第41話

 「…んん…?」


顔が暑くて目を覚ます。まぶたを閉じていても眩しい。薄目で見ると太陽も空もオレンジ色になっていた。夕方か…。


昨日と同じ時間に起きたってこと?ぼんやりと思いながら沈んでいく夕日を眺めた。眩しいけれど、やっぱり綺麗だな。美しいものを見ることができて嬉しいのだが、同時に悲しくもなった。


この風景が見れるのも今日まで、明日の今頃にはきっと自宅で会社のことを考え、落ち込んでいるんだ。


スマホを手に取り、起き上がる。ここから眺められる景色は今日で最後だから写真に撮っておこう。カメラを起動し数枚撮った。これでよし。


彼女が夕日を撮った後、それほど時間が経たないうちに空は暗くなった。


 夕食を食べ、少し休み温泉へ向う。今日で最後だし、ちょっと長湯しようかな。


湯船にゆっくり体を沈め、深くため息をついた。普段はこんな風に湯船に浸かることもできないくらい忙しく、疲れているのだ。


お風呂に入らないから疲れがとれないのかな?いや、ゆっくり入る余裕もないくらい忙しいのだ。シャワーを浴びて終わり、そんな感じだ。


今のうちに疲れを取っておかないと。…昨日も入ったから、そんなに疲れているわけではないけど。


しばらくボーッとして頭を休めた。


 充分温まったところで、寺での事を振り返る。


華那子お姉ちゃんは、あの世でもみんなと一緒にいるし、おばあちゃんにも会えたから寂しくないと言っていた。


話を聞いてくれるし抱きしめてくれる人たちがいる。それはわたしも同じだ自分がどんなに隠そうとしても、育ててくれた母は


「どうしたの?」


と訊いてくる。だけど言えなかった


「お母さんに会いたい」


って。そんなわたしを母は


「無理に言わなくていいからね」


と言って抱きしめてくれたのだ。


…柚華お姉ちゃんはどうなんだろう。ふとそんな疑問が浮かぶ。二十年前に別れて以降、どこにいるのかわからない。調べればわかるのかもしれないが、まだその覚悟が無い。


会いたくても、怖いのだ、二十年という空白がどう影響するのかが。会わなくてもお姉ちゃんが今何をしているのか、知る方法はないのかな…。


「…あ!」


父の言葉を思い出す。


「あの世からお前と柚華のことを見てるんだ」


それなら明日、お母さんに会った時に訊けばいいんだ。名案だ、絶対に覚えておかないと。自分がわからないだけで、みんな見てくれている。


そのおかげでわたしは死なずに済んだのだ。父は青井さん…のお父さんに伝えてくれたし、華那子お姉ちゃんは手を引っ張って線路に落ちないようにしてくれた。


本当に感謝してもしきれない。でも…。涼華はうつむいた。自分は誰にも恩返しができていない。相手が亡くなっているのならばなおさらだ。


華那子お姉ちゃんが可哀想だった。色々やりたい事があっても、できなかった。だからこそ自分の分までいろんなことをやってほしいと言ったのだ。


「夢はある?」


最後に訊かれたことが頭に浮かぶ。今まで考えたことも無かった。ただひたすら時間が過ぎるのを待ちながら生きてきた。事件の記憶が薄れるのを待っていた。


だから夢というものは自分とは無縁のものだと思っていた。やりたいことも、なりたいものも無く、目の前にあるやるべき事に必死に取り組み、それ以外の事は考えないようにしたのだ。 


だけどその必要も、もう無い。思い出すのは辛い。だけど、今までみたいに父やあの屋敷が恨めしいわけではない。


消えないと思っていた苦しみが消えた。


「夢か…」


少し考えてみてもいいかな。まだ二十代だし、何かを始めるのに遅いということはない。もし夢を見つけられて、それを叶えることができたら華那子お姉ちゃんは喜んでくれるかな?恩返しになるのかな…?


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