第37話
和室で待機していると青井にこんな事を訊かれた。
「小野さんが霊と会ってる間、ちょっと出かけてもいいか?」
「どこに行くの?」
「コンビニに用事があるんだ」
「…あるのコンビニ」
失礼とわかっていても、言葉が口をついてしまう。
「こんな田舎にも、コンビニの一つくらいあるさ」
「ふーん…」
何処にあるんだろう。それを訊こうとした時、住職が戻ってきた。
「お待たせいたしました。準備が整いましたので、ご案内いたします」
「あ、はい」
後で訊けばいいか。
霊媒師のいる部屋に通され座布団に座った。
「こんにちは。本日はどなたの霊にお会いになりたいのですか?」
その問いかけに彼女は悩むことは無かった。
「私の父です」
バッグから写真を取り出し、霊媒師に差し出す。
「お父様のお名前を伺いたいのですが」
「小野達郎です」
「わかりました」
そう言うと受け取った写真をじっと見つめ始めた。涼華もその様子を息を殺して見守る。
「うぅ…」
唸り声を上げると項垂れ、腕を畳に降ろした。悪霊を呼んだ時と同じ動きだ。しかし、顔を上げ彼女を見つめる表情は全く違った。
「涼華…」
「お父さん…?」
その言葉に父は頷いた。
「本当にすまない…。悪霊に取り憑かれていたとはいえ、俺は取り返しのつかない事をしてしまった」
悲しそうな顔をして言った。涼華は首を振り、こう言葉をかける。
「お父さんは何も悪くない。あの悪霊が全部悪いんだよ」
「だが、俺のせいで母さんと華那子は死んで、柚華と涼華は離れ離れになったんだ」
そこまで言うと父は目を固く閉じ、涙声になった。
「本当にすまない…」
「もういいの、お父さん。わたしも悪霊に取り憑かれたからお父さんの気持ちがわかる。すごく悔しくて悲しかったんだよね」
「ああ…」
涙を流しながら答える父。
「言いづらいけど、確かにお父さんの事を恨んだ時もあった、でも悪霊がやった事だってわかったから、もうそんなこと思ったりしないし、こらからも絶対に思わない。だからお父さんも自分の事を責めたりしないで」
「涼華…」
「お父さんは家族みんなのことを愛してくれてたし、みんなもお父さんのことが大好きだった。それにお父さんの作ってくれたチャーハンだって美味しくて大好きだった。もう食べられないのは残念だけど…。そうだ!せっかくだから作り方教えてよ!」
バッグからボールペンとメモ帳を取り出す。「そんな、レシピと言う程の物じゃ…」
「いいから、教えて」
謙遜する父を促す涼華。
「大した物は入っていないんだけど」
材料や火加減などを語り始める、それを一つも聞き漏らすこと無く書き留めた。
「…わかった。ありがとう、お父さんと同じ味になるように頑張るから」
「そんなに意気込まなくてもいいんじゃないのか?」
父は少し笑いながら言う。
「そうかなぁ」
涼華も笑みを浮かべながら言った。
「すぐに作れるさ」
「うん」
二人で笑い合う。
「…ん?」
突然父が何かに気づいた顔になった。
「すまない涼華、もう戻らないといけないみたいだ」
「戻るって…」
「あの世に」
「え!そんな!」
まだ話したいことが沢山あるのに!
「すまない、あんまり長くこの世にいられないんだ」
「そう…」
「それで、最後に聞いてほしいことがあるんだ」
そう言うと真剣な表情になった。
「なに?」
「あの屋敷には、もう行かないでくれ」
「え…」
どうして知ってるの…?
「涼華はわからないかもしれないけど、俺も母さんも華那子もあの世から、お前と柚華のことを見てるんだ」
「そうなの!?」
目を見開く。
「ああ、それでお前が自殺するためにあの屋敷に行こうとしているのを知って、すごく驚いた」
屋敷に行こうと考えたのは自殺をしようとする何日か前だから、その時から父は知っていたのかもしれない。
「お前を助けたくても幽霊だから何もできなくて、諦めかけた時に青井さんという人に頼めば何とか助けられるかもしれないって聞いたんだ」
「え!」
またもや目を見開く。
「わたしが自殺しようとしているのを青井さんに伝えたのって…」
「俺なんだ」
「そうだったの…」
自分が知らないだけで、みんなはずっと見守っていてくれたんだ…。
「…ありがとう、お父さんと青井さんが助けてくれなかったら、わたし死んでた。お父さん、お母さん、柚華お姉ちゃん、華那子お姉ちゃん、そして育ててくれたお父さんとお母さん、みんなを悲しませるところだった。本当にありがとう」
「俺もお前を育ててくれた御夫婦には、言葉にできないくらい感謝しているんだ。幽霊だから、何のお礼もできないのが悔しい、でも涼華は生きているんだ。ちゃんと恩返しをするんだぞ?」
「うん」
「そのためにもあの屋敷には行かないでくれ、たとえ悪霊はもういないとわかっていても、お前に何かあったらと思うと不安でしかたないんだ」
父の声は少し震えているような気がする。
「わかった、屋敷にはもう行かない。だからお父さんも絶対に自分のことを責めないって約束して」
「だけどー」
「お父さんは何も悪くない」
瞬きせずに父の目を見つめた。
「…わかった、涼華の言う通り俺は何も悪くない」
「うん」
「優しい娘がいるんだから俺は幸せ者だ」
父の声が少しずつ小さくなっていく。
「お父さん…」
「涼華のおかげで、もう苦しい思いをしなくて済む。本当にありがとう…」
そう言うと父は目を閉じて、うつむき、何も話さなくなった。
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