第44話
霊媒師が顔を上げる。涼華は慌てて普通の表情に戻した。やっぱり家族以外の人だと恥ずかしい。
「いかがでしたか?」
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「お役に立ててなによりです。他にお会いになりたい方はいらっしゃいますか?」
「いいえ、もう大丈夫です。三日間、本当にありがとうございました」
涼華は深く頭を下げた。
「これが私の仕事であり、定めなのです。礼には及びません」
「でもー」
霊媒師が首を振り、言葉を遮る。
「お気になさらないで下さい。先程も申しましたが、これが仕事なのです。それに今回は孫があなたにご迷惑をお掛けしたのです。我々の方こそお詫びしなければなりません」
霊媒師はそう言うと頭を下げた。
「……」
涼華は何と返したらいいのかわからず黙ってしまう。迷惑を掛けたのはわたしの方なのに…。
青井さんが本屋から出てくるのを見かけて、後を追いかけたのが悪いのに…。
霊媒師が再び顔を上げた。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
立ち上がり部屋から出でいってしまう。
坂道を下っている時に青井が声をかけてきた。
「どうかしたか?」
「…お礼とかしなくて良かったのかなぁって…」
「お礼?」
「家族に会わせてくれたのに、言葉でしかお礼できなかった。やっぱりお金とか置いてくるべきだったかな…」
独り言のように呟く。
「祖母も弟も、そういうのは絶対に受け取らないんだ」
「そうなの…?」
「ああ、特に祖母はすごく厳しくて、相手が誰であろうと金品はもらおうとしない。言葉だけで充分だって言ってる」
それなら、しかたないか…。
「わかった。でも本当にありがとう」
「気にしなくていい、悪いのは俺だから」
「……」
わたしが何か言う度にこの人は
「気にしなくていい」
と言う。
もしかして口癖なの?同じ返事ばかりされ、少しムッとしてしまった。
その後は流れるように時が過ぎる。バス停に着くとすぐにバスが来て、戸惑うことも無く乗り込んだ。
電車もわたしたちがホームに着くと同時にやって来た。まるで自分たちに合わせてくれたみたいに。
電車に乗っている間はずっとこの三日間のことを考えていた。夢ではないかと、と思うも決してそんなことは無い。ちゃんとわたしは悪霊と家族に会ったのだ。
「小野さん」
「……」
「小野さん」
「…え?」
二回名前を呼ばれてようやく気づく。
「次で降りるから」
「あ、わかった」
もうそんなに経つのか、考え事に夢中だとあっという間だ。
ドアが開くと二人は電車を降り、別のホームを目指す。来た時と同じく階段を上り降りして、ちょっとだけ疲れてしまった。彼と違って自分はスーツケースを引いているから…いや、運動不足が原因かも。
ホームに着くと、これもまた合わせたように電車が来る。何だか今日は全てがスムーズに進んでいるな。
座席に座るとすぐに扉が閉まり、走り出した。さっきの電車でずっと考え事をしていたのと、階段を上り降りしたのとで、眠気が差してくる。ちょっとだけ眠ろうかな…。涼華は静かに目を閉じた。
二十分後、彼女が目を覚ますと、傾いた世界が目に映る。
「あれ…」
なんで傾いているの…?寝起きの頭で少し朦朧としながら思う。しばらくぼんやりとしていたが、次第に意識がはっきりするにつれて理由がわかった。
「ご、こめん…」
慌てて青井の肩から離れる。
「大丈夫だから、気にするな」
彼はいつの間にか取り出していた本から目を離さずに言った。
「そう…」
すっかり忘れていた、行きの電車も同じように彼の肩に頭を載せて眠ってしまったのだ。何だか恥ずかしい。
うつむいて膝を見つめる。二度も同じ失敗をしてしまった。そう思った時、聞き覚えのある駅名がアナウンスされる。
「次は桜城、桜城です」
桜城か…。
「あの、青井さん」
「何?」
相変わらず本を読みながら返事をされる。
「この後、予定とかある?」
「え?」
青井は初めて本から目を離した。
「特には無いけど」
「それなら桜城で降りない?」
「何か用事でもあるの?」
「そうじゃないけど、やっぱりお礼がしたくて。あの喫茶店に行かない?お金はわたしが払う」
「いいよ、そんな事しなくて」
予想通りの言葉が返ってくる。しかし彼女は諦めない。
「青井さんはよくても、わたしが納得できない。だってこんなに助けてくれたんだもの」
「それは、俺が君を傷つけたからー」
「あなたは悪くない」
彼の言葉を遮る。
「青井さんが本屋から出てくるのを見かけて、勝手に追いかけたわたしが悪いの」
「……」
「だから、このくらいの事はさせて」
青井は涼華の目を見つめている、まるで心の内を見抜くように。何も裏で考えている事は無い、そう伝えようと涼華も彼の目を見つめた。
伝わっているのかどうかはわからないし、彼が何を考えているのかもわからない。でも、目をそらしてはいけない、なぜかそれだけは確信できた。
「…わかった。小野さんがそう言うなら、俺も桜城で降りる」
ようやく青井は了承した。
「ありがとう」
ホっとしたのと同時に嬉しい気分になる。
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