第48話

 会社が終わった後、外田と約束した通り、二人で少し離れたレストランへと向かった。桜城の喫茶店とはまた違う、オシャレな店だ。


「あの…次の職場はもう決まっているのですか?」


食事をしながら外田が訊いてきた。


「ううん。まだこれから」


「そうなんですか…」 

 

そう言うと彼女はうつむいた。


「どうしたの?」


「あ、いえ…その…」


再びうつむく、何か言いたい事があるように見える。そう思っていると、外田は顔を上げ思い切ったようにこう言った。


「あの、もしかしたら私と小野さんは、子供の頃に会っているかもしれないんです」


「え!」


思いがけない言葉に変な声が出る。


「小野さんの下のお名前って、涼華さんではないですか?」


涼華は目を丸くした。


「どうして知ってるの…」


「やっぱり…」


外田が確信した顔をする。


「あの、私、幼稚園の時一緒だった外田絵理です。憶えてますか?」


「ちょ、ちょっと待ってね…」


記憶を遡る、幼稚園というと、もう本当にはっきりとは憶えていないのだが…。少しして涼華の頭に一人の女児が浮かんだ。


「え…」

 

外田の顔をまじまじと見つめた。


「絵理ちゃん…?」


「はい…」


 食事を終え、店を出ると二人は向き合った。


「本当にお辞めになるんですね…」


「うん、でも大丈夫。連絡先も交換したし、会おうと思えばいつでも会える」  


「そうですよね…。また、会えますよね」


外田は少し元気を取り戻したようだ。


彼女が言うには、友達のいなかった自分に話しかけてくれたのが涼華で、初めてできた大切な友達だったらしい。


事件の後に涼華が引き取られると同時に幼稚園も変わり、それ以来ずっと気にしていたらしい。


「あの、どうして別の幼稚園に移られたんですか?」


「えっと、いろいろあってね…」


外田はあの事件の被害者が、涼華であることを知らない。言葉を濁すしかなかった。まだ外田にそのことを話す気にはなれない。


「お体に気をつけてください。私、涼華さんのこと応援してますから!」


そう言って手を握られた。


「うん、ありがとう。絵理ちゃんも体調とか気をつけてね」


涼華も外田の手をしっかりと握り返す。涼華より少し小さくて暖かいてだ。


「それじゃあ、またね」


「はい!」


 一ヶ月後。


涼華は桜城の本屋にいた。本を買うためでも、立ち読みするためでもない。ここが涼華の新しい職場だ。


「小野さん、この本並べてくれる?」


「あ、はい」


店主は優しいおじいさんだ。定年後に本屋を始めたらしい。


 本を並べ終えると、彼女は外の青空に目を向ける。これからこの街で自分は生きていくんだ。そう思うと心が軽くなり、あの空に飛んでいけるような気がした。


彼女の新しい人生が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

華と霊 タボミ @tabomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ