第46話

 「お待たせいたしました。ブレンドコーヒーとケーキセットです」


滑らかにカップとお皿がテーブルに並べられた。


「ごゆっくりどうぞ」


店員が店の奥に戻って行くのを見送った後、コーヒーを手に取った。甘い香りが鼻へ抜け、再び土曜日に戻った気分になる。


青井の方はというと砂糖の小袋をひっくり返し、中身を全てコーヒーにいれていた。


「甘くなり過ぎない?」


「苦いのは好きじゃないんだ」


それなら違う物を頼めばいいのでは?と思っても口にはしないでおく。


しばらく二人とも無言でコーヒーや料理を口にはこんだ。

 

「ふぅ…」


サンドイッチとケーキを食べ終え、息を吐く。やっぱりこのお店の料理は最高だ、もちろんコーヒーも。カップの中を見ると、まだ半分ほど残っている。少し休憩してから飲もうかな。


そう思って窓の外へ目を向けた。自分はあの時と同じように動いているが、外の大通りは違う。今日は平日、そのため外を歩いている人も少ない。


特に自分と同じ年代の人はほとんどいない。何だか寂しい気がする。本当ならわたしも他の人のように、会社に行かなければならない。でも、あんなところにはもう行きたくない。


「なあ」

 

「……」


「小野さん」


「…え?」


二回声をかけられて彼女は前を向いた。


「なに?」


「一つ訊いてもいい?」


「うん」

 

青井の方から質問してくることは、あまり無かったのでちょっと驚いてしまう。


「余計なことかもしれないけど、こらからどうするんだ?」


「家に帰るつもりだけど…」


「そうじゃなくて」


「え?」

 

何を言われているのかわからない。


「会社のこと」


「……!」


頭が真っ白になり、目を見開く。今まさにそのことについて考えていたのだ。


「なんでそんなこと…」


「今勤めてる会社が酷いところだって言っただろ?」


今度は顔に赤みがさす。覚えてないんじゃなかったの…。


「そんなこと言ったっけ…?」


ごまかす様にとぼける。


「ああ、路地裏で泣きながら言った」

 

「……」


わかったから、それ以上言わないで…。思い出すのも嫌なくらい恥ずかしい。今でこそこうして話しているけど、あの時はまだ名前も知らない他人同士。


それなのに彼には全く関係の無い不平不満をぶつけてしまった。忘れたと思ってたのに、忘れてほしかったのにー。


「ごめんなさい…」


「どうして謝るんだ?」


「だって、青井さんには関係無いのに八つ当たりしから…」


「俺は八つ当たりされたとは思ってない」  


「…どうして?」


「他に話せる人がいなかったんだろ?」


「……」


「だから、自殺をとめた男の顔を見たら溜め込んでた不満が爆発した、違うか?」


彼の言葉に無言で頷く。正確には顔ではなく、彼がわたしのことを覚えていなかったから爆発したのだけれど。


「それなら、小野さんは謝る必要は無い」


「……」 


何も返事をしない彼女をよそに、青井は言葉を続ける。


「話を戻すけど、どうするつもりなんだ?」 


「……」


「このまま続けて大丈夫なのか?」


「…わからない」

 

お母さんとは自殺しないって約束したげど、今はちょっと自信が無い。


「両親には相談したのか?」


両親とは里親のことだろう。


今度は首を横に振る。


「迷惑かけたくない」

 

「それは小野さんが勝手に思ってるだけだ」


はっきりと否定されてしまった。

 

「本当に迷惑なら君のことを引き取って育てたりしない」


「……」


「むしろ自殺した方が、両親を裏切ったことになるんじゃないのか?」


「それはー」


「生きてほしいから育てたのに、そんな会社のために死んだりしたら親御さんの苦労と努力が無駄になる」


「……」


「自殺は親不孝な事だし、恩返しもできない。たとえ血は繋がっていなくても、君はあの夫婦の娘だ」


「……」


「だから一人で抱え込まずに、話せばいいんだ」

 

「……わかった」


涼華の返事に青井は頷いた。


「あの…青井さんだったらどうするの?」


「俺だったら…そんな会社すぐに辞める」


またもやはっきりと言われる。


「どうしてすぐに決められるの?」


「そのまま続けたら、たとえ自殺はしなくても過労死するだろうから」


確かにそうだった。あの会社には、過労死はしなくとも体調を崩し辞めていった同僚が何人かいた。彼の言う通り、誰かが過労死するのも時間の問題なのかもしれない。


「そう…」


たとえわかっていても涼華には即決はできない。


「迷ってるのか?」

 

「うん…」


「理由は?」


「今の会社を辞めて、すぐに次の会社に就職できるかわからないし、次就職したところもブラックだったらー」

 

「そうやって悩んでいる時間が無駄だと思わないのか?」

 

青井に言葉を遮られる。


「自殺しようとするくらいなら、そんな会社さっさと辞めるべきだと思う」


「……」


「まあ、最終的にはどうするのかは君が決める事だ。でも死ぬのだけは絶対にだめだ」


青井はそう言うと腕時計に目をやる。


「すまないが、そろそろ行かないといけないんだ」


「あ、ごめんなさい。長々と聞いてもらっちゃって…」 


「いや、いいんだ。それじゃあ俺は行く」  


そう言うと青井は店を出て行った。

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