第42話

 温泉から上がり、昨日のようにテレビを見ていると、あることを思い出す。


スマホに手を伸ばし電話帳を開いた。今の内に訊いておかないと。二日続けて寝る直前では、失礼過ぎる。


テレビの音を小さくして、青井の番号を押した。


「はい」

 

「あ、小野ですけど」

 

「うん」


「明日は何時にお寺に行くの?」


「明日も今日と同じくらいだ」


「じゃあ、十時に旅館の外で待ち合わせでいいのね」


「ああ」


「わかった、ありがとう」


「うん。それじゃあ、また明日な」


「また明日」


そう言って切ろうとした時、何かの音が聞こえた。声だ。誰かの笑い声が聞こえる。


もう一度よく聞こうとするも、通話が切れてしまった。


「今のって…」


自分の耳に狂いがなければ、間違いなくテレビの音だ。しかも…。


涼華は目の前のテレビをじっーと見つめた。お笑い芸人たちが漫才やコントを披露していて、それを見た観客たちが声を上げて笑っていた。


もしかして、彼も同じ番組を見ている?こういうバラエティー系にはあんまり興味がなさそうと思ってたのに。彼の意外な一面を知った瞬間だった。


 次の日、彼女はスマホのアラームが鳴る前から動いていた。昨日はなかなか寝つけず、眠れても浅い睡眠ですぐに目が覚めてしまった。


なんであんまり眠れなかったのかな…。疑問に思うも、理由はなんとなくわかっている。今日で最後、そしてお母さんに会う日。喜びと緊張で眠れなかったのかな?


自分では冷静でいるつもりだったんだけど。


 着替を済ませ、畳に座った。朝食が来るまでだいぶ時間がある。スマホのカメラを起動し、窓へ向けた。昨日は夕日を、今日は朝の日差しを撮るのだ。


今日でこの景色ともお別れか…。切なくなりながらシャッターボタンを押した。


 待っている間、母と何を話すのかを考える。姉の柚華の事は絶対に訊き忘れてはいけない。あとは…。母と会うのは楽しみだが、何から話せばいいのかわからない。


訊きたいことも、聞いてほしいことも、たくさんある。でも、時間は限られているのだ。うーん…。


「失礼いたします。お食事をお持ちいたしました」


もうそんな時間?悩んでいると時間が経つのも早い。


「あ、はい。どうぞ」


いつもの返事をすると、扉が開き仲居さんが入ってくる。


手早く料理を並べ、涼華の方を向いた。


「本旅館をご利用いただきまして、誠にありがとうございました。最後のお食事となりますが、どうぞごゆっくりなさって下さい」


深く頭を下げられる。


「あ、いえ。こちらこそありがとうございました。お料理、とても美味しかったです」


「お気に召されたようで、何よりです。嬉しい限りでございます」


 一人になり食事を始めようとした時、動きが止まった。そうだ、この料理も写真に撮ろう。スマホを取り、シャッターを切る。


「よし」


これで心残りは無いはず、あとは料理をじっくり味わって食べれば…。今までで一番時間をかけて食べ、完食した。


「ふぅ…」


小さく息を吐く。いつもなら、眠くなるところなのだが、今日は目が冴えている。やっぱり最後だからなのかな…。切なさと緊張で少し、心臓が早く動いている。


お母さんに会う。涼華はスーツケースに目を向けた。どうしよう…。気になっていることがあった。化粧をした方がいいかどうかだ。昨日は寝坊したから、していかなかった。


でも、今日はまだ時間がある。化粧をすれば綺麗にはなる、だけどそれは素顔ではない。綺麗な姿も見てもらいたいし、素顔も見てほしい。…顔の半分だけ化粧するとか…?


そんな考えが浮かぶも、すぐに首を振った。いくらなんでも不自然過ぎる、どちらかにしないと。

 

悩んだ末にしないことにした。二十年ぶりに会うのならば素顔を見てもらった方がいい気がするのだ。


…あれ?確かお父さんはあの世からみんなで見てるって言ってたから…。自分は二十年ぶりでもお母さん…いや、みんなからすればちがうのかな…?何だかこんがらがってきた。


…深く考えるのはやめよう。


スマホを見ると九時五十分、そろそろ行かないと。スーツケースとハンドバッグを持ち玄関へ向かった。忘れ物は無い、今度こそ本当にお別れ…。


後ろ髪を引かれる想いで扉を開け、部屋を出た。

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