第17話
寝惚け眼で二階の寝室から一階へと降りる。みんなは昼食を食べているところだった。
「おはよう…」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で挨拶をする。
「あら、起きたのね涼華」
首を小さく縦に振った。すると母も頷きこう言った。
「歯を磨いてきなさい。それからご飯にしましょうね」
「うん…」
小さく返事をして洗面所へ行く。歯磨きは好きではないが、虫歯になってからは毎日サボらず続けている。歯も痛いし、治療も痛い。あんなに痛いのはもう嫌だ、そう思い母の言いつけを守っているのだ。五分ほどかけて歯を磨き、みんなのところへ戻る。
テーブルには彼女の分の昼食が用意されていた。目玉焼きだった。椅子に座り食べ始める。黄身は涼華の好きな半熟だ。姉妹でも、卵の焼き加減の好みは違う。柚華は固焼き、華那子と涼華は半熟が好きなのだ。母はそんな姉妹の好みに合わせて一つ一つ丁寧に作ってくれる。料理上手な母のことがみんな好きだった。
涼華が美味しく目玉焼きを食べていると、柚華が話し出す、しかしいつもと違い神妙な面持ちだ。
「不思議な夢を見たの」
「不思議な夢?」
母が聞き返す。
「不思議っていうか怖いっていうか…」
「どんな夢?」
「えっと、おばあちゃんがいるんだけどね、わたしが話しかけると怖い顔になって早く帰りなさいって言うの」
「場所はどこなの?」
「わからない、おばあちゃんが怖い顔で何度も帰りなさいって言うから、あんまり周りを見てなくて…」
「その後はどうなったの?」
今度は華那子が訊いた。
「だんだんわたしも怖くなってきて、おばあちゃんから離れたの。そしたら周りが真っ暗になって、目が覚めたの…」
みんなが柚華のことをみつめていた。柚華は話し終えると、うつむいて誰とも目を合わせようとしない。話さない方が良かったかなと少し後悔していたのだ。でも黙っていたらそれはそれで落ち着かないような気がして嫌だった。言おうか言わないか起きた時からずっと考えていたのだ。長女の気持ちを察したように母は言った。
「そう…でも、あんまり気にしなくていいんじゃない?誰だって怖い夢を見たくて見てるわけじゃないんだから」
「…うん」
母の言葉に柚華の気持ちは軽くなった。
「よし、それじゃあこれからどこかに行こう!」
突然父が声を上げる。
「そうね、みんなで出かけましょう!」
母は急な提案に同調した。
「ゆうえんちがいい!」
涼華が大きな声で言った。
「遊園地かー。今から行くと着くのが遅くなっちゃうからなー、また今度にしようか」
「えー」
残念そうな表情になる。
「他に行きたい場所はない?」
「うーん…。わたしはどこでもいい」
華那子がそう答えると今度は長女に訊いた。
「柚華はどこか行きたい所はない?」
「お花がたくさん咲いてるところがいい…」
少し控えめに言う。すると、それを聞いた祖父がこう言った。
「それなら公園がいいんじゃないかな」
「公園?」
母が訊き返す。
「ここから三十分くらいの場所にあって、大きな公園なんだけど、そこには綺麗な花がたくさん咲いていてきっと柚華ちゃんも気に入ると思うんだ」
「どんなお花が咲いているの?」
「今はジニアが見頃かな。他にもたくさんの種類があってうちの庭にも無い花もあるんだ」
「柚華、おじいちゃんの言った公園に行きたい?」
「行きたい!」
母の問いかけに元気な返事をした。
車に乗って三十分後、公園に着く。
祖父の言う通り、大きくてたくさんの花が咲いていた。もちろん子供用の遊具も置いてある。
「ブランコだ!」
涼華が声を上げ、ブランコに駆け寄る。
「待って涼華ちゃん。一人で行ったらだめだよ」
そう言って柚華もブランコの所に行こうとするが、華那子に引き止められた。
「涼華ちゃんのことは、わたしが見てるからおねえちゃんはお花を見て」
華那子は父と一緒にブランコへ向かった。
「お花を見にいきましょう?柚華」
母に言われて歩き出す。妹に気を遣わせてしまったかな、と少し申し訳無く思うもたくさんの花が彼女の心を和ませてくれた。
「おじいちゃん、このお花の名前はなに?」
「これはアガパンサスだよ」
花に詳しい柚華だが祖父はもっと詳しかった。花について質問すると何でも答えてくれる。二人で眺めていると母が嬉しそうに言った。
「二人とも本当に花が好きなのね」
「お母さんは?」
「わたし?わたしは好きだけど…」
困ったような顔をしている。
「華子は虫が苦手なんだ」
祖父が言うと母は照れたように笑った。
公園を一周し、花を見終え遊具のある広場に戻って来る。すると父たちの方も遊び終えたようで、遊具の方から歩いてきた。
「終わった?」
母が父に尋ねる。
「うん、みんなも花見てきた?」
「ええ、一周してきたけど、すごく綺麗だったわ」
そう言うと今度は涼華に話しかける。
「ブランコ楽しかった?」
「すっごくたのしかった!」
母はにっこりと笑い、こう言った。
「よかったわね、またみんなで来ましょうね」
「うん!」
元気よく、笑顔で返事をした。その日が訪れることは決して無いと知らずに。
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