でも、こんな世相ですから、賑やかなのはいいものです。私たちも仕事の合間に顔を出させていただきます。」
父がそれに答えた。
「直人君に、緑さん、娘たちで、明るい家庭を築いてくれればそれでいいです。足りないところは先達が補ってやればいい。」
静恵さんの言葉が、頼もしい。
いつの間にか保護者たちの視線が俺に集まっていた。緑や、幸恵と福恵まで俺のことを見つめていた。期待が重い。
「両手の届く範囲でベストを尽くさせてもらいます。ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い致します。」
無理しないで頑張りなさいと、彰人さんが締めくくった。
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