第47話

 次の日、涼華は会社に向かう電車に乗っていた。カバンの中にはいつもの持ち物の他に一通の封筒が入っている。退職届だ。


昨日両親にも話をして決めた。二人とも自分で決めた事ならいいと言ってくれた。だからあんな会社は絶対に辞めると決めたのだ。混雑した車内で上司に何と言うか考える。

 

あの上司の事だ、何だかんだ理由をつけて受け取らない可能性もある。一体なんて言おう…。

 

そうこうしているうちに駅に着く。しかし涼華は考えに夢中になるあまり、そのことに気づかない。すると、誰かが彼女の手を掴んだ。


一瞬驚くも、その手に引かれるままに電車を降りた。そこで初めて、手の主がわかる。


「外田さん」


「すみません…。乗り過ごしてしまうと思ったので…」

 

 二人で会社に向かう途中、涼華は外田に会社を辞めることを打ち明ける。すると外田は予想以上に驚いた。


「え!お辞めになるんですか!?」

  

「うん」  


「そんな…やっと会えたのに…」  


やっと会えた?どういう事だろう。


「…あの、辞めるのでしたら最後に私と食事をしていただけませんか」


「え…いいけど…」


「ありがとうございます。今日、会社が終わった後などいかがでしょう?」


「あ、うん。大丈夫」


食事って外食のことか、てっきり社内食堂のことかと思った。


「お店は私が決めておきますので、小野さんは何もなさらなくて大丈夫です」


「わかった」


涼華が返事をすると、外田はうつむいた。


「あの…外田さん?」


「え、あ!すいません、私先に行きますね!」


そう言うと走っていってしまった。結局、涼華は疑問を訊くことはできなかった。


 会社に着くと、ひとまず自分の席に座る。カバンから封筒を取り出し、上司のもとへ向かった。


「あれ?髪切った?」


涼華の顔を見たるなりそんなことを言う。


「え、まあ…」


「いやー体調不良って聞いて心配したよー。俺も小野さんの顔見ないと元気が出ないっていうかー」


「あの」


言葉を遮る。


「わたくし小野は、今月をもちまして体調不良で会社を辞めさせていただきます」


はっきりと言った。相手は驚いた顔をする。


「そう…」


涼華が差し出した退職届を受け取る。


「理由は?」


「体調不良です」


同じ言葉を繰り返した。 


「…わかった」


上司は封筒を机の引き出しにしまう。それを見届けて彼女は自分の席に戻った。これで良かったんだ。後悔はしていない。





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