第43話
フロントに鍵を返却して、旅館の外に出る。
「あ…!」
思わず驚きの声が上がった。そこには既に青井がいたのだ。
「まった?」
「いや、俺も今来たところだ」
良かった、遅刻じゃなくて。
「忘れ物とかは無いか?」
「うん」
「それじゃあ、行こう」
「あ、ちょっと待って」
ハンドバッグからスマホを取り出し旅館に向けた。シャッター音が数回鳴る。
「これでよし、もう大丈夫」
涼華がそう言うと、青井は頷き、歩き始めた。
寺の控室で待っていると昨日のように青井が話しかけてくる。
「どうかした?」
「え?」
「さっきから落ち着かないみたいだけど」
「いや…」
どうしてわかるんだろう、そんなに態度に出てるのかな…。
「最後だから…」
「そうか」
彼はそれだけ言うと前を向いた。最後というよりかは、本当は母に会うからなのだ。早くこないかな。今か今かと住職を待つ。何だかいつもより長く待っている気がする。
…気のせいかな。
「お待たせいたしました。準備が整いましたので、ご案内いたします」
彼女がそう思ったと同時に住職が入ってきた。
「あ、はい」
霊媒師のいる部屋に通され、これまでと同じく彼女と向かい合うように正座する。
「本日はどなたの霊とお会いになりたいのですか?」
「私の母です」
写真を差し出し、母を指し示す。
「わかりました」
霊媒師は写真の母をじっと見つめた。
「うぅ…」
うつむき、すぐに顔を上げた。今までと全く一緒だ。相手はわたしを愛おしそうに見ている。
「涼華、久しぶりね」
「お母さん…」
涙が流れそうになるのをじっと堪える。
「綺麗になったわね」
「ありがとう」
「お化粧はしてないんでしょ?」
「うん」
涼華が返事をすると、母は頷いた。
「お化粧しなくてもいいくらいに、美人よ」
「そうかなぁ…」
すごく嬉しくて、照れくさい。
「ええ。それに立派に育ってくれて嬉しいわ。あなたを育ててくれた人たちに、感謝しないとね」
「うん」
「ちゃんと恩返しするのよ?」
「うん、わかってる」
いつかみんなで、家族旅行に行ければいいんだけど…。
「涼華は何か話したいことや、訊きたいこととか無い?」
「えっと…」
ずっと考えていたのだが、結局まとまらなかった。でも、もう時間が無い。一番気になっていることを訊いた。
「お母さんは悔しくないの?」
「え?」
母はちょっと驚いた顔をした。
「だってあの悪霊のせいでみんなバラバラになったんだよ。わたしは、すごく悔しい…」
一瞬沈黙になる。母はあの悪霊のことをどう思っているんだろう…。
「…確かに悔しいし、悲しいわ。でもね涼華、わたしは悪霊を憎むよりあなたと柚華に幸せになってもらう方が大事なの」
「お母さん…」
「憎しみより愛する方がいいに決まってるじゃない。家族の方が大切に決まってるじゃない。あなたたちが幸せになってくれれば、それでいいの」
「……」
「だからあなたも、あの悪霊を恨むのはやめなさい。難しいことを言っているのはわかってる。だけどあなたには悪霊なんかよりも、ずっとずっと大切な人がいるでしょ?」
「…うん」
「愛すべき人たちがいるでしょ?その人たちのことを想って生きなさい。今よりももっと愛しなさい。いいわね?」
「…わかった」
涼華の返事に母は頷いた。
「柚華もちゃんと自立して立派になったのよ。大切な人たちに恩返しをしようとして一生懸命頑張ってる」
「あの、柚華お姉ちゃんは今何をしているの?」
ずっと気になっていたことだ。
「柚華は夢だった花屋さんで働いているわ。毎日忙しくて大変そうだけど、とっても生き生きしてる」
「そう…。良かった」
「あなたも何か夢や目標があるのならそれが叶うように頑張るのよ」
「うん」
華那子お姉ちゃんと同じ事を言われた。
「人生は一度きりだからね、途中で自分から命を捨てるような事をしたらお母さん、許さないから」
「…うん…」
思わずうつむいてしまう。すると母はそんなわたしの心の内を察したようにこう言った。
「大丈夫よ、あなたのことを大切に想ってくれている人たちがいるから。わたしたちも、あの世から見守ってる。あなたは一人じゃないのよ」
「…うん」
「あなたを育ててくれた人たちも、わたしたちも涼華のことを心から愛してるのよ」
「うん…」
再び目に涙が溢れ、声も涙声になる。
「だから絶対に自殺なんかしちゃだめよ。約束ね」
「うん…」
絶対に破れない約束だ。
「あの、訊きたい事があるんだけど…」
「なに?」
「わたしが悪霊に会った後泣いている時に、背中をさすってくれたのってお母さん…?」
青井には心当たりは無いと言ったが、もしかしたら母なのではと思っていたのだ。
母は静かに頷く。
「本当に辛くなったら、またさすってあげるからね」
「ありがとう…」
涙が次々と頬を伝い、膝の上に置いてある手を濡らした。
「そろそろ戻らないと。涼華、最後にお母さんのお願い聞いてくれる?」
「…なに?」
顔を上げ、母の顔を見つめる。
「笑ってちょうだい」
「え…?」
「あなたの笑顔がずっと見たかったの、こうして向かい合って見たいの」
いきなり笑ってと言われても難しい。でも母の頼みを聞かないわけにはいかない。
「変な顔になっちゃうかもしれないけどいい?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ…」
涼華は手で涙を拭い、口を横に広げた。
「…どう?」
「ふふ、とっても素敵よ。あなたの笑顔が好きだった、それがまた見れてすごく嬉しい」
母の声が小さくなっていき、目もゆっくり閉じていく。
「涼華ありがとう。最後まで生きるのよ…」
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